第14話「元勇者、妹までもバズらせる」
「お兄ちゃん、近い」
「ちゃんと映ってる?」
「顔しか映ってない」
萌に言われ、僕はカメラから離れた。
病気を壊してから必要な確認と準備を終え、萌は退院した。
今日はDDPから、その結果を自分の言葉で説明する。萌が出演すると決めた配信なので、僕は隣に座っているだけの予定だった。
「最初から妹に直されてんじゃねえよ」
デスDがカメラの位置を調整する。
「映像に慣れてなくて」
「お前は何回配信に出てんだ」
「カメラは撮る方が慣れてます」
「もう『カメラマンなので』は通用しないからね」
アイが僕を椅子へ座らせた。
配信が始まる。
「みなさん、こんばんは! 今日はバールさんの妹さんが、先日の配信について直接お話ししてくれます!」
アイに紹介され、萌がカメラへ頭を下げた。
「二梃木萌です。先日の配信で兄が話していた、長く入院していた妹です」
僕には、記憶よりずっと大きくなった妹に見える。
けれど初めて萌を見る人には、まず整った顔立ちが目に入ったらしい。コメントの流れが一気に速くなった。
『こうきましたか。いいですねえ』
『いや普通に美少女すぎん?』
『妹ちゃんレギュラー入り希望』
『顔面強い兄妹だな』
『アイちゃんと並んでも負けてない』
『DDP顔面採用でもしてる?』
『病弱美少女だった妹が元気になったとか強い』
『バールさんハーレム展開で草』
「妹をハーレムに入れないで!」
アイがすぐにコメントへ突っ込んだ。
「僕も困ります」
「お兄ちゃんは真面目に答えなくていいよ」
『妹ちゃん落ち着いてる』
『もう兄の扱い分かってる』
『ずっと見てたい』
デスDは確認画面の数字を見て、僕にだけ聞こえる声で言った。
「お前の家、どうなってんだ。妹まで初登場で数字を持ってきやがった」
「萌は数字を持てないと思います」
「そういう意味じゃねえ」
萌はコメントに流されず、話を続けた。
「兄が病気を壊したあと、必要な検査と確認を受けました。今まで病気のために出ていた異常は見つからなくなり、退院できました」
『マジで治ったの!?』
『病気壊したって本当だった』
『バール様すごすぎる』
「ただ、これは普通の治療ではありません。今まで私を支えてくださった病院の方々や治療が必要なかった、という意味でもありません。兄が帰るまで私が生きていられたのは、そのおかげです」
萌はそこだけ、ゆっくりと言った。
「私自身に特別なスキルがついたわけでもありません。退院したから急に強くなったわけでもない、普通の人間です」
『能力なしなのか』
『でもかわいい』
『普通の妹枠助かる』
「それから、病気を壊すことを試すか決めたのは私です。兄だけで決めたことではありません」
コメントの勢いが少し落ち着いた。
「今後も配信に出るんですか?」
アイが視聴者から増えていた質問を拾った。
「まだ決めてません。退院したからって、急にダンジョンへ行くつもりもありません」
「それでいい。出演するかは本人が決める。数字が出たからって、病み上がりを危険な場所へ連れ出す気はねえ」
デスDがカメラの外から言った。
「でも、私にできることがあるなら、無理のない範囲で手伝ってみたいです」
『レギュラー入り一歩前進』
『危険なことしないなら歓迎』
『普通の人代表でいてほしい』
萌は必要なことを短く話し、聞かれたくないことには答えなかった。八年前には、僕の後ろをついてきてばかりだった妹だ。それが今は、僕よりずっと配信の前で落ち着いている。
「最後に、ひとつだけ」
萌が僕を見る。
「お兄ちゃん。今度から家族のことを配信で話すときは、話し始める前に教えて」
「今回は確認してたよ」
「長く入院してるところまで話すとは聞いてなかった」
「そこは必要な説明だと思って」
