第12話「元勇者、酒の席で迫られる」
「今日はダンジョンに行きません!」
配信が始まると、アイは酒の入ったグラスを掲げた。
DDPの机には料理と酒が並んでいる。ニュースになったこと、アイが配信へ戻ったこと、僕がエクスカリバールを使わなくても戦えると証明できたこと。その全部をまとめた打ち上げらしい。
「たまには魔獣も罠もない、安全な雑談配信をお送りします!」
「ここに一番危険な奴がいるけどな」
デスDはカメラの横から、酒瓶を抱えたティアを見た。
「誰のことじゃ?」
「もう一本空けようとしてるお前だよ」
「祝いの席で出し惜しみするでない」
小さな姿のティアは自分のグラスへ酒を注いだ。まだ乾杯もしていない。
「ティア、それ強いやつじゃない?」
「酒は強くてこそ酒じゃ」
『ティアちゃん飲めるの?』
『見た目で不安になる』
『でもドラゴンだしな』
「ティアは僕よりずっと年上だよ」
「余計なことを言うでない。悠より長く生きておる、とだけ言え」
「同じ意味じゃない?」
「違うのじゃ」
アイが笑いをこらえながら、カメラへ向き直った。
「それでは、打ち上げ配信開始です。乾杯!」
四人でグラスを合わせる。
ティアは一杯目を一息で飲み干した。
「うむ。悪くない」
「味わえ。経費だぞ」
「もう一杯じゃ」
「聞けよ」
ティアが二杯目へ手を伸ばしたところで、少し動きを止めた。
「この姿では回るのが早すぎるのう」
「じゃあ、ゆっくり飲めば?」
「そのような解決は求めておらぬ」
ティアの身体が金色の光に包まれた。
椅子に座っていた少女の輪郭が伸びる。光が消えたとき、そこには角と鱗の尾を残した、明らかな成人女性が座っていた。背が伸びただけではない。身体つきまで、さっきとはまるで違う。
誰もすぐには声を出さなかった。
アイはグラスを持ったまま止まり、デスDはカメラ越しにティアを見ている。
「これなら、もう少し飲めるじゃろ」
ティアだけが何事もなかったように酒を注いだ。
「待って」
最初に動いたのはアイだった。
「聞いてない」
「何を?」
「その姿! あと胸!」
「そこか?」
「ティアは前からこの姿にもなれるよ」
「悠は知ってたの!?」
「異世界では、こっちの姿でいることも多かったから」
デスDが確認画面を見て、急にカメラを構え直した。
「切り替えろ! ティアを正面から入れろ! 同接が跳ねた!」
『誰!?』
『ティアちゃん!?』
『大人になった!?』
『別形態かよ!』
『でっっっ』
『戦闘力が別形態すぎる』
『角と尻尾そのままなのいいな』
『アイちゃん止まってて草』
「今日ダンジョン行かなくて正解だったな」
「変身を企画に入れてたんですか?」
「入れてねえ。だから撮れ高なんだよ」
アイは一度グラスを置き、配信用の笑顔を作り直した。
「はい。突然ですが、成人した姿のティアちゃん、初公開です! ティア、この姿も人間形態なの?」
「うむ。わしの人型の一つじゃ。酒を飲むなら、こちらの方が楽での」
「先に教えてほしかったな!」
『アイちゃん復帰した』
『動揺しても進行は止めない』
『大人ティア様もっと映して』
「注文も増えてる。アイ、そのまま回せ」
「言われなくても回します!」
ティアはコメントの勢いを気にする様子もなく、僕の隣へ椅子を寄せた。
小さな姿のときより目線が近い。腕を僕の肩へ回し、顔を寄せてくる。
「悠。今夜こそ、わしのものになれ♡」
「待って待って待って!」
アイが机を回り込んできた。
「何で急にそういう話になるの!」
「急ではないぞ。わしは以前から悠を一番の宝と決めておる」
「少女の姿でくっついてるのと、意味が全然違うから!」
「どちらもわしじゃ。今頃気づいたのか?」
アイが僕を見る。
「悠。この姿のティアと三年旅してたの?」
「ずっとこの姿ではないけど、よく見てたよ」
「一緒に酒も飲んだのう♡」
「え、悠、お酒飲めるの?」
「向こうでは飲んでたよ」
「誰と?」
「ティアとか」
「同じ宿にも何度も泊まったのう♡」
「部屋は別だったよ」
「詳しく」
