第23話「バールさん、SS級ダンジョンに挑む」
「本日は東京都豊島区池袋、DDPスタジオより、迷宮省との合同配信でお送りします」
アイがカメラへ笑顔を向けた途端、コメント欄が勢いよく流れ始めた。
『所在地しれっと開示してて草』
『池袋だったのかよ』
『スタジオ兼司令室、池袋に実在』
『国家級司令部が池袋の雑居ビルにあるの草』
『なお官僚ぽい人は実際来てる模様』
「国家級司令部じゃねえ。うちの事務所だ」
デスDがすぐに訂正した。
僕たちの横には、スーツ姿の女性が座っている。以前、迷宮省の案件でお世話になった椿さんだ。今日は机の上に資料と端末を並べ、配信が始まっても落ち着いた様子で画面を確認していた。
「それでは、本日の――」
アイが説明を続けようとしたところで、コメント欄が別のものに気づいた。
『よく見たら右上なんか出てる』
『迷宮省×DDP?』
『SS級ダンジョン合同調査』
『これガチ案件じゃねえか』
僕も配信用の画面を見る。
右上に、さっきまではなかった文字が表示されていた。
迷宮省 × DDP
SS級ダンジョン合同調査
「あ、本当だ。透かし入ってる」
「俺もさっき知った」
デスDが言うと、椿さんが淡々と答えた。
「問題ありません。関係各所とは折衝済みです。最初から政府広報とのコラボレーション番組として処理しています」
『処理しています』
『仕事できる人の言い方』
『官僚ぽい人じゃなくてガチ官僚では?』
「俺が話聞いた時には、もうロゴまでできてたからな」
「昨日、広報課に依頼しました」
「昨日でできんのかよ」
「急ぎの案件ですので」
許可だけではなく、配信の準備まで終わっていたらしい。椿さんは必要なことを話す前に、必要なものを全部揃えていた。
「紹介する。迷宮省ダンジョン課、特別対策室長の椿葵さんだ」
画面の下に、椿葵(32)/迷宮省ダンジョン課 特別対策室長と表示された。
『ガチ官僚だった』
『室長!?』
『思ったより偉い人来てた』
『国家級司令部あながち間違ってなくて草』
「椿です。本日は、明日から実施する合同調査についてご説明します」
椿さんはカメラへ短く頭を下げ、それから僕を見た。
「二梃木悠さん。今回もよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「今回、許可した対象以外は壊さないでください。判断に迷った場合も、まず確認をお願いします」
「分かりました」
「そこ一番大事だからな」
デスDが横から念を押した。
「壊せるかどうかは、僕が確認します。壊していいかは、椿さんが決めるということでいいですか?」
「はい。その分担でお願いします」
分かりやすい。壊していいものが決まっているなら、僕も迷わずに済む。
「託見アイさんには、今回も配信進行をお願いします」
「はい。調査の邪魔にならないよう、必要な情報をきちんと視聴者へ伝えます」
アイはいつもの明るい声のまま、少しだけ姿勢を正した。
「黄金龍ティアさんですね。映像では何度も拝見しています」
「ほう。わしを知っておるか!」
小型人間形態のティアが得意そうに胸を張った。
「国内で最も有名な未登録大型飛行生物ですので」
「言い方!!」
『未登録大型飛行生物』
『怪獣扱いで草』
『間違ってはいない』
「わしは誇り高き黄金龍じゃぞ!」
「その点は把握しています」
「ならば飛行生物ではなく、黄金龍と呼ぶのじゃ!」
椿さんはティアの抗議を普通に処理し、最後に萌へ向き直った。
「二梃木萌さんですね。今回、遠隔観測をお願いします」
「はい。よろしくお願いします」
萌と椿さんが直接会うのは今日が初めてだ。それでも椿さんは萌を僕の妹としてではなく、最初から役割を持つ一人として扱っていた。
椿さんが足元から大きなケースを持ち上げる。中には折りたたまれた小型ドローンが複数と、操作端末、予備のバッテリーが収まっていた。
「迷宮内向けの通信補助と簡易的な地図作成に対応しています。今回、二梃木萌さんにも遠隔観測をお願いします」
「これ、飛ばしていいんですか?」
「そのために持ってきました」
「お前、操縦できんの?」
デスDが聞く。
萌は説明を聞きながら端末を受け取った。画面を二、三度触り、ケースから一機を取り出す。
小さな羽根が回り始めた。
ドローンは机の上から浮かび、照明にも壁にもぶつからず、スタジオの中をゆっくり一周した。そのまま僕たちを正面から映し、元の位置で止まる。
『なんで初見で動かせるの』
『めぐ司令も大概チートキャラ』
『元勇者の妹は伊達じゃない!』
萌は画面とドローンを見比べた。
「これ、そんなに難しいですか?」
「いや、お前昨日まで木刀持ってただろ」
