第9話「バールさん、幼馴染をバズらせる」
「今日はバールさん中心で行く。アイは休みだ」
配信前、デスDはそう言った。
「アイは大丈夫ですか?」
「本人も納得してる。今の客が何を見に来るか、まず確かめる」
僕とティアとデスDの三人で、別のダンジョンへ入った。
配信開始直後から、見ている人の数はこれまでより多かった。
『バールさん待機』
『ニュースから来た』
『今日はコア壊す?』
『ティアちゃんもいる!』
「今日は壊していいものだけ壊します」
「お前が判断するな。俺に聞け」
最初に現れた魔獣は、僕が一度殴ると光の粒になった。次の魔獣はティアが片手から放った《ファイヤーボール》で消し、どちらも結晶を残した。
『一撃きた』
『やっぱ強え』
『安心感すごい』
反応は多かった。
けれど三体目を倒した頃から、コメントの流れが変わり始めた。
『またこのパターンか』
『マンネリ感』
『バールさん強いのはもう分かった』
『前回の方が面白かった』
『アイいないとなんか違うな』
『強いだけだとずっと同じ画だな』
『デスDもっと何かやれ』
『ティアちゃんが脱ぐしかない』
「最後の奴を出せ。焼く」
「ティアは何も脱がなくていいよ」
「コメントと会話すんな。あと焼くな」
デスDは確認用の画面を見たまま、眉を寄せた。
「数字はある。でも続かねえ。初動で集まった客が抜け始めてる」
「前より早く倒せましたけど」
「そういう問題じゃねえ。強い。だが毎回一撃じゃ画が同じになる。客は結果だけじゃなく、その間も見てんだ」
「ゆっくり倒せばいいんですか?」
「手加減して引き延ばすのも違う。面白くなる理由がねえんだよ」
効率よく攻略することと、見ている人を楽しませることは別らしい。
アイなら、こんなとき何をするのだろう。
◇ 託見アイ
「ほら、私がいなくても大丈夫じゃん」
アイは自室で配信を見ながら、誰にともなく言った。
視聴者数は、アイが出演していた頃より多い。悠が魔獣を一撃で倒せばコメントが流れ、ティアが動けばさらに増える。
デスDの判断は正しかった。
『またこのパターンか』
『アイいないとなんか違うな』
流れてきた二つのコメントを、アイは目で追った。
必要だと言われたようで、少し嬉しい。
でも、ただ悠の横へ戻るだけでは、結局はバールさんの添え物だ。
自分は何のために配信していたのか。
答えが出ないまま、アイは画面を閉じた。
◇
「今日はお兄ちゃんいないよ」
病室へ入るなり、萌は言った。
「知ってる。今日は萌に会いに来たの」
「珍しいね。いつもは先に連絡くれるのに」
「ごめん。急に来たくなって」
アイはベッド脇の椅子へ座った。
悠がいなくなったあとも、萌との連絡は途切れなかった。昔から知っている幼馴染の妹であり、悠を待った八年間を共有する相手でもある。入院してからも、アイはときどき顔を見に来ていた。
「配信、見てた?」
「うん。途中で閉じたけど」
「私も」
萌の答えに、アイは思わず顔を上げた。
「お兄ちゃんが心配じゃないの?」
「魔物に負ける心配は、もうしてないよ。それより、同じことばかりでつまんなかった」
「正直だね」
「アイちゃん、何かあった?」
笑ってごまかそうとして、やめた。
「私、何やってるんだろ」
萌は急かさず、続きを待っている。
「あの番組、私が始めたの。ずっと見てもらいたくて、地味でも続けてきた。でも悠が帰ってきたら、一瞬で全部追い越して……嬉しいんだよ。無事だったし、すごいって思う。なのに、また置いていかれたみたいで」
「うん」
「《偶像》なんて持ってても、今は誰も私を見てない」
「それは違うよ」
萌はすぐに否定した。
「今日の配信、アイちゃんがいないからつまんなかった」
「それ、さっきも聞いた」
「理由はまだ。アイちゃんがいると、お兄ちゃんが人間になるんだよ」
「人間?」
「今日のお兄ちゃん、魔物が出る、倒す、終わりました、の繰り返しだったでしょ。アイちゃんがいると、困ったり、言い返したり、変なところで真面目だったりする。強いだけじゃないお兄ちゃんが見えるの」