「詳しくと言われても、宿に着いて、食事をして、別の部屋で寝ただけだよ」
『バールさん異世界で何してたんだ』
『三年間ずっと一緒?』
『アイちゃんの尋問始まった』
『ティア様つよい』
『幼馴染対ドラゴン』
『ダンジョン配信とは』
『悠よ。必要ならば、この場の空気を壊すのである』
「それが一番駄目です」
「今、バール様は何て?」
「空気を壊そうかと」
「絶対にやめてって伝えて」
「もう伝えたよ」
「三年も一緒にいて、本当に何もなかったの?」
「何もって?」
「こういうことじゃ」
ティアが僕の肩を抱く力を強くした。
「近いよ」
「昔はこれくらいでは何も言わなかったではないか」
「昔は、それどころじゃなかったから」
異世界では、朝から訓練をして、移動して、魔獣と戦った。野営なら見張りの順番を決め、町へ着けば食料と次の道を確認する。疲れ切って、食べて眠るだけの日も多かった。
「明日どうするかを考えるので精一杯だったんだ。恋愛を避けていたわけじゃなくて、優先する余裕がなかった」
「わしが誘っても、明日の見張りがどうとか、食料がどうとか。まるで相手にせなんだからの」
「必要なことだったよ」
「わしより次の補給を優先した男じゃ」
「足りなくなると全員が困るからね」
『バールさんブレない』
『色気より補給』
『勇者生活が思ったより過酷』
『三年間ずっと仕事モードだったのか』
アイはティアを見る。
「ティアは、そういう悠をずっと見てたんだ」
「うむ。戦った日も、倒れて眠った日も、わしは隣におった」
「そっか。私の知らない三年間だ」
アイは少しだけ声を落とした。
「僕は、アイが過ごした八年間を知らないよ」
「……そうだね」
「それに、アイは僕の昔を知ってる。ティアが知らない僕も、アイは知ってるよ」
アイは一度だけ僕を見て、それからティアへ向き直った。
「じゃあ、遠慮する理由はないよね」
「ほう。わしと争う気か?」
「まだ何も決まってないって言ってるの」
「ならば早い者勝ちじゃな♡」
ティアがさらに顔を近づけてきた。
異世界では、こうされても次の目的地や見張りのことを考えていた。
でも今は、明日の戦いに備える必要はない。安全な部屋で、仲間と酒を飲んでいる。
成人した女性の姿で迫られていることを、今さらはっきり意識した。
「ティア、本当に近いよ」
返事が少し遅れた。
ティアは余裕ありげに笑ったが、鱗の尾だけは椅子の後ろで機嫌よくぱたぱたしていた。
「……ほう?」
「何?」
「悠。今のは効いたかの♡」
「効くって何が?」
「返事が遅れたぞ。異世界では一度もなかった反応じゃ」
「え、効いてるの!?」
アイまで僕の顔をのぞき込んでくる。
「二人とも近いよ」
『今ちょっと照れた?』
『バールさん女に興味あったんだ』
『ティア様押せ!』
『アイちゃん負けるな!』
『一番長く一緒にいる男はデスDでは?』
『まさかのデスDルート』
「誰が攻略対象だコラ!」
「貴様も悠を狙っておったのか?」
「違ぇよ!!」
デスDが怒鳴ったあと、確認画面を二度見した。
「……おい。今日、過去最高同接だぞ」
「何も倒してないのに?」
「そういう問題じゃねえ。お前らが喋ってるだけで客が増えてんだよ」
「今の悠なら、少しは望みがありそうじゃの♡」
「聞こえてるからね」
アイはティアの反対側へ椅子を寄せた。
戦わなくてもいい夜は、思っていたより落ち着かなかった。
成人した姿のティアを出すにあたり、少女形態とははっきり区別しつつ、外見の説明だけで場面を止めないよう調整しました。衝撃はアイとコメント欄に任せ、本人は余裕たっぷり。ただし、機嫌のよさだけは尻尾に出ています。
悠がこれまで恋愛へ反応しなかった理由も、単に鈍いからではなく、異世界で戦闘・移動・野営に追われていた生活から説明しました。戦わず、飲んで話しているだけなのに過去最高同接。メンバーそのものが番組になり始めた回です。
次回、第13話「バールさん、ダンジョン以外も破壊する」。
何気ないコメントが、悠に今まで考えもしなかった破壊対象を気づかせます。




