第13話「バールさん、ダンジョン以外も破壊する」
魔獣を倒し終え、僕たちはダンジョンの通路を歩いていた。
「そういえば悠、今日も配信が終わったら病院へ行くの?」
前を歩いていたアイが振り返る。
「うん。萌のところへ行くよ」
「最近は毎日顔を出してるよね」
「帰ってこられなかった分までとはいかないけど、会えるときは会いたいから」
『萌って誰?』
『バールさんの彼女?』
『アイちゃん以外にもいるのか』
「違うよ。妹です」
配信で話してもいいことは、事前に萌と確認している。
「長く入院していて、僕が働き始めたのも、萌を支えるお金が必要だったからです」
『バールさん妹いたんだ』
『病弱妹つらい』
『病気もバールで壊せたらいいのに』
「病気を……壊す?」
僕は立ち止まった。
ダンジョンの壁を壊した。罠を壊した。魔獣を壊し、世界の境界まで壊した。
けれど、病気を壊そうと考えたことは一度もなかった。
『無論、壊せるぞ』
エクスカリバールが、迷うことなく答えた。
「本当に?」
『病であろうと、壊すべきものならば我輩に壊せぬ道理はないのである』
「ちょっと待って。バール様が何か言ったの?」
アイが僕の前まで戻ってきた。
「病気も壊せるって」
「は?」
カメラを構えていたデスDが、すぐに配信画面を操作した。
「今日の配信はここまでだ。アイ、締めろ」
「え、今?」
「今だ。妹の病気と、何が起きるか分からねえ能力を生で試す気か」
「試しません。まず萌に話します」
「だったら、これ以上は外でしゃべるな」
アイはすぐにカメラへ向き直った。
「今日は予定を変更して、ここで終了します! 続きは、ちゃんとお話しできるようになってから。みんな、またね!」
配信が切れたことを、デスDが二度確認する。
切れる直前の画面には、コメントが重なっていた。
『今バール様と話した?』
『病気も壊せるってこと?』
『妹助かるのか』
「この時点じゃ、できるとも助かるとも言えねえ。だから切った。期待だけ先に広げたら、妹にも病院にも迷惑がかかる」
「はい」
「コメントに気づかされたのは事実だ。だが、視聴者に決めさせる話じゃねえぞ」
「決めるのは萌です」
「悠。壊せると壊していいは別だぞ」
「分かってます」
「お前がそう言えるようになっただけ、最初よりましだな」
ティアは小さな姿のまま、僕の腰にあるエクスカリバールを見た。
「治癒魔法と、病そのものを壊すことは違う。何が起きるか、わしにも断言できぬぞ」
「うん。萌の身体まで壊すわけにはいかない」
『我輩の《破壊》を凡百の魔法と一緒にするでない』
「バール様は自信があるみたいだけど、決めるのは萌だよ」
『壊すべきものを前に、なぜ許可が要るのであるか』
「萌の身体のことだから」
エクスカリバールは不満そうだったが、それ以上は何も言わなかった。
◇
「それで、みんなで来たの?」
病室で待っていた萌は、僕たちを順番に見た。
「配信中に大きな可能性が見つかったから」
「お兄ちゃんがそう言うと、大体何か壊す話だよね」
「今回は病気を壊せるかもしれない」
萌はすぐには答えなかった。
僕たちは病院へ事情を説明し、必要な確認を重ねた。エクスカリバールの力を医学で説明することはできない。それでも、今までの治療を急にやめたり、何も知らせず試したりするつもりはなかった。
病室にカメラはない。デスDも機材を持ってこなかった。
「成功するかは分からない。でも、バール様は壊せると言ってる」
「失敗したら?」
「何も起きない可能性もある。僕が壊す対象を間違える可能性は、絶対にないとは言えない」
「お兄ちゃんでも?」
「妹だからこそ、できると言い切りたくない」
世界の境界を壊したときは、帰る道を塞いでいるものだけを見ていた。けれど今回は、その向こうに萌の身体と人生がある。
「今までの治療が間違っていたとは思ってないよ。僕が帰るまで萌を支えてくれた。だから、それを軽く扱うつもりもない」
「うん」
「それでも試すなら、萌の身体じゃなくて、病気だけを壊す」
萌はしばらく考え、僕へ手を差し出した。
