第36話「勇者、この世界も救う」
怪獣は、もう春日部の目前まで来ていた。
地下にある《世界穴》へ向かって、周囲の魔力を吸いながら進んでいる。
「行かせぬぞ!」
黄金龍のティアが正面からぶつかった。
巨大な爪を受け止め、翼で押し返す。怪獣より小さくても、一歩も退かない。
「今のうちじゃ、悠!」
僕は巨大なエクスカリバールを構えた。
ヘリでは、アイが歌い続けている。途切れない歌声が全国へ流れ、《偶像》が巨大な形を維持していた。
デスDは開けた扉のぎりぎりからカメラを向けている。
「もっと寄せろ! 怪獣と悠を同じ画に入れろ!」
「これ以上は飛行の安全を保証できません!」
椿さんが通信と現場調整を続ける隣で、萌は複数の映像を見比べていた。
「お兄ちゃん、まだ振らないで」
「うん」
「怪獣の後ろに避難車両がある。ティアさん、もう少しだけ右へ押して」
「簡単に言うでない!」
そう言いながら、ティアは全身で怪獣の向きを変えた。
五年前、僕は帰りたいと思って世界の境界を壊した。
その場所が、今はこの世界の傷口として残っている。
全部の答えは、まだ分からない。
でも、今回は迷わなかった。
壊すのは穴ではない。街でもない。
目の前の怪獣だけだ。
「避難車両、退避した。怪獣の身体が穴の真上から外れたよ」
萌が画面を確認する。
「今。怪獣だけ壊して、お兄ちゃん」
「分かった」
ティアが怪獣を蹴り離し、僕の下へ飛び込んだ。
その背へ着地する。
「バール様」
『なんである』
「あれ、壊せる?」
一拍だけ、世界が静かになった。
『無論である!!』
巨大なバール様を振り下ろした。
技の名前はない。
ただ、殴った。
怪獣の頭から尾まで、《破壊》が一度に届く。
黒い巨体へ亀裂が走り、音もなく崩れた。破片も死骸も結晶も残さず、怪獣だけが完全に消える。
江戸川も、春日部も、地下の穴も残っていた。
『やったああああ!』
『勇者!』
『日本救った』
『バールさん強すぎるだろ』
『見てみて♡勇者』
ヘリの中で、アイが歌い終わった。
デスDの声が通信へ入る。
「撮ったぞ、勇者」
「ありがとうございます」
ニュース画面へ、速報が表示された。
『国家公認勇者・二梃木悠、日本を救う』
僕は雲まで伸びたエクスカリバールを見上げた。
「戻せるよね?」
『無論である』
五年前、悠は帰るために世界の境界を壊しました。今回は同じ場所を守るために、壊すべき怪獣だけを選んで壊します。
最終決戦ですが、必殺技名も長い詠唱もありません。最後まで、バールで殴るだけです。その代わり、ティアが怪獣を押さえ、アイが《偶像》を維持し、デスDが撮影し、椿が現場をつなぎ、めぐ司令が攻撃の瞬間を決める。悠一人の強さではなく、全員で一撃を完成させる構成にしました。死骸や結晶を残さず怪獣だけを消す点も、悠が《破壊》する対象を選べるようになったことの表現です。
次回、最終話。第37話「バールさんの配信は続く」。
日本を救った国家公認勇者が帰る先は、世界の檜舞台ではなく、いつものダンジョン配信です。




