第8話「元勇者、ニュースになる」
地上へ近づくほど、人の声が大きくなった。
「魔獣より多くないですか?」
「お前を待ってんだよ」
デスDが疲れた声で答える。
ダンジョンを出ると、柵の向こうが人で埋まっていた。大きなカメラを構えた人。電話を掲げる人。同じ服を着て慌ただしく行き来する関係者。武器を持った探索者まで、こちらを見ている。
照明が一斉に僕へ向いた。
「出てきました!」
「コアを破壊したのはあなたですか?」
「Aクラスのボスを一撃で倒したというのは本当ですか?」
「そのバールは何なんですか?」
「黄金龍との関係は?」
「異世界とは、どういう意味ですか?」
「コアを破壊した能力が、あなたのスキルですか?」
質問が重なって、どれから答えればいいのか分からない。
「順番にお願いします。コアを壊したのは僕です。ボスは、あれがボスだとは知らなくて――」
「異世界から来たんですか?」
「来たというより、帰って――」
「そこまでだ」
デスDが僕の前へ割り込んだ。
「本人に直接群がるな。質問は俺を通せ。今後こいつに話を通したきゃ、まずDDPへ来い」
「独占契約ということですか?」
「今決めた。少なくとも、ここで好き勝手しゃべらせる気はねえ」
デスDは振り返り、僕を指さした。
「こいつは今、何を聞かれても全部答えるぞ。危ねえんだよ」
「答えない方がいいんですか?」
「その質問から俺にしろ」
「では、スキル名だけでも!」
「すみません。スキルというのが何か、まだ――」
「悠、もう口を閉じろ。分からないことまで正直に答えるな」
嘘をつくよりいいと思ったけれど、デスDには別の考えがあるらしい。
ティアが僕の袖を引いた。
「有象無象に付き合う必要はないぞ、悠。焼けば散る」
「焼いちゃ駄目だよ」
「今のも絶対記事にするな!」
デスDが報道陣へ怒鳴ったけれど、カメラは回り続けていた。
アイはその横で配信用の笑顔を作り、怪我人はいないことだけを手短に説明している。僕より、ずっとこういう場に慣れていた。
それからしばらく、僕はデスDに背中を押されながら質問の群れを抜けた。
◇
DDPへ戻っても、電話は鳴りやまなかった。
壁のモニターでは、さっきのダンジョン事件がニュースになっていた。現場映像の下に、テロップが流れる。
『現場では、バール様のものが使用されたとみられ――』
「バール様のもの?」
『吾輩のものではない。吾輩である』
「“さま”じゃねえ。“よう”だ!」
デスDがすぐに突っ込んだ。
「警察とか報道で使う言い方だ。“バールのようなもの”って意味だよ」
「でも、バール様ですよね」
「ややこしいんだよ、お前らは!」
「取材、出演、検証依頼、探索者連中からの問い合わせ。ニュースになった途端、桁が変わった」
デスDは震え続ける電話を伏せ、机の上へ置いた。
「お前の名前も顔も、今朝までとは扱いが違う。勝手な取材も、勝手な仕事の話も受けるな。金と条件と、出していい情報は俺が見る」
「僕に仕事を頼みたい人も、デスDに連絡するんですね」
「そうだ。お前は話を聞いたら、困ってるなら助けますって全部引き受けそうだからな」
「困っているなら、できる範囲で助けた方がいいと思います」
「だから窓口が要るんだよ」
「次から番組は悠を主軸にする」
アイが一瞬だけ黙った。
「……当然でしょ。みんな、バールさんを待ってるんだから」
「今の数字は悠が持ってる。この流れを逃す理由はねえ。お前の《偶像》も補助としては使えるが、企画も画も、まず悠を中心に組む」
「分かってるって。悠が伸びるなら番組にもプラスだし、私だってその方が助かる」
アイは笑って僕を見る。
「ニュースになるなんて、すごいじゃん。応援してるから」
「ありがとう。でも、《偶像》って何?」
三人が僕を見た。
「お前、スキルも知らねえのか?」
