第31話「バールさん、再びエロトラップダンジョンに挑む」
温泉旅行は、二泊三日の予定だった。
一泊目の夜は、ティアが男湯に乱入し、温泉街で盛大に転んだ。
それでも、二日目の昼は何事もなく過ぎた。
みんなで近くを見て回り、土産を選び、旅館へ戻ってもう一度温泉に入った。目的のない旅にも少し慣れてきた気がする。
夕食を食べ終えると、昼間ずっと歩いていた萌は先に部屋へ戻った。明日は帰るだけなので、今日は僕たちも早めに休むはずだった。
成人女性の姿になったティアだけは、まだ酒の入った杯を手にしていた。
「よい宿じゃ! 湯も酒も気に入ったぞ!」
角の間から流れる長い髪も、鱗のある尻尾も上機嫌に揺れている。
僕は向かいに座るデスDを見た。昨日は飲んでいたのに、今夜のデスDの前には酒がなかった。
「デスD、今日は飲まないんですか?」
「仕事あるからな」
「仕事?」
「ティア、お前は飲め飲め。慰安旅行だろ」
「うむ! 話が分かるではないか!」
ティアが自分の杯へ酒を足す。
アイはデスDとティアを交互に見た。
「なんでデスDがティアにお酒を勧めるの。嫌な予感しかしないんだけど」
「気のせいだ――なんて言うと思ったか?」
デスDは立ち上がり、部屋の隅に置いていたカメラを肩へ担いだ。
「今から撮影に行くぞ!」
「今から?」
「もう夜だよ!」
「夜だから行くんだよ。近くに、夜間しか活性化しねえ変則ダンジョンがある。せっかく遠征して二泊するんだ。宿代くらい回収するぞ」
ティアが杯を掲げた。
「わしは酒を飲んでおるぞ」
「お前はそれでいい」
「よくないでしょ!」
アイが止めたけれど、デスDはすでに予備の機材までまとめていた。
◇
深夜のダンジョンは、入口から薄い桃色の光を漏らしていた。
デスDが調べたところでは、夜になると罠が活性化するらしい。致命傷につながるものは少なく、代わりに拘束や装備への被害が多いという。
「みなさん、こんばんは! 今夜は温泉旅行先から、予定になかった深夜配信です!」
アイがカメラへ笑顔を向ける。
『深夜配信助かる』
『温泉配信じゃないの?』
『後ろのティア様もう酔ってるだろ』
『めぐ司令は?』
「萌は?」
「寝てます。今回は起こさなくていいです」
「なんでじゃ?」
「教育に悪いので」
『正しい』
『めぐ司令は寝かせとけ』
『教育に悪い自覚あるんだ』
通路へ入ってすぐ、前を歩いていたデスDの足元が沈んだ。
「あ?」
床に見えたものは、半透明のスライムだった。
桃色の塊が一気に盛り上がり、デスDの両脚へ絡みつく。そのまま腰、腹、胸へ這い上がった。アロハシャツの裾から、じゅっと嫌な音がする。
「熱っ! おい、待て! 服が溶けてんぞ!」
『おいおいちょっとグロくなってきてるぞ』
『自爆テロか』
『そこは求めてねえんだよ』
『デスD、船降りろ』
『ティア様! 早く助けに行って!』
『バールさんは動かなくていい』
「俺との差が露骨すぎんだろ!!」
デスDがスライムを引き剥がそうとする。しかし、つかんだ手にまで粘液がまとわりついた。
「誰が好きで脱いでんだ!!」
シャツが肩まで溶けても、デスDは倒れない。代わりにスライムは、いつまでも拘束をやめなかった。
「助けろ!! 死なねえから終わらねえんだよ!!」
「前にも似たのがありましたね」
「なんで経験者なんだよ!!」
僕はスライムの中へ腕を入れ、デスDの腰をつかんだ。粘りつく塊ごと床から引き剥がす。
スライムが伸びきって切れ、デスDが床へ転がった。どうにか解放されたけれど、アロハシャツはほとんど残っていない。
「たわけが!」
ティアが胸を張った。
「その程度の罠も見抜けぬとは情けないのう!」
左右の壁が膨らんだ。
僕が声をかけるより早く、二つのスライムがティアへ飛びつく。
「……ん?」
ティアは両手から《ファイヤーボール》を放った。直撃したスライムが弾け飛ぶ。けれど、細かく散った粘液が肩と腰へ付着した。
成人女性形態の白い衣装から煙が上がる。肩口の布が消え、腰へ張りついた粘液が裾を溶かし始めた。
「な、何をするのじゃあああ!!」
ティアが胸元を片腕で隠す。さっきまで揺れていた尻尾が、今度は床を激しく叩いた。
「みんな見ないで!」
アイがカメラの前へ飛び出した。
『はいはい見ます』
『ティア様凝視勢』
『見るなのタブー』
『守られたためし……ねえよなぁ?!』
『カメラ仕事しろ』
『デスD映すな』
『そっちはいい』
『アイちゃん! きみにきめた!』
『調子に乗るな』
『見てみて♡エロダンジョン』
「その名前で呼ばないで!!」
「悠も見ないで!」
「見てないよ」
僕は壁の方を向いた。
「なぜ見ぬ!!」
「どっち!?」
アイが叫んだ。
「ティア。火で払うと飛び散るから、動かない方がいいよ」
「先に言うのじゃ!」
「前は蔓だったから」
「だから何回経験してるの!?」
通路の先では、人の顔をかたどった壁の模様がこちらを見ていた。
「あれとは視線を合わせないでください」
「急に攻略を始めんな! 先に助けろ!」
「次は匂いですね。甘い匂いがしたら息を止めてください。その先は、床の模様を踏まないように」
