第10話「元勇者、過去を語る」
「で、結局お前は何なんだ」
過去最高の再生数を記録した配信のあと、デスDは僕にそう聞いた。
DDPの机にはカメラが置かれている。ただし、電源は入っていない。
「今日は回さねえ。どこまで外へ出していい話か、先に俺たちだけで整理する」
デスDはノートを開いた。隣にはアイが座り、ティアは小さな姿で僕の袖をつかんでいる。
机の上の電話には、病室にいる萌が映っていた。
『私もちゃんと聞いたことないんだよね』
「あのダンジョンの配信で聞いたのは、異世界にいた、三年旅をした、世界の境界を壊した。これくらいだからね」
アイが指を三本立てた。
「大体合ってるよ」
「合ってるじゃねえ。お前の八年間が三行で終わってんだよ」
「僕の体感では三年です」
「そこから説明しろ」
デスDがノートの最初の行へ線を引いた。
「まず、いくつのときにいなくなった?」
「十七歳頃です」
『高校生だったお兄ちゃんが、そのままいなくなったんだよ』
萌が言うと、アイも静かにうなずいた。
「それから、気づいたら別の世界にいました。魔物がいて、魔法があって、日本へ帰る方法は見つかりませんでした」
「いきなり?」
「うん」
「帰り方も説明もなし?」
「少なくとも、僕には分からなかった」
アイは何か言いかけ、やめた。僕がいなくなった日のことを思い出したのかもしれない。
「戻る方法を探すには、まず生き残らないといけません。それで戦い方を覚えて、旅をしました」
「その結果が勇者か?」
「はい。途中から、そう呼ばれるようになりました」
「軽いな」
「呼び名なので」
「悠は昔からこうじゃ」
ティアが呆れたように言った。
「戦って、移動して、また戦う。ようやく休めると思えば、帰る手がかりを探す。勇者と呼ばれるだけのことを、こやつはしておったのじゃ」
「ティアとは、その三年間ずっと一緒だったの?」
「ほとんど最初から最後までじゃ。目を離せば、すぐ自分だけで危ない方へ行くからの」
「必要な場所へ行ってただけだよ」
「それを危ない方と言うのじゃ」
ティアは僕を逃がさないつもりらしく、袖を強くつかんだ。
「それで、三年の間に大きな戦いがありました」
デスDがペンを止めた。
「どのくらい大きい」
「世界が滅びるかもしれないくらいです」
「それを先に言え!」
「大きな戦いとは言いました」
「大きさの基準がおかしいんだよ!」
電話の向こうで萌がため息をついた。
『お兄ちゃん、自動ドアを枠ごと外しても、開けただけって言うから』
「あれは荷物が通れるようにしただけだよ」
「その話は今しなくていい」
デスDはノートへ何かを書き足した。逆向きなので読めないけれど、強く書いたところだけ紙がへこんでいる。
「その戦いに勝ったのか?」
「はい」
「それで?」
「世界は救われました」
「一行で終わらせるでない!」
今度はティアが机を叩いた。
「その一行のために三年かかったのじゃぞ!」
「でも、結果を聞かれたから」
「世界を救ったのは事実じゃ。わしがこの目で見ておる。悠は間違いなく勇者じゃった」
ティアは胸を張って断言した。
アイは僕とティアを交互に見る。
「本当に、世界を救って帰ってきたんだ」
「帰るところまでは、まだです」
「まだあるの?」
「世界を救っても、日本へ戻る道は開きませんでした。帰る方法を探して、最後に残ったのが世界の境界です」
「この前言ってた、開かない扉みたいなもの?」
「うん。誰にも越えられない。開けることもできない。元の世界へ戻るのを、それが塞いでいました」
デスDが嫌そうに腰のエクスカリバールを見る。
「それで、壊した」
「はい」
『当然の選択である』
エクスカリバールが満足そうに答えた。
「帰るのを邪魔しているなら、原因を取り除けば進めると思ったんです」
「世界を救った直後に、世界を隔ててるものを壊すな」
