第6話「元勇者、世界の事情を知る」
配信は終わらず、ティアも僕から離れなかった。
「ティア、少しだけ腕を放してくれる? 撮りにくいんだけど」
「五年ぶりの再会じゃぞ。これでも遠慮しておる」
「そうなんだ」
僕の左腕を抱えていたティアは、考えた末に袖をつかむだけにした。カメラは両手で持てるようになったけれど、隣をぴったり歩くつもりは変わらないらしい。
「……ずいぶん仲いいんだね」
アイが言った。
「一緒に旅をしてたから」
「それはさっき聞いた。どのくらい?」
「三年くらいかな」
「三年?」
「向こうでは、それくらいだったよ」
「ほとんど最初から最後までわしが面倒を見てやったのじゃ。悠は目を離すと、すぐ無茶をするからのう」
「ティアもよく無茶してたよ」
「わしのは無茶ではない。実力相応じゃ」
「へえ。三年も、ほとんどずっと一緒だったんだ」
アイの声が少し低い。
「アイ、疲れた?」
「誰のせいだと思ってるの」
「さっきの魔獣?」
「もういい」
理由は分からなかったけれど、アイの機嫌は悪くなっていた。
『ダンジョン攻略と思ったらリアリティショーが始まった件』
『アイちゃん機嫌悪くて草』
『修羅場始まった?』
『異世界で三年一緒だったって何』
『バールさんマジで何者なんだよ(n回目)』
『よく見たら結構イケメンじゃね?』
『ゴールドドラゴンロリババアも気になりすぎる』
『属性が大渋滞』
コメントはダンジョンより僕たちの会話に反応していた。
「私の配信なんだけど」
アイが確認用の画面を見て呟く。
「数字は伸びてる。番組としては正しい」
デスDは冷静だった。
「人間関係の整理は歩きながらやれ。ここはまだダンジョンの中だ。悠、アイを撮れ。ティア、お前はレンズの前を横切るな」
「なぜわしが貴様の指図を受けねばならぬ」
「こいつの仕事を邪魔してえのか?」
ティアは黙って僕の横へ移動した。
「ありがとう、デスD」
「礼はいいから撮れ」
アイを先頭に、探索を再開する。
曲がりくねった通路を抜けると、床の一部が淡く光る小部屋へ出た。そこだけ空気が柔らかく、魔獣の気配もない。
「ここで少し休憩しよっか」
アイは光のそばで足を止め、配信用の笑顔を作った。
「ここは通称ヒールポイント。魔獣が落とす結晶をここで使うと、疲れや傷を癒やせるんだよ」
デスDがポケットから、さっき回収した結晶を一つ出した。手の甲には、ティアが天井を破ってきたときにできたらしい浅い傷がある。
「カメラは無傷だ。俺の手はついでに直す」
光の上へ結晶を置くと、透明な欠片がゆっくり溶けた。床から立ち上った淡い光がデスDの身体を包み、手の甲の傷が消えていく。
「え、それ向こうの世界と同じだ」
思わず声が出た。
「同じ?」
アイが配信用の笑顔を忘れて僕を見る。
「迷宮の中に、こういう安全な場所があった。魔物が残す結晶を使うと、傷や疲れが回復する。光り方も似てる」
「うむ。ほとんど同じじゃな」
ティアは床の光をのぞき込み、指先でなぞった。
『見覚えのある、退屈な仕組みである』
「魔物が結晶を落とすのも同じだ。通路の作りも、奥へ行くほど危険になるところも」
「待って。罠もあったってこと?」
「あったよ。踏むと矢が出るものや、足場が崩れるものが多かった。前回アイを捕まえた蔓みたいに、魔物の巣とつながっている罠もある」
「先に言ってよ。わたし、専門家の隣で罠に捕まってたの?」
「あのときは、こっちの罠も同じだと知らなかったから」
「知ってたら止められた?」
「たぶん」
「やっぱり先に言って!」
ティアが得意そうに鼻を鳴らした。
「悠の迷宮を見る目は確かじゃ。わしが鍛えてやったからのう」
「ティアは罠を見つけると、解除せず踏み潰してたよね」
「解除できておるではないか」
「悠。今の撮れ高も欲しかった」
デスDが悔しそうに言った。
『それ、生配信で話していいやつ?』
