↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/29

第22話「元勇者は歌わない方がいい」

「……これ、本当にこのタイトルで出すの?」


 配信開始前のスタジオで、アイは完成した曲名を見つめていた。


「何回聞くんだよ。これでいく」


 まだ腕に包帯が残っているデスDが答える。


「二十五で『見てみて♡マイアイズ』だよ?」


「だから何だよ。売れるぞ」


「そういう問題じゃない!」


 曲の完成を一番喜んでいたのはアイだ。レコーディングから戻ってくるたびに、前よりいい曲になったと話していた。


 ただ、曲名を声に出すときだけ少し恥ずかしそうだった。


「アイ、もう配信始まるよ」


「分かってる。曲はちゃんと好きなの。タイトルと歌詞が、ちょっと甘いだけ」


「甘いのはよいことじゃ。菓子も酒も甘いものは美味いからの」


「歌の話だからね、ティア」


 小型人間形態のティアは、よく分かっていない顔でうなずいた。


 萌は学校から直接来たらしく、制服姿で配信画面を確認している。


「お兄ちゃん、そこに立つとカメラに映るよ」


「今日はアイの配信だよね?」


「だから映らないでって意味」


「分かった」


 僕は素直にカメラの後ろへ移動した。


「よし、始めるぞ」


 デスDの合図で配信が始まる。


 さっきまで曲名に文句を言っていたアイは、カメラへ赤いランプが灯った瞬間に笑顔を作った。


「みんなーっ! アイのこと、ちゃーんと見ててね♡」


『待ってた!』

『新曲きたあああ』

『今日はバールさん映らないの?』

『アイちゃんを見ろ』


「今日はわたしのデビュー曲を、初めてフルで披露します! 最後まで、ちゃんと目を離さないでね!」


 音楽が流れ始める。


 アイの表情が変わった。


 立つ位置も、手を伸ばす方向も、カメラへ視線を向ける瞬間も迷わない。アイが歌い始めると、画面の中心へ自然に目が向いた。


 これが、託見アイの歌だった。


 クラスのアイドル わたしじゃない


『25歳で“クラスのアイドル”かぁ……』

『やめてさしあげろ』

『多浪かな?』

『カルチャースクールという手も』

『公民館のアイドルじゃねえか!』


「誰が公民館のアイドルよ!!」


 歌いながら一度だけ素に戻った。


「地域密着型でいいじゃねえか」


「よくない!!」


 アイはすぐに笑顔へ戻り、続きを歌った。


 きらきらひかる お星さま

 あたしもついつい 目で追っちゃう


 でも いつか あたしだって

 ひかり! かがやく! アイドルになるの!


 みてみて♡マイアイズ

 夢と 希望が 映ってる

 みてみて♡マイアイズ

 君の 瞳を 釘付けよ


 みてみて♡マイアイズ

 もっと もっと そばにきて

 目と目が合った その瞬間

 今日のわたしを 好きになって♡


『普通に良い曲じゃん』

『アイちゃんかわいい』

『タイトルで油断してた』

『デスD仕事はちゃんとしてる』


 うまく笑えない 日もあるし

 鏡の前で ため息も

 「向いてないかも」って 思うけど


 でも 君が 見てくれるなら

 わたし! まだまだ! がんばれるの!


 ひとりで見てた 遠い夢

 君とだったら 近くなる

 まっすぐ向けた その視線

 いつか未来へ つながるよ


 だから ちょっとだけ

 こっちを向いて

 あともうちょっとだけ

 わたしを見てて


 みてみて♡マイアイズ

 恋も 勇気も 映ってる

 みてみて♡マイアイズ

 君の 瞳を 独り占め


 みてみて♡マイアイズ

 ぎゅっと 視線を 離さないで

 ひとつになった この気持ち

 明日まで 連れていって♡


 みて! みて!

 マイアイズ!


 みて! みて!

 マイアイズ!


 もっと! もっと!

