第16話「元勇者、ドラゴンの巣作りに巻き込まれそうになる」
「全員、よくやった。今回はボーナスを出す」
デスDが、DDPの机へ三枚の明細を並べた。
A級ダンジョンの調査案件は成功した。異常なコアの映像も残り、暴走を止め、全員が帰ってきた。依頼元から支払われた報酬は、今までの配信収益とは比べものにならないらしい。
デスDの片腕にはまだ包帯が残っている。
「デスDさんの治療費を先にした方がいいんじゃないですか?」
「必要な分は別に確保してある。これはお前らの取り分だ」
「桁、間違ってない?」
アイが明細を見直す。
「間違ってねえ。命張ってA級を片づけたんだ。会社だけ儲けて出演者へ出さねえ方がおかしいだろ」
「おぬしが一番命を張っておったがの」
「次はもう少し離れて撮りますか?」
「撮れなくなるほどは離れねえよ」
死なないと分かっても、撮り方を変える気はないらしい。
ティアは自分の明細を両手で持ち、書かれた金額を何度も数えていた。
「数字だけでは宝らしくないのう」
「使えば家具でも金でも買えるよ」
「金も買えるのか?」
ティアの尻尾が勢いよく椅子を叩いた。
「全部を金に換えるのはやめてね。生活に必要なお金も残して」
「宝は生活に必要じゃぞ」
「ティアにとってはそうなんだね」
「これだけあれば、巣が作れるの」
「巣?」
「うむ。地上へ来てから、わしには宝を置く場所がなかった。悠の近くに落ち着ける巣を構えるのじゃ」
「今までどこに置いてたの?」
「大事なものは持ち歩いておる」
ティアは僕を見た。
「僕は置いてないよ」
「まだの」
「今、『まだ』って言った?」
アイが反応した。
デスDはすぐにカメラを持ち上げようとして、包帯の巻かれた腕を押さえた。
「決まりだ。次の企画は、黄金龍の巣作り」
「これはわしの私生活じゃぞ」
「物件の場所と個人情報は出さねえ。見せていい範囲だけでいい」
「報酬を出した直後に企画へ戻すんだね」
「金を使うところまで撮って初めて経済が回る」
よく分からないけれど、ティアは自分の巣を大勢に見せることには乗り気だった。
◇
巣作り配信を始めてから、ティアはいくつもの候補を見て回った。
一つ目は、宝を置く場所が狭いという理由で却下した。二つ目は床が頼りない。三つ目は僕が今住んでいる場所から遠い。
「最後のは物件の問題じゃないよね?」
「最重要条件じゃ」
『駅からの距離より悠からの距離』
『ドラゴン向け物件情報に載ってない条件』
『宝物本人が内見に同行してる』
ティアは間取りを見るたび、財宝の場所と僕の寝床へ印をつけた。僕は住むと答えていないのに、寝床だけは毎回用意されていた。
そのあと、僕たちはティアが一番気に入った建物を見に来た。
外から細かい場所が分からないようにして、建物の中だけを配信している。広い部屋と高い天井があり、奥には物をしまえる場所もある。住居というより、事務所や撮影場所として使う方が合いそうだった。
「ここなら黄金龍の姿でも入れますか?」
アイが天井を見上げる。
「無理じゃ。わしを何だと思っておる」
「ドラゴン」
「そうじゃった」
『ティア様でも入れない巣』
『龍形態基準で物件探すな』
『天井なくせば入れるぞ』
「バール様で壊しますか?」
「壊すな。借りる前から物件を更地にするな」
デスDのツッコミがすぐに飛んできた。
ティアは小さな姿のまま部屋を歩き、壁や床を確かめる。奥の一番広い部屋で立ち止まると、満足そうにうなずいた。
「ここなら悠と暮らすに十分じゃ」
「僕も住む前提なんだ」
「当然じゃろ」
『当然なんだ』
『巣作りというか新居では?』
『アイちゃん聞いてる?』
「聞いてる! ティア、悠は一緒に住むなんて言ってないからね」
「わしの巣には、一番の宝を置くに決まっておろう」
「宝って僕?」
「他に誰がおる」
「それなら、僕の家の近くに借りれば十分じゃない?」
「近くにあるのと、巣にあるのは違うのじゃ」