「スキル?」
「本当に八年前で知識が止まってるんだ」
アイが驚いたあと、近くの椅子へ座った。
「ダンジョンが現れてから、一部の人に固有の能力が発現するようになったの。それを一般にスキルって呼ぶ。探索者にも配信者にも持ってる人はいるけど、能力は人それぞれ。戦闘向きとは限らないし、強さも用途も違う」
「魔法とは違うの?」
「そのあたりは、わたしに聞かれても分からない。少なくとも、こっちではスキルって呼ばれてる」
「本人にしかできないことが、ある日できるようになる。戦うのに使う人もいれば、日常や仕事で使う人もいる。持ってるだけで探索者になれるわけでもないよ」
「能力を覚えるというより、能力が発現するんだね」
「うん。だから、悠が魔獣を一撃で倒したのも、みんな最初は強いスキルだと思ったんじゃないかな」
「お前のその力も、最初はスキルだと思った」
デスDがエクスカリバールを見る。
「でも、本人が言葉すら知らねえなら別口か」
「バール様は異世界から持ってきました」
『持ってきたとは何である! 我輩が悠に力を貸しているのである!』
「今は静かにしててください」
「またしゃべってんのか、その棒」
「棒ではないそうです」
アイが小さく笑った。でも、その笑顔はすぐ消えた。
「アイにもあるんだよね」
「うん。《偶像〈アイドル〉》」
「どんなスキル?」
「人の視線を集めやすくするの。注目をわたしへ向けやすくする、みたいな感じ。カメラや配信とは相性がいいけど、戦闘にはほとんど役に立たないし、強いスキルとは思われてない」
「配信者に合ってるね」
「そうだね。見てもらいやすくなるだけ」
「だけ、ではないと思う。人に見てもらうのは、簡単じゃないから」
僕は配信を始めるまで、自分の姿を大勢へ見せることさえ考えたことがなかった。何を話し、どこへ視線を向けるかを考え続けるアイの仕事は、魔獣を殴るより複雑に見える。
「ありがとう。でも今は、悠が普通に立ってる方が見てもらえるみたい」
アイは冗談のように言った。
けれど、部屋中の電話も、画面のニュースも、全部僕のことを追っている。
見てもらうための能力を持つアイより、スキルという言葉すら知らなかった僕の方が見られていた。
「アイも一緒に映るんだよね?」
「もちろん。悠一人じゃ進行できねえからな。ただ、看板はバールさんだ」
「デスD、それは――」
「いいの」
アイは僕の言葉を遮った。
「本当に、その方がいいと思ってるから」
いつもの笑顔だった。だから僕は、それ以上何も言えなかった。
◇
その夜、アイは一人でニュースを見ていた。
Aクラスのボスを一撃で倒す悠。コアを砕く悠。黄金龍と並ぶ悠。画面が切り替わっても、そこに映るのは悠ばかりだった。
八年ぶりに帰ってきた幼馴染。
やっと会えたと思ったのに、数日で手の届かない場所まで行ってしまったように見える。
アイは自分に発現したスキルの名前を思い浮かべた。
《偶像〈アイドル〉》。人に見てもらいやすくなる能力。
画面の中では、次回の「バールさん中心配信」が告知されていた。
「……私の番組だったんだけどな」
誰もいない部屋では、笑顔を作る必要はなかった。
――アイドルは涙を見せないもの。
その誓いを守る必要も、なかった。
この回で難しかったのは、成功の裏側にいるアイをきちんと描くことでした。
デスDは押し寄せる取材をさばき、DDPを悠中心の番組へ切り替えます。仕事としては正しい判断です。でも、もともとはアイの番組でした。人前では笑えるアイが、誰もいない部屋では「アイドルは涙を見せない」という誓いを守らなくていい。その寂しさを、説明しすぎず残しました。
次回、第9話「バールさん、幼馴染をバズらせる」。
主役から外されたアイが、配信に必要なものは何なのかを、もう一度自分で証明します。




