第25話「バールさん、アイドルに道を作ってもらう」
壊した二枚の壁の向こうには、三枚目の壁が残っている。
僕たちはそれ以上壊すのをやめ、迷宮の構造を調べることにした。
『……ちょっと待って』
「何か分かった?」
萌が三機のドローン映像と、デスDのカメラ映像を並べた。
『見てる場所、変わりにくいかも』
「どういうこと?」
『二号がずっと撮ってた通路は、さっきの映像とほとんど同じ。でもカメラから外れてた分岐は、形が変わってる』
配信画面に比較映像が出る。
入口が消えたあとも、ドローン二号が撮り続けていた壁の模様は変わっていない。一方、誰も撮っていなかった横道は、次に映したときには幅が狭くなり、曲がる位置もずれていた。
「俺が撮ってた壁も残ってるな」
デスDが壊した壁の横へカメラを向ける。特徴のある亀裂は、記録と同じ場所にあった。
『見てる場所だけ変わってない?』
『量子力学か?』
『急に難しい話すんな』
『カメラ増やせば勝てる?』
「じゃあカメラ増やせばいいのか?」
『試してみよう』
萌は一号を前方の通路、二号を後ろの壁、三号を横の分岐へ向けた。デスDはカメラで僕たちの進行方向を固定して撮る。
その状態で少し待った。
『変化が遅くなってる』
「止まったの?」
『ううん。止まってない』
正面の通路は残っている。けれど、壁にあった光の筋が少しずつ横へずれ、奥の角までの距離も伸びていた。
『一号だけ、右を向けるね』
萌が一号の向きを変える。映像から外れた正面の壁は、すぐに模様の位置を変え始めた。一号を戻すと変化は遅くなる。
今度は三号を横の分岐から外す。しばらくすると、分岐の幅が目に見えて狭くなった。
「偶然じゃなさそうだな」
『うん。映していることには意味がある。でも、それだけでは固定できない』
『遅くなってる。でも止まってない』
「見るだけじゃ足りねえのか?」
『観測そのものではなく、別の条件がある可能性があります』
椿さんも映像を確認していた。
そのとき、アイが小さく首を傾げた。
「……ねえ」
「どうしたの?」
「見られてる数じゃない?」
「数?」
「カメラじゃなくて、人が見てることじゃない?」
アイは配信画面を指した。
「ドローンが見てるんじゃなくて、その映像を見てる人がいるでしょ」
「じゃあ今までの調査隊でも、人間が見てただろ」
「人数が違う」
過去の調査隊も、目で通路を確認し、映像を記録したはずだ。でも今は、配信を通じて大勢の視聴者が同じ場所を見ている。
『……試す価値はあります』
「まさか、それでうちに頼んだのか?」
『戦闘能力だけで選定したわけではありません』
椿さんが答えた。
『過去の記録でも、撮影されている領域は構造変化が比較的少ない傾向にありました。観測人数や記録密度との相関も疑われています。ただし、完全に止めた例はありません』
「だから配信屋?」
『国内で、同一地点をこれほど多数の人間にリアルタイムで観測させられる民間組織は多くありません』
「つまり俺の人選が完璧だったってことだな」
『私が依頼先を選定しました』
「そこ俺の手柄でよくない?」
アイは二人のやり取りを聞きながら、一度息を整えた。
「やってみる」
デスDが正面の通路を画面いっぱいに映す。アイはその横からカメラへ呼びかけた。
「みんな、お願い。今からこの通路だけ見てて」
『見てるよ』
『ガン見します』
『了解』
『コメント打ってる場合じゃねえ』
『お前もコメントしてるだろ』
「コメント打ってもいいけど、画面から目を離さないで!」
『見てみて♡大迷宮』
『やめろw』
『新曲かな?』
『見てみて♡マイアイズの続編』
『SS級ダンジョンをアイドル曲にするな』
「誰が新曲よ!」
「よし。作戦名、見てみて♡大迷宮」
「絶対イヤ!」
「椿さん、作戦名これでいいですか?」
『名称は任務遂行に影響しません』
「否定されなかった。採用だ」
「されてない!」
アイは文句を言いながらも、すぐに通路へ意識を戻した。
「みんな、もう一度お願い。わたしの言った場所を見て」
コメント欄が、通路を見るという同じ意思で埋まった。
『通路見てる』
『絶対目を離さない』
『ここ固定すればいいんだな』
アイは通路を映す画面から目を離さない。何かを確かめるように、静かにうなずいた。
