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第11話「バールさん、バール抜きでも無双する」

「今日のバールさんは、バールを使いません!」


 配信が始まると、アイは僕の腰を指さして宣言した。


「異世界で約三年間戦った元勇者は、武器を使わなくても強いのか。今日は皆さんの前で確かめます!」


 エクスカリバールはいつも通り、そこにある。ただし今日の仕事では、抜くことも触ることも禁止されていた。


『我輩の名を冠した配信で、我輩を使わぬとは何事である!』


「バール様が怒ってます」


「始まって十秒で通訳しなくていい」


 デスDはカメラを構えたまま、僕へ指を突きつけた。


「ルールは昨日言った通りだ。お前はそのバールを使うな。ティアも手を出すな。俺が中止と言ったら即撤退。いいな?」


「分かりました」


「わしは悠についていくだけじゃ」


 小さな姿のティアは僕の隣で腕を組んだ。


『バールさんからバール取ったら何が残るんだ』

『本体そっち説を検証するのか』

『元勇者ってマジだったのか?』

『あの武器がチートなだけでは?』


 コメントには、僕よりエクスカリバールの方が強いのではないかという意見が多い。


「バール様が強いのは本当ですよ」


「そこで肯定すんな。今日はお前が強いか確かめる企画なの」


 アイは配信用の笑顔を崩さず、小声で僕へ突っ込んだ。


 通路の先から、四本脚の魔獣が飛び出した。


「来たぞ!」


 デスDの声と同時に、魔獣が僕へ跳びかかる。


 僕は半歩だけ横へ動いた。開いた口の下へ手を添え、突進の向きをずらす。そのまま首を押して床へ落とし、空いている手で胴を一度打った。


 魔獣の身体が淡く光る。光の粒になって消えたあと、床へ小さな結晶が転がった。


「終わりました」


『素手?』

『今何した』

『一撃なのは変わらないのかよ』


「ちょっと待って。今、避けて、投げて、殴った?」


「はい。正面から止めると、後ろのカメラまで勢いが伝わるので」


 デスDが一瞬、カメラから顔を上げた。


「俺の位置まで見て動いたのか?」


「画面が揺れると困りますよね」


「そうだけどよ。撮られてる奴が撮る側の都合まで考えて魔獣を投げるな」


『カメラに優しい元勇者』

『デスDより撮影考えてて草』


「俺を巻き込むんじゃねえ!」


 デスDがコメントへ怒鳴った。


「でも一体だけだからね。まだバールさん本人が強いと決まったわけじゃありません!」


 アイが進行を戻す。


『倒された側は十分決まったと思う』

『弱い魔獣だった可能性』

『次いこう』


 視聴者の期待に応えるように、次の曲がり角から足音が重なって聞こえた。


「三体じゃ。後ろにも一体おる」


 ティアが先に気づく。


「挟まれたぞ。アイは壁際! ティアはそのまま待機!」


 デスDがカメラをアイへ向けながら下がった。


 前から三体、後ろから一体。狙われる可能性があるのは、僕だけではない。


「デスD、前の三体を撮ってください」


「後ろはどうすんだ!」


「先に終わらせます」


 後ろから来た魔獣の爪をかわし、腕をつかむ。勢いを止めずに一回転させ、前の三体へ投げた。


 先頭の一体とぶつかり、まとめて床を転がる。


 残る二体の間へ入った。一体の攻撃をかがんで避け、すれ違いざまに腹を打つ。振り返らず、反対側から伸びた爪を肘で押し上げ、その胸へ拳を入れた。


 二体が同時に光へ変わった。


 起き上がろうとした残りの二体も、それぞれ一度ずつ殴る。通路へ四つの結晶が落ちるまで、それほど時間はかからなかった。


『四体消えた』

『カメラ追いついてないぞ』

『バールなしでも全部一撃w』

『動きが完全に経験者なんだよな』


「見えましたか?」


「半分しか撮れてねえよ。次から動く前に言え!」


「魔獣にも待ってもらいますか?」


「できるならやってみろ!」


「無理だと思います」


「真面目に答えんな!」


 アイが笑いながら、結晶を一つ拾ってカメラへ見せる。


「というわけで、合計五体。バールさんはまだバールに触っていません!」


『元勇者、本当だった』

『むしろ体術の方が見応えある』

『ティアちゃんが平然としてるの強者感ある』


「当然じゃろう。あの棒を振るわずとも悠は悠じゃ」


『誰が棒であるか!』


 ティアには声が聞こえているので、腰のエクスカリバールを見下ろした。