アイは配信の場面を思い返した。
カメラへ寄りすぎた悠。罠を壊して当然のように助けに来た悠。ティアとの距離を指摘しても理由を理解しなかった悠。
全部、アイがそばにいたから画面へ出た顔だった。
「私が見てもらうんじゃなくて、私がいることで、何を見せるかが変わる……?」
「難しいことは分からないけど、私はアイちゃんがいる配信の方を見たい」
視線を自分へ集めるだけではない。
視線の流れを作り、見るべきものを画面の中から引き出す。
それが自分の役割なら、まだ試していないことがある。
「ありがとう、萌」
「次は最後まで見られる配信にしてね」
「任せて」
立ち上がったときには、アイの声に迷いはなかった。
◇ 二梃木悠
次の配信前、アイがDDPへ来た。
「私も出る」
「休めとは言ったが、辞めろとは言ってねえ」
デスDは一度だけアイを見て、すぐに機材を確認した。
「ただし、今の看板は悠だ」
「分かってる。だから、その看板をもっと面白く見せる」
配信が始まると、アイは最初から画面の中央へ立った。
「みなさん、こんばんは! バールさんが一撃で終わらせる前に、今日は私がちゃんと見どころを作るからね!」
「僕は何をすればいい?」
「まず、魔獣を見つけてもすぐ殴らない」
「危なくない?」
「危なくなったら殴って!」
「どっち?」
『この会話を待ってた』
『やっぱアイ必要だわ』
魔獣が現れると、アイは特徴を視聴者へ伝え、コメントへ問いかけ、僕が倒すまでの短い時間にも意味を作った。
「はいはい、一撃なのは知ってます。で、今の何点?」
「何点?」
「格好よさ」
「安全に倒せたから百点でいいと思う」
「自分で百点つけるんだ」
「減点するところがあった?」
『本人だけ真面目w』
『アイちゃんのツッコミ助かる』
ティアが僕の袖をつかむと、アイはすぐレンズを向けた。
「ではここで、バールさんを五年探した謎の黄金龍さんに質問です。いつまでくっついてるんですか?」
「永遠じゃ」
「即答だ!」
「当然じゃろう」
『ティアちゃん強い』
『アイ対ティアもっと見たい』
画面の空気が、前の配信とはまるで違った。
アイは一度カメラを正面から見つめる。
「みんな、バールさんだけじゃなくて、こっちも見て!」
その瞬間、何かが変わった。
声が大きくなったわけでも、照明が増えたわけでもない。それなのに、画面の中心がアイへ吸い寄せられたように感じる。
コメントの流れが一気に切り替わった。
『なんか今日のアイめっちゃ目離せない』
『急に画面映えヤバくない?』
『バールさん見に来たのにアイ見てる』
『アイちゃん今日どうした?』
『これがアイドルか』
『バールさん見に来たのにアイ推しになった』
デスDが確認用の画面を見て、低く呟いた。
「……おい。数字が跳ねたぞ」
増えたのは見ている人の数だけではなかった。一度は抜け始めていた人が残り、コメントが途切れず次の会話を待っている。
「初動だけじゃねえ。離脱が止まった。アイが戻ってから、客が画面に張りついてる」
アイは僕を主役から押し出したわけではない。僕やティアやデスDへ向いていた視線を拾い、全員が見える場所へ並べ直していた。
アイはコメントを見て、今度は作った笑顔ではなく笑った。
「見てくれた」
その日の再生数は、過去最高を記録した。
アイの復帰回です。ここでは、悠が何かを壊して問題を解決するのではなく、アイ自身の仕事で視聴者を引き留めてもらうことを大切にしました。
悠、ティア、デスDへばらばらに向いていた視線を拾い、全員が見える配信へまとめ直す。最後の「見てくれた」は、作った笑顔ではなく、本当にうれしくて出た言葉です。派手な戦闘がなくても過去最高を更新できる、というDDPの強みもここで生まれました。
次回、第10話「元勇者、過去を語る」。
増え続ける疑問に答えるため、悠が異世界で過ごした三年間を仲間たちへ話します。




