第5話「バールさん、女が増える」
「今日は私の配信なんだからね」
ダンジョンへ入る前、アイは僕にだけ聞こえる声で言った。
「うん。ちゃんとアイを撮るよ」
「本当に分かってる? コメント、さっきからこれなんだけど」
確認用の画面には、配信開始前から文字が流れ続けていた。
『バールさん待機』
『今日はバール持ってる?』
『前回はまぐれ説』
『アイちゃんとの関係を説明しろ』
『カメラマンを映すカメラマンは?』
「僕がカメラマンだから、最後のは難しいと思う」
「そういう問題じゃないの!」
「騒ぐな。もう音も拾ってるぞ」
デスDが小型のカメラを肩に担いだ。今日は僕の業務用カメラとは別に、もう一台持ってきている。
「悠、お前はいつもどおりアイを撮れ。何か出たら俺がお前を撮る。前回の事故を仕込む気はねえが、客が待ってるもんを外す気もねえ」
「分かりました。今日はカメラも置きません」
「置くな。絶対にな」
念を押されてから、僕は配信を始めた。
「みなさん、こんばんはー! 今日もアイと一緒に、元気にダンジョン攻略していこうね!」
アイが手を振り、僕はその姿を画面の中央へ収める。歩くときは進行方向と足元も入れ、曲がり角では先に奥を確認した。
「いいぞ。前より見られる画になってる」
「ありがとうございます」
「褒められるとそっちを見るのやめて。私はこっち」
アイに指摘され、レンズを戻す。
しばらく進むと、通路の先で石を引っかく音がした。
岩のような鱗に覆われた四足の魔獣が、暗がりから姿を現す。低く伏せた頭には太い角があり、床を削る前脚は僕の胴ほどもあった。
アイの表情から配信用の笑顔が消える。
「待って。これ、近くで出ていい相手じゃない」
「壁際へ寄れ。走らせんなよ。まともに受けたら潰されるぞ」
デスDも冗談を言わなかった。ただし、肩のカメラはもう僕へ向いている。
「悠。そいつは首から下げろ。置くんじゃねえぞ」
「はい」
カメラのストラップを確かめ、腰からエクスカリバールを抜いた。
『ようやく我輩の出番である。あれを壊せ、悠』
魔獣が床を蹴った。
アイたちから進路をずらすよう斜め前へ出る。突き出された角を半歩でかわし、すれ違いざまに頭を一度殴った。
魔獣は二歩進んだところで崩れ落ちた。
鱗の隙間から淡い光があふれる。大きな身体は光の粒となってほどけ、床には小さな結晶だけが残った。
「終わりました」
『一撃w』
『出た』
『バールさんきた!』
『やっぱ前回まぐれじゃねえ』
『カメラマンとは』
「……やっぱり、それ毎回できるのね」
アイが魔獣の消えた場所と僕を見比べる。
「毎回同じ相手ではないから、全部とは言えないよ」
「そこだけ慎重な言い方しないで」
「前回は罠ごと急所へ入っただけかとも思ったが、違うな」
デスDはカメラを僕へ向けたまま、落ちた結晶を靴先で示した。
「お前が殴ると、何でもこうなるのか?」
「まだ二体なので、判断するには少ないと思います」
「検証番組みてえな返ししてんじゃねえ。普通は一体目で十分だ」
『検証希望』
『次も一撃か見たい』
「よし、撮れ高は確保した。結晶を回収して先へ――」
デスDの声を、頭上から響く轟音が遮った。
広間の天井が黄金色に染まる。
次の瞬間、上から吐きつけられたブレスが岩盤を貫いた。砕けた岩の一部は光の中で消え、開いた穴を巨大な爪がさらに押し広げる。
まばゆい鱗に覆われた黄金龍が、翼をたたんで広間へ降り立った。
「なんだあれ!?」
デスDがカメラを下げかける。
「予定にねえぞ!」
黄金龍は広間を見回し、僕を見つけた。
大きな瞳が見開かれる。直後、巨大な身体が光に包まれ、一気に縮んだ。
