↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/27

第26話「元勇者、バールを手放す」

 扉の向こうには、下へ続く階段があった。


「みんな、次は階段! 階段見て!」


『見てるぞ』

『階段ガン見勢』

『こんな真剣に階段見たことない』

『見てみて♡地下迷宮』

『見てみて♡大迷宮、まだ続いてて草』


「その名前、定着させないで!」


 アイは嫌がっていたけれど、作戦はそのまま続いた。


 デスDが進行方向を撮り、アイが視聴者の意識を映像の中心へ集める。めぐみは三機のドローンで前後と横道を監視し、椿さんは過去の調査記録と映像を照合する。


 道が揺らぎ始めるたび、アイが呼びかけた。


「右の通路見て!」


『見てる!』

『固定! 固定!』

『めぐ司令、次どっち!?』


『左です』


「左だって!」


 現れたナイトメアは、僕かティアが片づけた。


 許可された障害物は僕が壊し、広い場所ではティアが前へ出る。視聴者が同じ場所を見ている間、通路も階段も形を保った。


 同じ方法は、次の階層でも、その次でも通用した。


『構造固定を確認。そのまま進んでください』


「見てみて♡大迷宮、完全攻略だな」


「その作戦名で報告書を出したら怒るからね」


『作戦名は任務の成否に影響しません』


「椿さんも否定してください!」


 軽口を挟みながら、僕たちは下へ進んだ。


 けれど、いくつ目かも分からなくなった階段を下りたところで、迷宮の様子が変わった。


「みんな、正面を見て」


 アイが呼びかける前から、通路が動いていない。


『お兄ちゃん。地図が止まってる』


「視聴者が見てるからじゃなくて?」


『その前から。ドローンが向いてない場所も変わってない』


 これまでは、目を離した場所から形が変わった。


 今は違う。


 分岐は一つもなく、まっすぐな道が奥へ続いていた。僕たちを迷わせるのをやめたというより、そこへ来いと示しているようだった。


「分かりやすくなったではないか。進むぞ、悠」


「うん。でも気をつけて」


 ティアと並んで通路を進む。


 その先に、巨大な円形の空間があった。


 高い天井も、等間隔に並んだ柱も、最初から動く気配がない。中央には、これまでの個体より大きなナイトメアが立っていた。


 デスDがカメラを左右へ振っても、柱の位置は変わらなかった。


 黒い輪郭が揺れているのに、その位置だけは少しも変わらない。


「椿さん。あれもナイトメアですか?」


『形状は一致しています。ただし、反応は過去記録のN型に近いです』


「N型?」


『仮称です。ノルアドレナリン反応を異常増幅させることから、調査班がそう呼称しています』


「もっとマシな名前なかったのかよ」


『現場では通じています』


 デスDが黙った。


 N型ナイトメアが、僕を向いた。


 攻撃が来る。


 そう判断した瞬間、目の前が白く染まった。


 世界の境界に、赤い先端を突き立てる。


 ひびが走る。


 僕はそれを壊した。


 帰るために。


 萌に、アイに会うために。


 割れた境界の向こうへ、光が流れ込んでいく。


 見覚えのある町の地下に、黒い穴が開いた。


 そこから何かがあふれ、地面の下を走り、日本中へ広がっていく。


 病院のベッドに、萌がいた。


 幼かったはずの妹が、長い時間をそこで過ごしている。


 家へ帰っても、父さんと母さんはいない。


 僕が壊したから。


 僕が帰ろうとしたから。


 家族が――。


『悠』


 声が聞こえた。


『悠。これは幻である』


 分かっている。


 僕はあんな穴を見たことがない。魔力が日本へ広がるところも知らない。


 これは記憶じゃない。


 それでも、違うと言い切れなかった。


 ダンジョンが現れたのは、僕が境界を壊したのと同じ頃だ。


 萌が長く病院にいたことも、父さんと母さんがもういないことも、本当だった。

 同い年のはずのアイが年上になってしまったことも、本当だったんだ。


『悠。認識を奪われるな』


「……僕が」


 手の中の重さが、急に怖くなった。


「僕が持ってちゃ、駄目だ」


『悠!』


 指から力が抜ける。


 ガラン、と金属が床へ落ちた。


 エクスカリバールが、僕の身体から離れた。


「――悠?」


 ティアの声がした。


 同時に、身体の奥から何かがあふれた。