 こっち見て♡


『みて! みて!』

『マイアイズ!』

『コール覚えた』


 遠く離れて いたって

 同じ空を 見られるから

 声が届かなく たって

 想いはきっと 届くから


 ひとりじゃ届かない場所も

 みんなとなら 見つけられる

 目と目が合った その先に

 まだ知らない 明日がある


 ねえ

 わたしを見なくてもいい


 今は――

 あの人を見て


 君の瞳に 映るもの

 君が信じた その光を

 ひとりじゃなくて みんなで見よう

 きっと 届くから


 みてみて♡マイアイズ

 夢と 希望が 映ってる

 みてみて♡マイアイズ

 君の 瞳は 未来を見る


 みてみて♡マイアイズ

 もっと もっと 遠くまで

 重なり合った この視線

 明日まで 連れていって♡


 みてみて♡マイアイズ

 ひとりじゃ 見えないものだって

 君と わたしと みんななら

 きっと 見つけられるから


 最後の音に合わせて、アイはカメラへ手を伸ばした。


「みんな、最後まで見てくれてありがとう♡」


『88888888』

『普通に売れそう』

『見てみて♡マイアイズきたあああ』

『公民館から世界へ』


「公民館から離れて!」


 歌い終わったアイは息を整えながら笑った。恥ずかしがっていたのが嘘みたいに、歌っている間はずっと楽しそうだった。


「よかったよ、アイ」


「ありがとう。悠もちゃんと見てた?」


「うん。すごく上手だった」


「ふふ。ならよし」


 そこで終われば、アイのデビュー曲を披露するいい配信だったと思う。


 デスDが余計なことを言わなければ。


「せっかくだ。全員やるか」


「なんで?」


「比較動画にできる」


「嫌な予感しかしない」


「わしも歌うぞ!」


「やめて」


「なぜじゃ!?」


 ティアがアイからマイクを奪った。


 音楽がもう一度、最初から流れる。


「クラスのアイドルぅ! わしじゃないぃぃぃ!」


 スタジオの壁が震えた。


「ティア、マイクから離れて!」


「聞こえぬではないか!」


「十分聞こえてる!」


『うるせえw』

『ブレスより広範囲攻撃』

『音圧SSS』

『見てみて♡じゃなくて聞けぇ!!なんよ』


 ティアは音程を気にせず、最後まで堂々と歌い続けた。


「悠! どうじゃった?」


「ティア、楽しそうでいいね」


「悠! そこは止めて!」


 アイは耳を押さえながら叫んだ。


 次は萌だった。


「萌ちゃんもやる?」


「いいよ」


 萌はマイクを受け取ると、普通に歌い始めた。


 音程が合っている。声量もちょうどいい。アイほどではないけれど、聞いていて不安になるところがなかった。


『めぐ司令うめえ』

『一般人枠が一番安定してる』

『木刀とホイッスルと歌唱力』


「萌ちゃん、かなり上手くない?」


「学校でカラオケ行くから」


「その説明で納得できるレベルじゃないんだけど」


 しかも萌が歌うと、最初の歌詞が自然に聞こえた。


『あれ?』

『本来の歌唱者こっちでは?』

『歌詞が急に年相応になった』

『クラスが実在する』

『多浪疑惑が消えた』


「ちょっと待って。わたしのデビュー曲だからね?」


「うん」


「なんで萌ちゃんが歌うと歌詞まで自然になるの?」


「高校生だからじゃない?」


「言うな!!」


「なるほど。アイには少々幼すぎる歌なのじゃな」


「お前は黙ってろ!!」


 間奏に入ると、萌はアイの振付までそのまま再現した。


「見てみて♡マイアイズ」


「なんでできるの!?」


「動画見たから」


 萌は最後まで淡々と歌い切った。


『めぐ司令、予習済み』

『仕事が堅実』

『妹ちゃん版も上げて』


 そして、コメント欄の次の要求は僕へ向いた。


『バールさんも歌って』

『悠もやれ』

『元勇者版聞きたい』

『全員やったんだから逃げるな』


「僕?」


「悠はやめた方がいいよ」


 アイがすぐに止めた。


「なんで?」


「いいから」


「お兄ちゃん、昔から歌は下手だよ」


「そうなの?」


「今知ったの!?」


 僕には下手だった記憶がない。でも二人が言うなら、昔はそうだったのかもしれない。


 異世界では歌う機会がなかった。三年も経っているなら、今は上手くなっている可能性もある。


「やってみるよ」


「その判断がもう怖い!」


 僕はマイクを受け取った。


 音楽に合わせて、できるだけ正確に歌う。


 途中からアイが難しい顔をした。


 萌は何も言わずに視線を下げた。


 デスDはカメラを構え直した。


 ティアだけが楽しそうに身体を揺らしている。


『バールさん、お前船降りろ』

『音程を破壊するな』

『世界最強にも弱点あったんだな』

『なんで全部ちょっと違うんだよ』

『歌唱力だけ異世界に置いてきた?』


 声は出ているし、音楽から遅れてもいない。それなのに、一つ歌うたびにアイの表情が険しくなる。


「悠! なかなかよいではないか!」


「評価者を変えて!!」


『悠よ』


「なに?」


『歌わぬ方がよいのである』


「バールよ! 『歌わない方がいい』とは何事じゃ! 悠に失礼ではないか!」

「バール様に言われると結構傷つくな……」


『破壊神から止められる男』

『バール様が常識側に回った』

『史上初、破壊神が保全を要求』

『壊す側が壊すなって言ってる』


「待て。これ数字取れるぞ」


 デスDが僕へカメラを向けた。


「取らなくていいよ」


「『世界最強の元勇者、歌唱力は世界最弱だった』」


「やめなさい!」


「切り抜く」


「切り抜かないで」


 当然、切り抜かれた。


 アイの新曲は好評だった。配信が終わったあとも再生数は伸び続け、曲を褒めるコメントが増えていった。


 ただし、それ以上の勢いで僕の歌唱部分も広がっていた。


「……ねえ」


「なんだ」


「悠の切り抜き、わたしの歌より伸びてる」


「すごいね」


「すごくない!!」


「安心しろ。本家にも流れてる」


「そういう問題じゃない!」


『見てみて♡マイアイズ(バールさん禁止曲)』


 どうやら、僕は歌わない方がいいらしい。少なくとも、配信では。


『見てみて♡マイアイズ』は題名も出だしもかなりふざけていますが、アイが歌えばきちんとプロのアイドル曲になる。その落差を成立させるのが今回のポイントでした。


ティアと萌までは楽しく聴ける。そして悠が歌った瞬間、すべてが事故になる。ひどい歌唱の切り抜きから本家へ視聴者が流れるので、結果として宣伝には成功しています。この曲は単発のギャグで終わらせず、アイを象徴する大切な要素として今後も扱っていきます。


次回、第23話「バールさん、SS級ダンジョンに挑む」。


池袋のDDPスタジオに迷宮省の椿葵が現れ、これまでとは桁の違う合同調査が始まります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。