第24話「元勇者、夢と魔法の迷宮に入る」
翌日、僕たちは政府の管理区域に集まった。
人工的な地下施設の奥に、巨大な石造りの入口がある。昨日はモニターで見ただけだったけれど、実物は周囲の壁よりずっと古く見えた。奥には淡い光が続いている。
配信画面の右上には、昨日と同じ透かしが入っていた。
迷宮省 × DDP
SS級ダンジョン合同調査
中へ入るのは、僕、アイ、ティア、デスDの四人だ。椿さんと萌は外部の設備から僕たちを支援する。
外部のモニターには、三機分のドローン映像とデスDのカメラ映像が並んでいた。萌が操作端末の前に座り、椿さんがその隣で資料と現在位置を確認している。予備の二機は、何かあったときすぐ出せる状態で置かれていた。
「今日は内部の映像だけではなく、外部との通信も含めてお届けします。異常があった場合は、迷宮省の判断に従って調査します」
アイが視聴者へ説明した。
『いよいよ突入』
『夢と魔法の迷宮きた』
『めぐ司令は今日も司令室か』
『お兄ちゃん、ドローン一号が先に入るから待って』
「分かった」
僕が入口の前で止まると、小型ドローンが頭の横を通って迷宮へ入っていった。
「俺より指示通るの腹立つな」
「デスDの指示も聞いてますよ」
「聞くのと守るのは別だからな、お前」
『スタジオ兼司令室』
『めぐ司令、実戦投入』
『航空戦力きた』
『戦闘力0 指揮力SS』
萌はドローンの映像だけでなく、デスDのカメラ、入口付近の固定映像、簡易地図も同時に見ている。本人は昨日と同じように、特に難しいことだとは思っていないらしい。
『一号、異常なし。入って大丈夫だよ』
「では、合同調査を開始します」
椿さんの合図で、僕たちは「夢と魔法の迷宮」へ入った。
中は名前ほど華やかではなかった。
天井の高い石造りの通路が、薄暗い奥へ続いている。壁の一部から淡い光が漏れているけれど、飾りはない。人が作ったようにも、自然にできたようにも見えた。
入口を越えたドローン一号は先頭へ進み、二号は僕たちの後方、三号は少し高い位置から通路全体を撮っている。萌は三つの映像を切り替えることなく、それぞれへ指示を出していた。
「名前ほど華やかではないの」
「SS級で夢の国みてえな内装されても困るけどな」
デスDはカメラを左右へ向け、壁や天井も撮っている。前を飛ぶドローンは、分岐へ着くたびに一度止まった。
「右の通路を確認してから進もう」
萌の指示に従い、僕たちは右へ曲がった。
少し進むと、壁際の暗がりが揺れた。
黒い獣のようなものが、通路へ這い出してくる。四本の脚で立っているのに輪郭が安定せず、頭の位置にある二つの目だけが白く光っていた。
『あれナイトメア?』
『見た目怖っ』
『全然かわいくない』
ナイトメアは身体を低くし、アイへ飛びかかった。
「バール様」
『無論である!』
一歩前へ出て、エクスカリバールを振る。
一撃を受けたナイトメアは黒い輪郭を崩し、淡く光りながら粒になって消えた。床には小さな結晶だけが残った。
『弱っ』
『一撃じゃん』
『これSS級?』
『ナイトメアとは』
「一体目、討伐を確認しました」
椿さんの声は落ち着いていた。
「特に硬くはないですね」
「お前基準で報告すんな」
別の暗がりから、もう一体が現れた。
「邪魔じゃ」
小型人間形態のティアが片手を向ける。放たれた《ファイヤーボール》が直撃し、二体目のナイトメアも光の粒へ変わった。
「この程度か?」
「敵だけならな」
『A級とそんな変わらなくね?』
『SS級とは』
『バールさん基準だと何も分からん』
『ティア様まで普通に倒してるし』
魔獣を倒すことだけなら、いつものダンジョンと変わらない。
僕たちはさらに奥へ進んだ。
扉を二つ通り、長い通路を曲がる。デスDは戦闘が終わっても撮影を止めず、分岐や壁の模様まで残していた。ドローン二号は僕たちの少し後ろを飛び、来た道を撮っている。
『……あれ?』
「どうしたの?」
『地図と少し合わない』
萌が地図を配信画面にも表示した。
『今いる場所には、左へ続く分岐があるはず。でも実際には壁になってる。それに、さっきの通路も記録より長い』
三号が高い位置から分岐を映し、一号が壁の近くへ寄る。二号は来た道を撮ったまま止まった。画面上では三つの位置が同時に更新され、萌が過去の地図へ現在の通路を書き足していく。