「今の働きぶりでは棒で十分じゃの」


『我輩を抜け、悠! この蜥蜴ごと通路を消し飛ばすのである!』


「今日は使えないよ」


「何て言ってるの?」


「ティアごと通路を壊せと」


「絶対に抜かないで」


 アイは笑顔のまま僕の腰から距離を取った。


 そのとき、通路の奥で重い足音が鳴った。


 現れた魔獣は、今までの四体を重ねたように大きかった。頭から背中まで硬そうな殻に覆われ、歩くたびに石床へ爪が食い込んでいる。


『最後に強そうなの来た』

『これはバールないと無理では?』

『さすがに逃げろ』


「悠、続けられるか?」


 デスDはカメラを下げずに聞いた。声は軽くても、僕が答えるまでは前へ出てこない。


「大丈夫です。ただ、ここだとアイたちを巻き込みます。少し下がってください」


「全員、曲がり角まで下がれ。ティアもだ」


「わしがおれば、この程度――」


「今日は悠の企画だ。手を出すな」


「分かっておるわ」


 ティアは不満そうにしながらも、アイと一緒に下がった。


「バールさん、無理だと思ったら企画は中止だからね」


「うん。危なくなったら言うよ」


「危なくなる前に言って」


 魔獣が頭を下げた。殻を盾にして、そのまま通路を押し潰すつもりらしい。


『今こそ我輩の出番である!』


「まだ大丈夫です」


『なぜ我輩にだけ報告するのであるか!』


 魔獣が突進した。


 正面から殻を殴る必要はない。ぎりぎりまで待って横へかわし、地面へ食い込んだ前脚を踏んだ。急には止まれない魔獣の身体が傾く。


 殻に覆われていない腹が見えた。


 下から一度、拳を打ち込む。


 巨体が床から浮き、背中から倒れた。それでも消えなかったので、起き上がる前にもう一度、同じ場所を打つ。


 殻の隙間から白い光が漏れた。大きな身体が輪郭から崩れ、光の粒になって消えていく。床へ落ちた結晶も、さっきまでのものより大きい。


『勝った』

『二発かかったからバールより弱いな!』

『比較対象がおかしい』

『バール抜きで大型を素手二発なんですが』

『元勇者って肩書きに説得力が出てきた』


「今の、最初からお腹を狙ってたの?」


 アイたちが曲がり角から戻ってくる。


「はい。正面は硬そうだったので、突進を避けて下から殴りました」


「簡単そうに言うけど、あの突進をぎりぎりまで待てる人はいないからね」


「早く避けると、向きを変えて追ってくるかもしれないから」


 デスDは倒された場所と僕が避けた位置を交互に映した。


「力だけじゃねえな。相手を見て、俺たちから離して、倒し方を選んでる。こいつが三年間何やってたか、説明するより今ので分かる」


『強い道具を持った素人ではない』

『ちゃんと勇者だった』

『でも普段はバールで一撃』


「検証はもう成立してる。道具が強いだけじゃねえ。こいつ自身が異常だ」


 デスDが確認画面をこちらへ向ける。


 そこへ、ひときわ大きなコメントが流れた。


『え、バールいらなくね?』


 似た言葉が続き、画面を埋めていく。


『我輩は破壊神である! 不要などと抜かした者は前へ出るのである!』


「でもバール様がいる方が早いですよ」


『そういう問題ではないのである!』


 エクスカリバールが今日一番の大声を出した。


「また怒ってる?」


「はい。必要性を速さだけで説明されたくないそうです」


「面倒な武器だな」


『次は我輩の偉大さを証明する配信を要求する!』


「次はバール様を使う企画にしてほしいそうです」


 デスDは少し考え、首をかしげた。


「それ、いつもの配信じゃねえか」


『いつも通り我輩が主役ということである!』


 バール様抜きの検証配信は成功した。


 ただし、バール様本人だけは最後まで納得しなかった。


今回は、エクスカリバールを振るわなくても悠は強い、と証明する回でした。派手な新能力を足すのではなく、異世界で身につけた動きと判断だけで魔獣を圧倒させています。


実は悠はバール様を腰から外していないため、抑制には魔力を使ったままです。そのため魔法を見せなかったのは、結果的に設定上も自然な形になりました。バール様本人だけが「自分が主役ではない」と最後まで不満そうなのも、この企画らしいところです。


次回、第12話「元勇者、酒の席で迫られる」。


戦闘を離れた打ち上げ配信で、ティアがもう一つの姿を披露します。

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