『比較対象がおかしい』
『木刀→ホイッスル→ドローン』
『めぐ司令、航空戦力獲得』
『戦闘力0 指揮力SS』
「一機ずつなら問題なさそうです」
そう言って、萌は二機目を起動した。
続けて三機目も浮かべる。
モニターが三分割され、別々の角度からスタジオが映った。三機は互いにぶつからず、一機が僕の横を通る間に、別の一機は天井近くまで上がり、残りは机の周りを回っている。
「待て待て。一機ずつやれ」
「なんで?」
「三つ同時に見れねえだろ」
「見れますけど」
萌は画面を切り替えず、三機をそれぞれ別の位置で止めた。
椿さんが端末と萌を交互に見る。
「……操作支援機能はありますが」
「画面が三つあるだけですよね?」
「普通はその三つを同時に見られねえって話だよ」
『スタジオ兼司令室』
『しれっとドローンオペレーターしてて草』
『めぐ司令何者なんだよ』
『国家級司令部、本当に完成し始めてて草』
「ただのうちの事務所だ」
デスDは最後まで認めなかった。
三機を机へ戻したところで、椿さんがモニターの表示を切り替える。
暗い地下施設の奥に、巨大な入口があった。周囲は人間が作った壁や照明で囲まれているのに、その入口だけは古い石を積み上げたように見える。奥は照明の光も届かず、何があるのか分からない。
画面に正式名称が表示された。
SS級指定ダンジョン
『夢と魔法の迷宮』
「ずいぶんファンシーな名前だな」
「夢と魔法! わし向きではないか!」
「一般立入は禁止されています」
「そりゃそうだろ」
『名前かわいくて草』
『絶対ろくな場所じゃない』
『SS級にその名前つけたやつ出てこい』
『夢と魔法(生還率)』
「これまでの調査で、複数の調査員が帰還できていません」
コメントの流れが少し遅くなった。
「強い魔物がいるんですか?」
「それなら話は簡単なんですが」
椿さんは次の資料を表示した。
いくつもの地図が並んでいる。同じ場所を記録したものらしいのに、通路の位置も部屋の数も合っていなかった。
「今回、調べていただきたいのは魔物ではありません」
「?」
「迷宮そのものです。過去の調査記録と現在の内部構造が一致しません。同じ経路を調査しても、通路や区画の位置が変化します」
強い魔物なら、倒せば先へ進める。
けれど、道そのものが変わるなら、倒す相手が見えない。
「内部には、この迷宮固有の魔獣も確認されています。便宜上、《ナイトメア》と呼称しています」
「ナイトメア」
「夢の迷宮にナイトメアか。分かりやすいの」
『敵まで名前かわいい』
『絶対かわいくない』
姿や能力についての詳しい説明はなかった。今回は魔獣を倒すことが目的ではないらしい。
「今回の依頼は、攻略ではありません」
椿さんは僕たち全員を見た。
「調査です」
内部構造を確認し、過去の記録と照らし合わせ、変化を記録する。危険なものが見つかっても、まず報告する。取り除く必要がある場合だけ、許可を受けて壊す。
「壊していいんですか?」
「必要と判断し、こちらが許可したものだけです」
「そこ太字にしとけ」
「じゃあ、変なところを見つけても、先に報告します」
「お願いします。二梃木さんが壊せることは把握しています。だからこそ、何を壊してよいかはこちらで判断します」
僕はうなずいた。
問題を見つける。原因を確認する。必要なら、その原因だけを壊す。
今回は、原因を見つけるところから始める仕事だ。
「本日の配信は事前説明までです」
モニターには、もう一度あの巨大な入口が映った。
「明日より、SS級指定ダンジョン――『夢と魔法の迷宮』合同調査を開始します」
「ようやくSS級か」
「面白そうではないか!」
「ドローン、何機持っていけばいいですか?」
「三機運用、予備二機でお願いします」
『もう行く気満々』
『めぐ司令だけ話が早い』
『スタジオ兼司令室、明日開戦』
『国家級司令部(池袋)出動』
配信が終わる直前、腰のエクスカリバールが低い声で言った。
『……妙な迷宮であるな』
「バール様もそう思う?」
『うむ』
少し間があった。
『何を壊せばよいのか、まだ分からぬ』
SS級編の導入なので、新しい任務、ダンジョン、魔物、政府側の人物を一度に出しすぎないよう整理しました。
椿葵は「前例がないから駄目」と言うだけの官僚ではありません。公共の安全と手続きを守りながら、必要なら制度側を動かして「壊してください」と言える人物です。今回は攻略ではなく調査。萌には政府支給のドローンも加わり、DDP全員の役割が一段本格的になりました。
次回、第24話「元勇者、夢と魔法の迷宮に入る」。
敵は倒せます。壁も壊せます。それでも、外へ出られるとは限りません。




