第15話「バールさん、新たなスキルの発現に立ち合う」
「今日は企画じゃねえ。案件だ」
デスDが、いつもより真面目な顔で言った。
僕たちがいるのは、以前とは別のA級ダンジョンの入口だ。今回はDDPが勝手に入るのではなく、迷宮省から正式に依頼を受けている。
「最深部のコアに異常が確認されています。皆さんには周辺の調査と、危険性の確認をお願いします」
入口脇に置かれたモニターには、スーツ姿の女性が映っていた。椿葵さん。迷宮省で、僕たちとの連絡を担当する人らしい。
「最深部のコアに異常が確認されています。皆さんには周辺の調査と、危険性の確認をお願いします」
通話越しでも、椿さんの説明は落ち着いていて聞き取りやすかった。
「調査前に壁やコアを壊さないでください」
「分かりました」
「二梃木さん。特にあなたへ言っています」
「分かってます」
「同じ返事なのに安心できねえな」
デスDが撮影用のカメラを持ち上げた。
「ただし、コアが暴走し、撤退も困難になった場合は別です。現場判断は死柄木さんに任せます」
「壊してもいいんですか?」
「必要な状況を確認したうえでなら、壊してください。そのための手続きはこちらで通しました」
「前にも壊した例はあります」
「無許可で壊した例を前例にはしません。今回は正式な前例にします」
止めるだけではなく、必要なら壊していいところまで決めてくれる。椿さんの説明は分かりやすかった。
説明を終えたあとも、椿さんは回線の向こうで外部の担当者たちとの連絡を続けていた。ダンジョンへ入るのは、いつもの四人だ。
デスDは撤退経路と連絡手段をもう一度確認し、配信とは別に調査用の映像も保存できているか確かめた。
「案件だからって、面白く撮るのをやめる気はねえ。ただし、必要なものを撮り落とすのはもっと駄目だ」
普段と同じカメラでも、今日は撮った映像そのものが仕事の成果になる。
「ではみなさん! DDP初の正式案件、A級ダンジョン・コア異常調査を始めます!」
アイの声で配信が始まった。
『ついに案件きた』
『政府案件でA級w』
『底辺配信から出世しすぎ』
『めぐ司令は?』
「萌は今日は来ません。学校へ行っています」
『学校ね。理解した』
『勉強は大事』
『めぐ司令、学校復帰できてよかったね(´;ω;`)』
『ちゃんと日常に戻ってるのいいな』
僕もそう思う。ダンジョンへついてくるより、今の萌には学校へ行けることの方が大切だ。
「妹が学校に行っただけで泣かれる配信も珍しいよな」
「それだけみんな、萌ちゃんを心配してたんですよ」
「今日はめぐ司令抜きじゃ。悠を止めるのはおぬしの仕事じゃぞ、デスD」
「最初から俺の仕事なんだよ」
◇
A級ダンジョンを下りるほど、空気に混じる魔力が濃くなっていく。
「この辺りまで来れば、こちらの姿の方が動きやすいのじゃ」
ティアの小さな身体が金色の光に包まれた。
輪郭が伸び、光が消えたときには、角と鱗の尾を残した成人女性の姿になっていた。異世界でもよく見ていた、人型で戦うときのティアだ。
「その姿になると、最深部が近いって分かりやすいね」
「地上より魔力が濃いからの。遠慮せず使えるぞ」
『大人ティア様きた!』
『深部形態助かる』
『これでまだ龍形態じゃないの強すぎ』
「何に助かっておるんじゃ?」
「ティア、コメントは気にしなくていいよ」
「悠に言われると不安になるのじゃが」
その直後、通路へ入っただけで複数の魔獣が襲ってきた。
正面の魔獣をエクスカリバールで殴る。淡く光って消えたあと、結晶が床へ落ちた。
背後へ回った魔獣は、ティアが両手から放った《ファイヤーボール》でまとめて焼き払う。炎が消えると、魔獣も淡い光の粒となって消え、結晶だけが残った。
「この程度でA級を名乗るとは、大げさじゃの」
「みなさんは余裕ですが、通常の調査隊には危険な場所です!」
アイは戦況を伝えながら、デスDのカメラへ魔獣が近づかない位置を保っていた。
『案件でA級行くの草』
『映像だけ見てると難易度が分からん』
『ティア様も普通に強い』
デスDは魔獣ではなく、通路や壁の変化も細かく撮っていた。今日は倒すところだけでなく、調査結果として使える映像を残す必要があるらしい。
「壁の光、さっきより間隔が短くなってる。アイ、今の時間を声に出して残せ」
「はい。進入後の経過時間と、現在位置を読み上げます」
デスDは異変に気づくたび、アイへ記録させた。僕には同じように見える壁も、映像を並べれば変化が分かるらしい。
最深部へ着くと、広い空間の中央にコアが浮かんでいた。
表面には何本もの亀裂が走り、明滅するたびに、壁まで脈打つように光る。以前壊したコアとは明らかに違う。
「近づかない方がいいよ」
僕が言うと、デスDは足を止めた。