「昨日、構造が変わると言っていましたね」
『うん。でも、入る前に受け取った最新の記録とも違う』
『構造変化として記録を続けてください』
椿さんがすぐに指示した。
僕たちは壁の位置を確認し、ドローンで周囲を撮る。その先には、過去の地図にない小さな部屋まであった。
「迷宮が動いたということかの?」
「動くところは見てないよ」
「だから余計に気味悪ぃんだよ」
デスDは来た道にもカメラを向けた。
僕も振り返る。
何かがおかしかった。
通路は続いている。けれど、その先にあるはずのものがない。
「デスD」
「なんだ」
「入口がないよ」
「……は?」
僕たちが入ってきた方向は、石の壁で塞がれていた。
扉が閉じたわけではない。入口まで続いていた通路そのものが途中で終わっている。
「え、待って。ここ、通ってきたよね?」
アイが壁と配信画面を見比べた。
「塞がれたのか?」
『待って。映像戻す』
萌が記録を確認する。
配信画面に数分前の映像が出た。ドローン二号の後ろには、確かに入口へ続く通路がある。デスDのカメラにも同じ通路が残っていた。
現在のドローン映像では、同じ位置に壁がある。
外との通信はまだつながっている。入口だけが、通路ごと消えていた。
『え』
『入口どこいった』
『今の映像にはあったよな?』
『これSS級だわ』
「ならば壊せばよかろう」
ティアが言った。
僕もそう思い、腰のエクスカリバールへ手をかける。
『待ってください。まだ壊さないで』
「はい」
僕は手を止めた。
『映像では、ここは確実に通路でした』
「俺のカメラにも残ってる。撮った位置も合ってる」
「じゃあ、本当に変わったんだ」
アイは壁を見たまま、少し声を落とした。
椿さんは現在位置と映像を短く確認した。萌が壁をドローンで近くから撮り、記録へ追加する。
『構造変化は記録できました。二梃木さん、壁面のみ破壊を許可します』
「分かりました」
僕はエクスカリバールを抜く。
「バール様」
『無論である!』
石の壁へ叩きつける。
壁は簡単に砕けた。
砕けた石は足元へ落ち、ドローンが開いた穴を正面から撮る。椿さんは外部から穴の位置を確認し、萌は壊す前と後の映像を並べた。少なくとも、目の前の壁が壊れたことだけは間違いなかった。
『はい解決』
『結局バール』
『SS級も物理で突破』
粉塵が収まる。
壊した壁の向こうには、短い空間があった。
その先を、また同じ石の壁が塞いでいる。
「……もう一枚あります」
「は?」
デスDがカメラを穴の奥へ向けた。
「二重の壁だったの?」
『事前の記録にはありません。もう一枚も記録します』
萌がドローンを穴の中へ入れる。壁までの距離を確認したあと、椿さんからもう一度許可が出た。
僕は二枚目を壊した。
一枚目の破片も、開いた穴も、そのまま残っている。僕たちは短い空間へ入り、二枚目があった場所を越えた。
その向こうにも、短い空間と三枚目の壁があった。
『これ壁じゃなくね?』
『空間そのもの変わってる?』
『バールで壊しても意味ないの怖い』
『壊せてるのに進んでない?』
『壁は壊れておる』
「うん。でも出られない」
振り返れば、一枚目も二枚目も壊れたままだ。壁が元へ戻ったわけではない。
それでも、その先は外へつながっていなかった。
敵は壊せる。壁も壊せる。
けれど、出口がないという問題は残っている。
『吾輩なら、この迷宮そのものを壊せるぞ』
「たわけが。ますます出られなくなるだけじゃろう」
『では、どうする』
「調べてみようよ。壊す前に」
僕は、壊した壁の向こうを見た。
そこにも、同じ壁があった。
「何でも壊せる主人公」に、壊しても解決しない問題をどう渡すか。それがこの回の中心でした。
ナイトメア自体は悠とティアなら簡単に倒せます。しかし、迷宮は見ていない間に形を変え、入口そのものを消してしまう。椿の許可を得て壁を壊しても、その先にはまた同じ壁があります。ここで迷宮全体を壊さず、「壊す前に調べる」と悠が決めたことが、今後の成長にもつながります。
次回、第25話「バールさん、アイドルに道を作ってもらう」。
突破口を見つけるのはバール様ではありません。まず萌が記録を比べ、アイが視聴者の視線を集めます。




