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第32話「元勇者、日本の危機を知る」

『沿岸部で発生した大規模地震について、政府は巨大生物の活動が原因と発表しました』


 ニュース画面に、海面から突き出した黒い背中が映っていた。


 遠くから撮影しているはずなのに、画面へ収まりきっていない。比較用に映った船が、玩具のように小さく見える。


『巨大生物は沖合のプレート境界付近で覚醒したとみられ、海底を北上。東京湾へ侵入したあと、現在は江戸川を遡上しています』


 自衛隊の攻撃が黒い表皮で弾ける。迷宮省の探索者たちも迎撃しているが、怪獣は速度を落とさなかった。


『全長は百メートルを超えると推定されています。周辺では急激な魔力低下が観測され――』


 温泉旅行から戻った僕たちは、荷物を置く間もなくDDPのモニターを見ていた。


「こやつ、魔物ではないぞ」


 小型形態へ戻ったティアが、画面の前まで歩く。


「もっと古い。世界に魔力が満ちておった時代の生き物じゃ」


「地球にも、昔は魔力があったの?」


「痕跡くらいは残っておる。こやつは周囲の魔力を食っておるのじゃ。五年前から流れ込んだ魔力で、眠りから覚めたのかもしれぬ」


「ダンジョンの魔獣じゃないなら、迷宮省の記録にもないか」


 デスDはそう言いながら、すでにカメラのバッテリーを確認していた。


 ニュース画面が地図へ切り替わる。


『進路上の地域には避難指示が出されています。政府の解析によると、巨大生物は東京都心ではなく、埼玉県春日部市方面へ向かっています』


「春日部……」


 僕が帰ってきた町であり、両親と萌と暮らしていた町だ。


 萌も画面を見たまま、何も言わなかった。


 そのとき、デスDの電話が鳴った。表示されている名前は、椿さんだった。


「お前が原因じゃなくても早ぇな、国からの電話は」


 デスDが通話をモニターへつなぐ。椿さんは挨拶より先に言った。


『ここから先は機密情報です。配信と記録を切ってください』


 カメラのランプが消えたことを、萌とアイが確認する。


『二梃木さん。お願いがあります』


「怪獣ですよね」


『……話が早くて助かります』


 椿さんの後ろに、地下の断面図が表示された。


『怪獣が目指しているのは、春日部市そのものではありません。その地下です』


 図の最深部に、一点だけ強い反応がある。


『五年前、異世界との境界に《世界穴》が確認されました。国内へ流入する魔力の源であり、存在も所在地も政府最高機密です』


「世界の境界を壊した場所に、穴が残ってるんですね」


『境界破壊との関係を含め、未解明な点はあります。ただし、怪獣が穴の魔力を狙っていることは確実です』


 僕が帰りたいと思って壊した場所へ、怪獣が向かっている。


「止めないと、どうなりますか?」


『分かりません。だから、到達させるわけにはいきません』


 椿さんは一度息を整えた。


『現場までの移動と、必要な調整はこちらで行います』


「分かりました」


 デスDがカメラを肩へ担ぐ。


「行くぞ」


「撮影に!?」


 アイが振り返る。


「他に誰が撮るんだよ」


 僕はニュース画面の怪獣を見た。


「バール様」


『なんである』


「あれ、壊せる?」


『無論である』


 僕たちは春日部へ向かった。

ここから最終章です。温泉帰りの一行を待っていたのは、ダンジョンの外を進む百メートル級の怪獣でした。


今回苦労したのは、日本規模の危機を短いニュース映像で伝えつつ、《世界穴》まで一般公開しないことです。世間が知るのは「怪獣が春日部へ進んでいる」まで。正確な目的地は、椿が配信を切ったあとでDDPにだけ明かしています。怪獣の経路も、プレート境界から東京湾へ入り、江戸川を北上する形に整理しました。


次回、第33話「バール様、いつものサイズじゃ届かない」。


バール様なら怪獣も壊せます。ただし、相手はあまりにも大きすぎました。


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