「壊さないと帰れなかったので」
「お前にとってはそうなんだろうな!」
「わしは止めたのじゃぞ」
ティアが言った。
「絶対にろくなことにならぬと思っておった。なのに悠も、その棒も、揃って話を聞かぬ」
『偉業を前に怯える蜥蜴の声など、聞く必要はないのである』
「誰が蜥蜴じゃ!」
「今、バール様も何か言ってる?」
アイには声が聞こえないので、僕が伝える。
「ティアを蜥蜴と呼びました」
「そこだけ訳すでない!」
「話を戻せ。壊したあと、どうなった」
デスDに言われ、僕は境界が割れた瞬間を思い出した。
「空間に亀裂が入って、光に飲まれました。僕の感覚では、その次に気づいたときには日本にいました」
「途中は?」
「分かりません。長く待った感覚も、どこかを移動した記憶もないです」
「じゃが、わしの側では悠が消えてから五年じゃ」
ティアの声が低くなった。
「境界が崩れたあとも、五年探し続けた。それでも見つからなんだ」
「ごめん」
「謝るくらいなら、もう勝手に消えるでない」
「気をつけるよ」
「気をつけてどうにかなる話なの?」
アイに聞かれたけれど、答えは分からなかった。
デスDはノートに三つの数字を書いた。
「異世界で三年。ティアが探した五年。日本では失踪から八年」
『三年と五年で、八年だね』
萌が言った。
「数字だけはきれいだ。だが、本人には五年分の感覚がない」
「世界ごとに時間の流れが違うのかと思っていました」
「その可能性はある。けど、それで全部説明できるかは分からねえ」
「ダンジョンが現れたのも五年前なんだよね」
アイが続ける。
「はい。時期は合っています。でも、同じ時期というだけで原因だとは決められません」
「そこは妙に慎重なんだな」
「間違った原因を壊すと、問題が残るので」
デスDはしばらくノートを見たあと、ページを閉じた。
「勇者だったことと、異世界で三年旅したこと。この辺りは今後の企画で使える。境界と五年の話は、まだ外へ出すな。分かってねえことが多すぎる」
「分かりました」
「お兄ちゃん」
電話の向こうから萌に呼ばれた。
『世界を救いたかったの?』
「困ってる人を見捨てるつもりはなかったよ」
でも、あの三年間を英雄になるために過ごしたわけではない。
「最後までやったのは、帰りたかったから。みんなのことを助けて、僕も日本へ帰りたかった」
『そっか』
萌はそれだけ言って笑った。
僕にとっては武勇伝ではない。帰るために必要なことを、一つずつ終わらせただけだ。
「よし。過去は大体分かった」
デスDは新しいページを開いた。
「一個だけ、まだ疑問がある」
「何ですか?」
「それ、バール様が強いだけじゃないのか?」
『ようやく理解したか、人間!』
「たわけ。悠自身が強くなければ、世界を救えるものか」
エクスカリバールとティアが同時に答えた。
「だったら、次の企画で分けて見せる。悠、お前はそのバールを使うな」
「使わずに戦うんですか?」
「できるんだろ?」
「できます。でも、バール様がいる方が早いですよ」
『そういう問題ではないのである!』
この日、一番大きな声を出したのはエクスカリバールだった。
こうして次の仕事では、僕がバール様を使わずに戦うことになった。
過去説明の回は、どうしても会話が資料集のようになりがちです。そこで今回は、デスDたちが本当に知る必要のあることから質問し、悠が自分の感覚で答える形にしました。
異世界で勇者として戦った三年間。破壊神との戦い。そして世界の境界を壊して帰ったこと。それでも、ティアが探した五年とのずれは解決しません。公開してよい話と伏せる話を整理した結果、次は言葉ではなく実演で確かめることになりました。
次回、第11話「バールさん、バール抜きでも無双する」。
エクスカリバール使用禁止。元勇者本人の強さを検証します。