『向こうの世界にもダンジョンあるの?』
『異世界、設定じゃなかったのか』
「アイ、締めろ」
デスDが突然言った。
「え?」
「配信を終わらせろ。これ以上はタダで流す話じゃねえ」
画面の数字はまだ増えている。それでもデスDは迷わなかった。
アイもすぐに表情を切り替える。
「今日は予想外のことがいっぱい起きちゃったので、配信はここまで! 続きはまた次回、絶対見に来てね!」
『ここで切るの!?』
『五年の説明は?』
『ドラゴンちゃんをもっと映せ』
『続き待ってる』
最後まで流れるコメントを残し、画面が暗くなった。
「切れたな?」
「切れた」
デスDは二台のカメラを確かめてから、僕へ向き直った。
「お前の『向こう』って、どこまでここと同じなんだ?」
「今のところ、迷宮の基本的な仕組みはほとんど同じです。魔物がいて、倒すと結晶を残す。回復できる場所があって、深い場所ほど強い魔物がいる」
「似てる、じゃなくて、ほとんど同じか」
「はい。ただ、同じ理由でできたとまでは分かりません」
「そこは断言しねえんだな」
「分からないことを決めると、調べる場所を間違えるので」
「こっちのダンジョンが出始めたのは約五年前だ。結晶も、ヒールポイントも、確認された頃からあった」
「五年前……」
異世界で過ごしたのは三年。日本で経っていたのは八年。その差は五年だ。
ティアが僕を探していたのも五年。
そして、日本にダンジョンが現れたのも約五年前。
「時期が合いすぎておるな」
ティアが袖をつかむ指に力を入れた。
「妙じゃ。悠が消えたあと、わしは五年探した。その間に、この世界へ異世界と同じ迷宮が現れたというのか」
「でも僕には、五年も経った感覚がないんだ。世界の境界を壊して、光に飲まれて――次に気づいたら、こっちにいた」
「ちょっと待て。何を壊したって?」
「世界の境界です。元の世界へ戻るのを塞いでいた、開かない扉みたいなものです」
「それを普通は壊さねえんだよ」
「世界の境界って、壊せるものなの?」
アイに聞かれ、腰のエクスカリバールへ目を落とす。
「壊せたよ」
『我輩に壊せぬものなどないのである』
デスDは煙草を探すように胸元へ手をやり、ここがダンジョン内だと思い出したのか止めた。
「わけ分かんなくなってきた。今日はここで引き返そうぜ。一度外で整理する」
分からないことは多い。けれど、確認できる場所なら目の前にある。
異世界の迷宮では、重要なものほど深い場所にあった。ここも同じ構造なら、最奥を見れば何か分かるかもしれない。
「このダンジョン、最後はどこまで続いてるんですか?」
デスDの顔が引きつった。
「おい、死ぬ気か! ここの最奥はAクラスだぞ! 素人が行っていい場所じゃねえ!」
「ここまでと同じ準備で行ける場所じゃねえんだ。道も敵も別物だ。思いつきで進む話じゃねえぞ」
「素人じゃと?」
ティアが一歩前へ出た。少女の姿のまま胸を張り、デスDを見上げる。
「貴様、わしらを何だと思っておるんじゃ。のう、悠?」
『深部には、より壊し甲斐のあるものがあるはずである』
「ちょっと見てみたいです」
それに、ここまで同じなら、自分の目で最奥を確かめたい。
「行ってみよう、ティア」
「無論じゃ!」
「お前ら三人とも、話を聞け!」
デスDの怒鳴り声が、安全な小部屋に響いた。
今回は説明回ですが、すべてを一度に解説しないことが一番の課題でした。
悠には境界を壊してから長い時間が過ぎた感覚がない。ティアは五年間探していた。日本には、その頃から異世界とよく似た迷宮が現れている。並べるほど謎は増えますが、ここで答えまで出すのは早い。デスDが「今日は引き返そう」と現実的な判断をする一方、悠は原因を確かめるため先へ進みます。
次回、第7話「バールさん、ダンジョンコアも一撃で破壊する」。
ようやく最奥へ到着。タイトルどおり、バールさんに壊してはいけないものを見せてしまいます。