「分かってる。だが、壁とつながってるところが画面に入ってねえ」
横へ移動して角度を変え、それでも足りずに一歩だけ前へ出る。
「デスD、そこから先は――」
コアの亀裂から、光の帯が伸びた。
デスDは避けようとしたが、足へ巻きついた光が身体まで一気に這い上がる。それでもカメラを離さず、コアへ向けたままだった。
「カメラ置いて! 引っ張るから!」
アイが手を伸ばす。
「来るな! お前まで捕まる!」
僕は光の帯をエクスカリバールで壊した。一本は消えたが、コアの亀裂からすぐに二本、三本と伸びてくる。
「こいつ、デスDを中へ取り込もうとしておるぞ!」
ティアが魔法でデスDの身体を引いた。けれどコアも周囲の壁も一緒に光り、さらに強く引き戻す。
このまま帯だけを壊しても増え続ける。止めるなら、原因のコアを壊すしかない。
デスDの身体は、もう半分近く光に覆われていた。
「俺ごとやれ!」
「はい」
「少しは葛藤しろ!」
『悠即答で草』
『笑ってる場合じゃねえ』
『デスDやばい』
「でも、現場判断はデスDに任せると言われました」
「説明してる暇があったら早くしろ!」
本人の許可もある。コアを止める必要もある。攻撃する理由は揃っている。
それでも、狙いを定める前に一度だけデスDを見た。
「コアだけを壊します。でも、何が起きるかは分かりません」
「それでいい! やれ!」
「気にするな悠! あいつはそんなに簡単に死ぬタマではない!」
『ティア様、デスDへの信頼厚くて草』
「根拠のねえ信頼を寄せるな!」
僕はエクスカリバールを構えた。
「バール様。コアだけを壊すよ」
『無論である!』
踏み込み、光の帯ごとコアを叩いた。
亀裂が一斉に広がる。
壊れたコアの内側から、白い光があふれた。
「伏せて!」
アイをかばい、ティアが防御魔法を広げる。
直後、空間全体が白く染まった。
音が消えた。
身体を押す光が弱まり、僕は顔を上げた。
コアはなくなっていた。
デスDもいなかった。
床に落ちたカメラだけが、僕たちを映している。
『え』
『デスD?』
『嘘だろ』
「デスDさん?」
アイの声が震えた。
返事はない。
僕が攻撃した。コアだけを狙ったつもりでも、デスDは爆発の中心にいた。
「デスD!」
崩れた床の向こうで、何かが動いた。
煙の中から、丸いサングラスが転がってくる。そのあとを追うように、服も髪もぼろぼろになったデスDが這い出てきた。
「……なんで俺、生きてるの?」
「チッ」
「何で舌打ちした!?」
『生きてる!?』
『なんで!?』
『こいつまで人間やめた?』
デスDは立とうとして、すぐに倒れた。生きてはいるけれど、無傷ではない。
「よかった……本当に、生きてる」
アイが駆け寄りかけ、怪我に触れないよう直前で止まった。
「動かないでください」
「カメラ……」
「配信は続いてます」
「なら、今の撮れたか」
「そこを心配するんですか?」
「撮るために来たんだよ」
答えを聞いて、ティアがもう一度舌打ちした。
◇
後日、治療を受けたデスDは、包帯だらけの姿で結果報告の配信に出た。椅子へ座るだけでも痛むらしく、何度も顔をしかめている。
「検査の結果、死柄木さんには新しいスキルが確認されました」
配信画面の向こうで、椿さんが告げた名前は、《生存》。致命的な状況でも、死亡という結果へ至らないスキルらしい。
「ただし、限界や条件はまだ不明です。今回生き残ったからといって、危険な検証は認めません」
「コアの暴走とスキル発現の関係も、現時点では分かっていません。推測を事実として広めないでください」
『デスD不死身になった?』
『次から盾役できるじゃん』
『ティア様のブレスで試そう』
「試すでない」
ティアが画面の横から言った。
「痛いものは痛いし、怪我もする」
デスDは包帯の巻かれた腕を上げようとして、すぐに諦めた。
「死なないだけで大丈夫じゃねえんだよ!」
デスDはそう怒鳴ってから、自分が撮ったコア崩壊の映像をもう一度流した。
死なないと知る前から、この人は撮るために危険へ踏み込んでいた。
新しいスキルが発現しても、そこだけは何も変わっていなかった。
正式案件らしい緊張感と、DDPらしい騒がしさの配分に苦労した回です。最深部では魔力が濃くなり、ティアも成人女性形態へ。調査は順調に見えましたが、コアの異常はデスDを巻き込みました。
ここで大事にしたのは、新スキル《生存》が発現したから勇敢になったのではない、ということです。デスDは死なないと知る前から、危険へ踏み込んで撮影していました。痛みも怪我も普通にあるので、本人にとっては決して無敵のご褒美ではありません。
次回、第16話「元勇者、ドラゴンの巣作りに巻き込まれそうになる」。
案件成功の高額ボーナスを手に、ティアが現代日本で巣を借りようとします。