光の中から現れたのは、角と鱗の尾を残した見慣れた少女の姿だった。
「ティア? ……あ、今はそっちの姿なんだね」
「こちらは魔力が薄いからの。でかい姿では腹が減ってかなわん」
「今のドラゴンが、この子?」
「うん。ティアだよ」
「うんで済ませるの?」
「話は後だ! 撮れ! 絶対切るな!」
デスDはもうカメラを構え直していた。
そのとき、横穴から翼のある魔獣が飛び出した。鉤爪を広げ、少女姿のティアへ襲いかかる。
「邪魔じゃ」
ティアが片手を向ける。掌の前に生まれた《ファイヤーボール》が魔獣を直撃した。
魔獣は声を上げる間もなく発光し、光の粒へ変わる。ころり、と結晶が床を転がった。
「悠、お前も回せ! 今止めたら殺すぞ!」
「撮ってます」
『今のブレスで天井を破った!?』
『ドラゴンが女の子になったんだが』
『ファイヤーボールも一撃』
『バールさんよりヤバいの来た』
ティアは魔獣が消えたことを確かめると、僕の胸へまっすぐ飛び込んできた。カメラを片手で支え、空いた腕で受け止める。
「悠ぅぅぅぅ!!」
「ようやく見つけたのじゃ! どこをほっつき歩いておった! 五年じゃぞ! 五年もわしを待たせおって!」
「五年?」
「そうじゃ! わしがどれほど探したと――」
ティアは僕の胸を二度叩き、それから服を強くつかんだ。怒っているはずの声が、最後だけ少し震えていた。
「無事なら、先にそう言ってくれればよかったのに」
「言えるものなら言っておるわ、このたわけ!」
その説明を聞こうとしたところで、ティアの目が僕の腰へ向いた。
「しかも、まだその忌々しい棒を持っておるのか」
『誰が棒であるか! 相変わらず無礼な蜥蜴である!』
「誰が蜥蜴じゃ! 念話でわしの再会へ割り込むでない!」
『貴様こそ我輩と悠の偉業へ乱入したのである!』
五年ぶりらしいけれど、二人の仲は変わっていないようだった。
「……誰?」
アイの声で振り返る。
「ティア」
「名前じゃなくて!」
配信用の口調は完全に消えていた。
ティアもようやくアイに気づき、僕の腕をつかんだまま目を細める。
「それで悠。この女は誰じゃ?」
「幼馴染のアイ。今は一緒に働いてる」
「ほう。わしの悠が世話になっておるようじゃな」
「わしの悠?」
「うむ。悠はわしの一番の宝じゃからな」
アイが僕を見る。
「どういう関係?」
「異世界で一緒に旅をした仲間だよ」
「説明が足りない!」
『バールさんの知り合い?』
『五年探してたって何』
『ドラゴンが女の子になったんだが』
『アイちゃん顔w』
『バールさん何者だよ』
『女増えたw』
コメントは前回よりも速く、ほとんど読めない。デスDだけは無言で二台のカメラが動いていることを確かめ、画面の数字を見て笑っていた。
「五年、か」
僕が知らない五年。ティアが僕を探した五年。そして、この世界にダンジョンが現れた五年。
説明しなければならないことと、聞かなければならないことが、一度に同じ場所へ集まってしまった。
少なくとも、今日の配信を予定どおり終えるのは難しそうだった。
ティアの初登場は、とにかく規模を小さくしないことを意識しました。本体でブレスを吐いて天井を破り、少女の姿になったあとはファイアボールで瞬殺。再会の感動より先に現場が大混乱します。
一方で説明は長くせず、「こちらは魔力が薄いから小さい姿でいる」という事情も会話の中でさらっと処理しました。悠の三年、ティアが探した五年、現世の八年。再会できたのに時間が合わない、という次の問題も残しています。
次回、第6話「元勇者、世界の事情を知る」。
異世界の迷宮と、現代日本のダンジョン。似すぎている二つを前に、話が少しずつ妙な方向へ進みます。