「やって、お兄ちゃん」
「いいの?」
「萌、怖くない?」
アイが尋ねた。僕がいなかった八年間も萌を知っているアイだから、簡単に背中を押さなかった。
「怖いよ。でも、お兄ちゃんが絶対に大丈夫って言わなかったから、ちゃんと考えてくれてるんだと思う」
「やめたくなったら、直前でも言って」
「うん」
「ずっと病院にいるの、そろそろ飽きたから」
冗談のように言ったけれど、萌は僕から目をそらさなかった。
「ちゃんと病気だけにしてね。ベッドまで壊さないで」
「うん。約束する」
アイは萌の反対側へ立ち、その手を握った。デスDとティアは少し離れて見守っている。
僕はエクスカリバールを抜いた。
『悠よ。汝が壊すものを定めよ』
いつもの破壊をせかす声ではなかった。
エクスカリバールの平たい先端を、萌が差し出した手のひらへそっと当てる。
壊すのは萌ではない。
身体でもない。萌が過ごした時間でも、治療を続けてきた人たちの努力でもない。
萌を長くこの病室へ縛りつけてきた、病気だけだ。
そう考えた瞬間、初めてそこに、壊すべきものがあると分かった。
「バール様」
『無論である』
手の中で、エクスカリバールを軽く押した。
硬いものが砕けるような感触が、柄を通して返ってきた。
光も、爆発もなかった。
ただ、それまで確かにあった何かが消えた。
『破壊したのである』
エクスカリバールを離すと、萌が自分の手を見た。
「どう?」
「すぐには分からない。でも……何か、違う」
「痛いところは?」
「ないよ」
その言葉だけで安心しそうになる自分を止めた。僕たちだけで成功を決めてはいけない。
その後、必要な検査が行われた。
これまで病気のために確認されていた異常が、見つからなくなっていた。すぐにすべてが終わるわけではなく、経過の確認も退院に向けた準備も必要だ。それでも、萌の状態が明確に変わったことだけは間違いなかった。
アイは何度も結果を確かめたあと、萌を抱きしめた。
「よかった。本当に、よかった……」
「アイちゃん、苦しい」
「ごめん。でも、もう少しだけ」
ティアも、いつものようにエクスカリバールへ張り合おうとはしなかった。
「治したのではない。病だけが、確かに消えておる。まったく、でたらめな力じゃ」
『破壊神に不可能はないのである』
「調子に乗るでない。悠が対象を違えなかったからじゃ」
それは僕も同じように思った。壊せると分かったことより、壊すものを選べたことの方が大きかった。
「お兄ちゃん」
結果を聞いた萌が、僕の手を握った。
「壊せたね」
「うん」
世界を救ったと聞かされたときより、言葉が出なかった。
僕が帰ってきたとき、萌を支えるために金が必要だと思った。だから働いて、ダンジョンへ入って、バールさんと呼ばれるようになった。
その始まりにあった、萌を苦しめる病が、今、消えた。
「ありがとう、バール様」
『礼には及ばぬ。我輩は壊しただけである』
いつもと同じ言葉なのに、今日は違って聞こえた。
病室の外では、デスDが携帯電話を見ていた。
「配信の最後、もう切り抜かれてるぞ」
画面には、僕が「病気を壊す」と口にした場面と、結果を待つコメントが並んでいた。
「まだ何も発表しないでください」
「分かってる。病院側の確認が済むまで、DDPから成功とは言わねえ。だが、その後まで黙ったままにもできねえ」
「じゃあ、私が話す」
病室から出てきた萌が言った。
「私の病気のことなんだから、私も一緒に説明する」
退院の準備より先に、僕の妹には新しい仕事ができたらしい。
この回は、「病気を壊せる」という大きな出来事を、便利な奇跡だけで終わらせないことに神経を使いました。
悠が可能性に気づいても、すぐ勝手には実行しない。萌本人の意思を確認し、病院にも説明し、結果も医療側の検査で確かめる。病名や医学的な仕組みを新しく作らず、それでも兄妹にとって何が変わったのかは伝わるようにしています。始まりは、コメント欄のたった一言でした。
次回、第14話「元勇者、妹までもバズらせる」。
退院した萌が、今度は自分の言葉で視聴者の前に立ちます。