「変な感じ。みんなが見てるのは通路なのに、どこへ目を向けてるかが分かる気がする」
「いつもはアイを見てるから?」
「たぶん。今はわたしのところで終わらずに、その先へ流れてる」
『……止まった』
「何が?」
『地図が変わってない。通路の長さも、壁の模様も止まってる』
『構造変化が停止しています』
椿さんの確認が続いた。
僕たちはアイを見る。
「……私?」
「アイが、みんなに見てって言ったから?」
「たぶん……」
『託見さん。今、何をしました?』
「えっと……見てってお願いしただけです」
『……それだけですか?』
「はい」
『推しじゃなくて通路を見る配信』
『アイドル配信として正しいのかこれ』
『通路ガチ恋勢になります』
コメントがまたアイの話で埋まり始めた。
デスDのカメラが一瞬だけアイへ向く。
『動いた!』
萌の声と同時に、正面の通路がわずかに曲がった。
「みんな、そっちじゃない! 通路見て!」
『了解!』
『迷宮から目を離すな』
『推しを見るなと言われるアイドル配信』
『アイちゃん見ちゃダメなの草』
「カメラも通路に固定! アイは声だけ入れろ!」
デスDがすぐに画面を戻す。
『また止まりました。そのまま進めます』
椿さんの許可が出た。
僕たちは、固定された通路を進み始める。
その途中で、左右の暗がりから黒い影が現れた。
一体ではない。複数のナイトメアが、通路ではなくアイへ向かって走ってくる。
「アイ、下がって」
僕はアイとナイトメアの間へ入った。
「悠! そちらは任せた!」
ティアが反対側へ《ファイヤーボール》を放つ。
僕は正面の二体をエクスカリバールで続けて叩いた。黒い獣は一撃ごとに光の粒へ変わり、結晶を残して消える。
ティアは別方向から来た個体を火球で止めた。
デスDはナイトメアへカメラを向けなかった。通路を映したまま、自分の位置だけを変えて僕たちの声と戦闘音を配信へ載せている。
「敵が映ってない!」
『今は通路を見せる方が重要です』
萌は三機の映像で周囲を確認し、次に来る敵の方向だけを伝えた。
『お兄ちゃん、右から一体』
「分かった」
右を向き、飛びかかってきたナイトメアを壊す。
「みんな、そのまま見てて!」
アイは戦わない。カメラにも映らない。
それでも、アイが呼びかけ続けている間だけ、僕たちが進む道は形を変えなかった。
僕が前を空けると、ティアが横から来る敵を押し返す。デスDは通路を外さないまま後ろ向きに歩き、萌は死角へ入ったナイトメアだけを短く知らせた。アイは同じ場所を見るよう視聴者へ呼びかけ続ける。
敵が増えても、誰も自分の役割を変えなかった。
『そのまま! 今の通路、変わってない!』
僕が敵を壊す。
ティアが別方向を守る。
デスDが必要な映像を届ける。
萌が道と敵を同時に見る。
アイが大勢の視線を通路へ集める。
椿さんが記録を確認し、進んでよい範囲を判断する。
誰か一人では、同じことはできなかった。
最後のナイトメアを倒したとき、通路の先に大きな扉が見えた。
『その先、地図にない』
「そりゃ今さら驚かねえよ」
萌が三機のドローンを扉の前へ集める。扉は動かず、通路も変わらない。
「私のスキルって、私を見てもらうだけじゃなかったんだ」
「うん。アイが見てほしいものを、みんなに見てもらえるんだね」
「……そうなのかな」
アイはまだ自信がなさそうだった。
「アイ」
「なに?」
「道、作ってくれてありがとう」
「……まだ作ったって決まったわけじゃないでしょ」
「でも、アイが見てって言ったら止まったよ」
アイは少し黙ってから、カメラの外で笑った。
「みんな、その扉を見てて」
アイは通路を映したままのカメラへ声をかける。
「絶対、目を離さないでね」
戦闘力ではない能力でダンジョンを攻略する回です。仕組みを難しく説明せず、「見られている場所は変わりにくい」と映像の差から発見させるまでが一番難しい部分でした。
萌が違いを見つけ、デスDが画角を保ち、アイが《偶像》で視聴者の注意を道へ集める。『見てみて♡大迷宮』という名前はだいぶ台無しですが、作戦そのものはDDP全員がいなければ成立しません。「私を見て」から「私が見てほしいものを見て」へ、アイの力も少し進んでいます。
次回、第26話「元勇者、バールを手放す」。
固定された道の先で、悠が初めてエクスカリバールを完全に手放します。