「次からは必要かどうかも相談して」
「分かった」
『バールさん即落ち』
『妹の言うことは聞くんだ』
『バールさんの制御装置』
説明配信が終わる頃には、萌の名前まで大勢に覚えられていた。
◇
「何で萌の声がするんですか?」
後日のダンジョン配信で、僕はデスDに聞いた。
『今日はDDPから見てるだけだよ』
耳につけた機器から萌が答える。退院したばかりの萌をダンジョンへ連れてくる予定はない。代わりに、DDPで配信映像を見ながら話せるようにしたらしい。
「視聴者からの要望が多かったんだよ。危険がなくて、本人がやりたい範囲なら使う」
デスDはカメラを構えたまま言った。
「みなさん、お待たせしました! 今日は妹の萌ちゃんが遠隔で見守ってくれます!」
アイが紹介すると、コメントが歓迎の言葉で埋まった。
『妹ちゃんきた!』
『レギュラー入り早い』
『今日も声かわいい』
『バールさん見張られてて草』
通路の先で、大きな石壁が道を塞いでいた。中央に細い隙間がある。
「壊せば進めますね」
『壊すがよい!』
「待て。横に別の通路がある。壁に何の役割があるか確かめるまで触るな」
デスDに言われたので、エクスカリバールの先端だけ隙間へ入れた。
『お兄ちゃん』
「何?」
『デスDさんに、今なんて言われた?』
「触るなって」
『じゃあ、バール様を抜いて』
「でも、もう隙間に入ってるよ」
『抜く方が簡単でしょ』
「分かった」
隙間からエクスカリバールを抜き、腰へ戻す。
『戻した!?』
『バールさんを止めた』
『妹が一番扱い分かってる』
『めぐ司令きた』
「なぜ俺が何度言っても止まらねえのに、妹の一言で戻すんだよ!」
「萌が言うなら、僕が止められている理由があると思うので」
「俺が止めたときも理由があるんだよ!」
『お兄ちゃん。今は謝るところ』
「すみません」
「俺じゃなくて妹に従ってんじゃねえか!」
アイは笑いながら、コメントを読み上げる。
「えー、ただいま『めぐ司令』が急増中です!」
『めぐ司令の安心感』
『この子が実質リーダーでは』
『デスDより指示通ってて草』
「お兄ちゃんを普通の人みたいに扱ってるだけなんだけど」
『それができる奴がいないんだよ』
横の通路を調べると、石壁を壊さなくても先へ進めると分かった。
「萌のおかげで、壊さずに進めたよ」
『それはデスDさんのおかげ』
「そうなんだ」
「そうだよ!」
デスDの声が通路へ響いた。
その直後、横穴から魔獣が飛び出した。
アイたちへ届く前に、エクスカリバールで一度殴る。魔獣は淡く光り、粒になって消えたあとに結晶を残した。
『今のは壊していいやつ』
「うん。危なかったからね」
『壁は調べてから。襲ってくる魔獣はすぐ倒す。難しくないでしょ?』
「分かりやすいよ」
『めぐ司令、破壊許可を出す』
『禁止するだけじゃないの有能』
『バールさん運用マニュアル』
「お前ら兄妹の中だけで運用ルールを完成させるな。現場責任者は俺だ!」
戦えるわけでも、スキルがあるわけでもない。
それでも萌が参加した配信は、前回とは別の意味で大きく伸びた。
配信が終わる頃には、コメント欄の呼び方は「妹ちゃん」から「めぐ司令」へ変わっていた。
萌の初配信で意識したのは、「病弱な妹」として守られるだけの存在にしないことでした。
かなりの美少女なので、コメント欄は当然そこを拾います。しかし、配信で本当に評価されたのは、悠の行動を予測し、短い言葉で止められること。戦闘能力もスキルもない萌が、兄を最も正確に運用できる人物として「めぐ司令」と呼ばれるまでを一話で描きました。
次回、第15話「バールさん、新たなスキルの発現に立ち合う」。
萌が学校へ戻る一方、DDPは初めて迷宮省の正式案件へ向かいます。