『攻略サイトみたいに言うな』
『元勇者の経験値がおかしい』
『何回引っかかったんだよ』
『再びってそういう意味か』
デスDは予備の上着を羽織りながら、カメラだけはティアへ向けようとしていた。アイがレンズを手で押し戻す。
「悠。見なくていいから、これを取るのじゃ!」
「分かった」
僕はティアを見ないまま、肩と腰へ残ったスライムだけをつかんで引き剥がした。視界へ入れなくても、位置と動きは分かる。
「普通に助けられるの腹立つのう……」
「ティアに飲ませたの、これのためですか?」
デスDのカメラが一瞬止まった。
「偶然だ」
「絶対嘘」
『計画犯で草』
『デスD汚い』
『撮れ高のためなら仲間も酔わせる男』
『プロデューサーの鑑』
『人間のクズ』
「最後のやつだけただの悪口だろ!」
「衣装がちょっと乱れる程度だと聞いてたんだよ! 本当に危険なら連れて来てねえ!」
「ちょっとで済んでおらぬぞ!」
ティアがデスDへ《ファイヤーボール》を向ける。
「待て! 今ここで撃ったらスライムより被害が増える!」
その判断だけは正しかった。
壁の模様が光る。
今度はアイの背後で、細いスライムが跳ね上がった。
『アイちゃん! きみにきめた!』
『調子に乗るな』
『見てみて♡エロダンジョン』
「だから、その名前で――きゃっ!」
僕はアイとスライムの間へ入り、飛んできた塊を腕で受けた。上着の袖が肘まで溶ける前に、つかんで床へ投げる。
『バールさん仕事すんな』
『そこは守らなくていい』
『いや守れ』
『コメント欄の倫理観が死んでる』
「悠、ありがとう」
「怪我は?」
「ない。それより、これ、ずっと続くの?」
壁の穴から、新しいスライムが染み出している。
デスDがカメラを向けたまま、穴へ近づいた。
「同じ間隔で出てやがる。奥に何かあるぞ」
穴の向こうで、淡い光が脈打っていた。そこから伸びる魔力が、床や壁の罠へ分かれている。
「あれを壊せば止まりそうです」
『ようやくであるか』
エクスカリバールの声に、デスDが顔をしかめた。
「さっさとやれ。俺の服が全部なくなる前にな」
僕は腰からエクスカリバールを抜いた。
「バール様。これ壊せる?」
『無論である』
一度振るう。
壁の奥で、魔力を帯びた塊が砕けた。
床を覆っていたスライムが一斉に震え、粘りを失って流れ落ちる。壁の模様からも光が消えた。
『結局それかよ』
『最初からやれ』
『エロダンジョン、死亡確認』
『見てみて♡更地』
「更地にはしてないよ」
「一部残っただけで十分だ!」
デスDが床へ落ちたアロハシャツの残骸を拾った。
「帰るぞ。これ以上いたら、俺の被害しか増えねえ」
アイが持っていた大きな布をティアへ渡す。ティアはそれを成人した身体へ巻きつけた。
出口へ向かおうとしたとき、ティアの足が止まった。
「悠……」
「どうしたの?」
「おかしいのじゃ……」
ティアが頬を赤くし、胸元を押さえた。
「わしのカラダが……熱く……」
「えっ」
アイが固まる。
「おい待て。まさか、あのスライム――」
『第二ラウンド!?』
『催淫作用まであんの?!』
『運営仕事しろ』
『バールさん逃げて』
『いや逃げるな』
ぽん、と軽い音がした。
成人女性だったティアの身体が縮み、いつもの小さな姿へ戻る。巻いていた布の中へ埋もれ、鱗のある尻尾を自分の身体へ巻きつけた。
「……すぅ」
「寝た」
「寝たね」
「魔力切れじゃねえか!!」
成人形態を維持したまま魔法を使い、そこへ酒と深夜の活動まで重なった。魔力切れになるのも仕方ない。よく頑張った方だと思う。
『解散』
『寝ただけだった』
『釣られた』
『深夜に何見せられてんだ俺ら』
アイが配信終了の挨拶をしている間に、僕は布ごとティアを背負った。眠ったティアは僕の肩へ頬を預け、起きる様子もない。
ダンジョンを出ると、夜の空気が少し冷たかった。
「結局こいつが一番いい目見てんじゃねえか」
「寝てるだけですよ」
「そういうところだよ」
アイが呆れたように笑った。
僕とアイと、予備の上着を着たデスDは、ティアの寝息を聞きながら宿への道を歩いた。
二泊目の夜は、思っていたより騒がしく、最後だけ静かだった。
最終章、開幕です。そして初回から、デスDのアロハシャツとティアの衣装が溶けました。どうしてこうなった。
この話は以前から作ってあったコメディ回を、二泊三日の温泉旅行二日目へ移して再構成しています。苦労したのは、成人ティアのサービス場面、コメント欄の暴走、デスDの自業自得を盛り込みながら、露骨な描写ではなく配信事故として笑える温度に保つことでした。小型形態へ戻った瞬間に性的な流れを完全に切り、最後は悠がおぶって帰る穏やかな場面へ着地させています。
それから、バール様の念話と配信コメントは同じ『』を使います。コメントだけを連続表示し、誰の声なのか混ざらないよう整える作業も、地味ですが毎回かなり大切です。
次回、第32話。
二泊三日の温泉旅行を終え、悠たちはいつもの日常と仕事へ戻ります。笑ってばかりはいられない最終章が、ここから本格的に動き始めます。