 ずっと押さえ込むために使っていた魔力が、一度に僕へ戻ってくる。床の細かな砂が浮き、円形の空間全体が震えた。


「なんじゃ、この魔力は……!」


『数値、急上昇! お兄ちゃんからです!』


 魔力はある。


 でも、身体が動かない。


 目の前では、病院の萌が僕を見ていた。


 N型ナイトメアが動く。


「悠!」


 ティアが僕の前へ出て、両手を突き出した。黒い塊が防壁へぶつかり、床を削りながら僕たちを押す。


「みんな、部屋を見て! そこから目を離さないで!」


 アイが呼びかける。視線が集まり、円形の空間は形を変えない。


『右からもう一体! ティアちゃん、今は動かないで!』


「分かっておる!」


『増援の接近を確認。内部班は防御を優先してください』


「優先してどうにかなる状況かよ!」


 デスDがカメラを構えたまま叫んだ。


 僕は動けない。ティアは僕とアイを守っている。アイが視聴者の意識をつなぎ、外の二人が全体を見ている。


 床にはエクスカリバールが落ちていた。


「アイ! カメラ持て!」


「え!?」


「映像切んな!」


 デスDがカメラをアイへ押しつけた。アイは慌てて受け取りながらも、円形の空間を画面の中心から外さなかった。


 デスDは床へ飛び込む。


「武器が落ちてりゃ、拾うしかねえだろ!」


「待って、デスD!」


 伸ばした手が、青い本体をつかんだ。


『――ほう』


「……あ?」


 デスDが動きを止めた。


『聞こえるか、人間』


「誰だテメエ」


『我輩である』


「知るか!」


『これはよい』


「何がだ」


『壊しても壊れぬ』


「……は?」


 エクスカリバールが、デスDの手の中で大きくなった。


 青い亀裂のような紋様が、握った右腕から肩へ走る。骨の砕ける音が続き、デスDの身体が不自然に揺れた。


「痛ええええええええ!!」


『素晴らしい!』


「どこがだクソバール!!」


 デスDの声へ、エクスカリバールの声が重なった。


 握っているだけで、腕も肩も壊れている。それでもデスDは死なない。倒れないまま、巨大になったバールを持ち上げた。


『デスカリバール爆誕』

『ガチで持てたのかよ』

『本人ずっと痛がってるぞ』

『事故だろこれ』


 N型ナイトメアが、デスDへ黒い塊を放つ。


 デスDは巨大なバールを振った。


 一撃だった。


 黒い塊も、N型の身体も、まとめて消えた。


 遅れて光の粒が散り、ひびの入った大きな結晶が床へ落ちる。その向こうでは、壁と床がまとめて大きくえぐれていた。


 N型が消えた瞬間、病院の萌も、町の地下に開いた穴も消えた。


 円形の空間が視界へ戻る。僕は大きく息を吸った。まだ胸は苦しい。でも、さっきまで本物だと信じていた光景が、急に遠くなっていた。


 精神攻撃が切れたんだ。


「悠!」


「……大丈夫。戻ったよ」


 円形の空間が静まり返った。


『ナイトメア反応消失しました。あとは最奥部にビーコンを置いていただいて――死柄木さん?』


『しがらきさんって誰』

『信楽焼?』

『デスDを本名で呼ぶ人初めて見た』


「俺にも本名くらいあるわ!!」


『死柄木さん。バールを床に置いてください』


「俺もそうしてえよ!!」


『断るのである!』


『……二名分の音声を確認しました』


 僕は床へ手をつき、立ち上がる。


「デスD。それ、離して」


『なぜである。相性がよい』


「だからだよ」


 デスDの身体から、これまで感じたことのないほど危険な気配が膨れ上がっていた。


 ……ふう。僕は、ゆっくり息を吐いた。


 ――もしかすると、久しぶりに本気を出さないといけないかもしれない。


悠を止めるため、単純にもっと強い敵を出すのではなく、本人が抱えている罪悪感を増幅する相手を置きました。魔物が消えた瞬間に精神干渉も切れ、悠は正気へ戻りますが、その前にバール様を手放してしまいます。


そして落ちたエクスカリバールを拾うのが、危険を承知でも撮影を続けるデスDです。《生存》との相性がよすぎた結果、敵は一撃で消えたのに、もっと危険なものが残りました。ラストの悠は、久しぶりに本気を出す覚悟を決めています。


次回、第27話「バール様、デスカリバールを名乗る」。


バール様を手放した元勇者が、本来の魔力を解放します。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。