ティアにとっては、とても大きな違いらしい。
建物自体は気に入ったので、僕たちは契約の話へ進んだ。
そこで問題が起きた。
「借りられぬとは、どういうことじゃ?」
ティアには現世の戸籍も、契約する本人だと確認できる書類もない。小さな姿から成人女性の姿に変わって見せても、同じだった。
「わしは黄金龍ティアじゃぞ。本人が本人だと言っておる」
「姿を変えた直後に言うと、余計に難しいと思うよ」
「ならば悠。名を貸せ」
「僕の名義で借りればいいの?」
「駄目!」
アイが僕より先に答えた。
「実際に使う人を隠して借りるのは駄目。何かあったら、悠が全部責任を負うことになるでしょ」
「壊しませんよ」
「壊すかどうかだけが問題じゃないの!」
学校帰りにDDPへ来ていた萌にも相談すると、答えは同じだった。
「お兄ちゃん。ティアさんが使うなら、ティアさんが使うって説明して借りないと駄目だよ」
「二人とも同じことを言うね」
「普通のことだからね」
「それに、悠の名で借りれば、そこは悠の巣でもあることになるのじゃ」
ティアが付け加えた。
「やっぱり一緒に住ませるつもりだったんじゃない!」
「当然じゃろ」
「だったら、わたしの名義で――」
「お前も個人で背負おうとすんな」
デスDが止めた。
「何で対抗して名義を差し出す流れになるんだ。会社で借りられるか確認する」
デスDは椿さんへ連絡した。
『個人名義を借りる形にはしないでください。DDPが使用目的を説明し、事務所、撮影場所、ティアさんの生活拠点として正式に契約できる条件を整えます』
「ティアが巣として使うのも説明するんですか?」
『当然です。黄金龍の巣を隠して契約した前例など作りたくありません』
「前例はないんですね」
『ないので、今から作ります』
話し合いの結果、建物はDDPが借りることになった。新しい事務所兼撮影場所として使い、ティアの生活拠点にもする。費用や使い方は、隠さず条件を整えることになった。
ティアはボーナスから必要な費用を出し、残りで巣の中身を揃えることにした。頑丈な棚、大きな寝台、鍵のかかる保管場所。それから、金色の敷物やクッションを次々に選んでいく。
「本物の金は買わないの?」
「まずは巣を整えるのが先じゃ。財宝はこれから増やせばよい」
「意外と計画的なんだね」
「何百年使う巣になるか分からぬからの」
「借り物だってことは忘れるなよ」
「事務所兼巣穴じゃな」
「巣穴兼事務所じゃ」
「会社の方を先に言え」
『DDP、ついに巣を持つ』
『底辺事務所からドラゴンの巣へ』
『出世の方向がおかしい』
配信が終わったあとも、ティアは楽しそうに部屋を見て回った。
「ここには財宝を積む。こちらには大きな寝台が要るの。アイと萌が来たときの場所も作ってやろう」
「わたしたちも宝扱い?」
「悠が大切にしておるものは、わしにとっても価値があるからの」
所有されることには納得できないらしく、アイは複雑な顔をした。萌は少し考えてから、僕を見た。
「お兄ちゃんの部屋も作るの?」
「もちろんじゃ」
「僕は住まないよ」
「今は、じゃろ?」
ティアは上機嫌で尻尾を振り、奥の一番広い部屋へ僕の名前を書いた紙を貼った。
DDPの新しい事務所ができたはずなのに、僕の寝床だけは最初から決められていた。
ドラゴンが大金を手に入れたら巣を作る。そこまでは自然ですが、現代日本では戸籍も本人確認書類もないので、物件を借りられません。
今回は制度の細部を勝手に作らず、「名義だけ貸すのは駄目」「用途を説明し、DDPの事務所兼撮影場所兼生活拠点として借りる」という着地にしました。問題は解決したはずなのに、ティアは最初から悠の部屋まで用意しています。事務所と巣穴の境界は、かなり曖昧です。
次回、第17話「バール様、過去を語る」。
新拠点の開設記念配信。全員が妙なタスキをかけ、視聴者の質問に答えます。




