第4話「元勇者(バールさん)、バズる」
配信を終えたはずなのに、画面の数字は増え続けていた。
「さっき見たときより桁が増えてるぞ」
ダンジョン入口の脇で、デスDは確認用の画面へ顔を近づけていた。
僕がカメラを置いてから魔物を倒すまでの映像が、短く切り取られて何本も並んでいる。同じ場面なのに、画面の文字や切り取る位置が少しずつ違う。
『切り抜きから来た』
『バールさん次も出る?』
『あの一撃何?』
『カメラマンじゃなくて探索者だろ』
『罠壊すところ気持ちよすぎる』
「まだ増えてる」
アイも横から画面をのぞき込んだ。自分の番組に人が集まっているのだから、喜んでいるようには見える。
ただ、流れるコメントのほとんどは僕のことだった。
『次のバールさん配信いつ?』
『アイよりバールさん見に来た』
「……私の番組なんだけどな」
アイが小さく呟いた。
「ごめん」
「何で悠が謝るのよ。助けてもらったし、番組が伸びたのは嬉しい。嬉しいんだけど……なんか複雑」
デスDは僕たちの会話を聞いていなかった。映像を止め、罠を壊した瞬間まで戻し、今度は魔物を殴ったところで止める。
「顔はほとんど映ってねえ。画面も傾いてる。なのに、何をやったかは全部分かる」
デスDの電話が何度も震えた。通知を一つ消している間に、別の通知が二つ増える。アイの番組を以前から見ていた人だけでなく、切り抜きを見て初めて来た人が、元の配信までさかのぼっているらしい。
「罠に捕まったアイを見に来た連中が、途中からお前しか見てねえ。助けに入るまでの間と、一撃の瞬間が何度も再生されてる」
「アイを撮る仕事だったのに、僕が邪魔をしましたね」
「邪魔な映像がこんな速度で回るか。予定外でも、客が見たいもんが映ってりゃ価値がある」
「失敗した映像ですよね」
「事故映像だ。だが、撮れてるものは本物だ。視聴者がもう一回見たくなる瞬間もある」
デスDは画面から目を離さなかった。
「次はこれを偶然で終わらせねえ」
翌朝、病室へ行くと、萌は挨拶より先に電話の画面を向けてきた。
「お兄ちゃん、バズってるよ」
「バズる?」
「ものすごい勢いで拡散されてるってこと。昨日の動画、もう一万を超えてる」
「何が?」
「見る人が」
萌は画面を何度か動かした。同じ映像が別々の場所に貼られ、短い感想と一緒に広がっている。昨日はなかった「バールさん」という文字が、どの画面にも当たり前のように混じっていた。
「最初の切り抜きを見た人が、別の人に見せて、その人がまた別の人に教えるの。番組の登録も増えてるみたい」
「知らない人同士で、僕のことを伝達してるんだ」
「言い方は間違ってないけど、なんか討伐依頼みたい」
数字の下にはコメントが途切れず増えていた。僕が魔物を殴り、光の粒が消えたあとに結晶が残る。そこで映像は最初へ戻った。
「これを何度も見るの?」
「何度も見る人もいるし、別の人に教える人もいる。それでどんどん広がるの」
『当然である! ようやくこの世界の民も我輩の偉大さを理解したか!』
壁際に置いたエクスカリバールが誇らしげに言った。
「バールさんって、バール様のことじゃないの?」
「たぶん、お兄ちゃん込みだよ」
『何を言う。あの脆弱な魔物を消し飛ばしたのは我輩である』
「持ってたのは僕ですけど」
『我輩なくしては成立せぬ偉業である!』
「また独り言が始まった」
「バール様は自分が人気だと言ってる」
「その棒、自己主張強いね」
『棒ではないのである!』
萌には聞こえていないはずなのに、正確なところを突いていた。
動画の横には、次の配信予定を尋ねる言葉が並んでいる。僕が映るのか、バールを持ってくるのかと聞いている人もいた。
「有名になった実感ある?」
「ないよ」
「怖くない?」
「仕事が続くなら助かる。これで給料は出るのかな」
「そこは会社に確認して。再生された回数と、お兄ちゃんのお給料が同じ割合で増えるわけじゃないからね」
「そうなんだ」
「ちょっと残念そうにしないで」
僕にとって大事なのは、画面の向こうで知らない人に名前を呼ばれることではない。昨日の仕事が認められ、次の仕事につながることだ。
「お兄ちゃんらしいけど、たぶん今そこを気にしてるの、お兄ちゃんだけだよ」
萌が笑ったところで、僕の電話が震えた。
まだ操作に慣れていないので、萌に教わりながら通話へ出る。
「もしもし」
『悠、次も来い』
挨拶もなくデスDの声がした。
「採用ということでいいんですか?」
『現場で使えるのは分かった。カメラマンとして呼ぶ。今度は勝手に置くな』
「はい」
『あと、そのバールは絶対に持って来い』
『当然である!』
「バール様も行くそうです」
『だから、さっきからバール様って何なんだよ。まあいい。次は視聴者が何を待ってるか考えて撮る。事故の真似じゃねえぞ。昨日より面白い画を作る』
デスDの後ろから、アイの声が聞こえた。
『ちょっと代わって。悠、次はちゃんと私も映してよね』
「カメラマンだから、アイを撮るよ」
『昨日もそう言って、最後に全部持っていったでしょ』
「魔物は持って帰ってないよ。結晶はデスDに渡したし」
『そういう意味じゃない!』
通話の向こうでデスDが笑った。
『決まりだ。時間は後で送る。逃げんなよ、バールさん』
「それ、僕の名前なんですか?」
『もう視聴者にはそう呼ばれてんだ。諦めろ』
通話が切れた。
「次も仕事?」
萌に聞かれ、僕はうなずいた。
「うん。今度こそ、カメラを置かないようにする」
「そこだけ直せば大丈夫かなあ」
少なくとも、再就職は続いているらしい。
◇
人の行き交う場所で、大きな画面に短い映像が流れていた。
地面すれすれの傾いた画面。その中で、一人の男が赤黒いバールのようなものを振るう。
罠が砕け、魔物が一撃で光へ変わった。
少女は足を止めた。
顔がはっきり映らなくても、間違えるはずがない。あの武器も、あの背中も、あまりに長く探していたものだった。
「……見つけたのじゃ」
バズ回で難しかったのは、数字やコメントを並べるだけの回にしないことでした。
悠は自分が注目されている実感が薄く、デスDは仕事として好機をつかみ、アイは自分の番組から主役が移っていく現実に複雑な思いを抱く。同じバズを三人が別々に受け止めています。そして最後だけ場所を変え、五年間悠を探していたティアへ映像が届きました。
次回、第5話「バールさん、女が増える」。
見つけた黄金龍は、待ってはくれません。配信現場へ、天井を破ってやって来ます。




