第22話「元勇者は歌わない方がいい」
「……これ、本当にこのタイトルで出すの?」
配信開始前のスタジオで、アイは完成した曲名を見つめていた。
「何回聞くんだよ。これでいく」
まだ腕に包帯が残っているデスDが答える。
「二十五で『見てみて♡マイアイズ』だよ?」
「だから何だよ。売れるぞ」
「そういう問題じゃない!」
曲の完成を一番喜んでいたのはアイだ。レコーディングから戻ってくるたびに、前よりいい曲になったと話していた。
ただ、曲名を声に出すときだけ少し恥ずかしそうだった。
「アイ、もう配信始まるよ」
「分かってる。曲はちゃんと好きなの。タイトルと歌詞が、ちょっと甘いだけ」
「甘いのはよいことじゃ。菓子も酒も甘いものは美味いからの」
「歌の話だからね、ティア」
小型人間形態のティアは、よく分かっていない顔でうなずいた。
萌は学校から直接来たらしく、制服姿で配信画面を確認している。
「お兄ちゃん、そこに立つとカメラに映るよ」
「今日はアイの配信だよね?」
「だから映らないでって意味」
「分かった」
僕は素直にカメラの後ろへ移動した。
「よし、始めるぞ」
デスDの合図で配信が始まる。
さっきまで曲名に文句を言っていたアイは、カメラへ赤いランプが灯った瞬間に笑顔を作った。
「みんなーっ! アイのこと、ちゃーんと見ててね♡」
『待ってた!』
『新曲きたあああ』
『今日はバールさん映らないの?』
『アイちゃんを見ろ』
「今日はわたしのデビュー曲を、初めてフルで披露します! 最後まで、ちゃんと目を離さないでね!」
音楽が流れ始める。
アイの表情が変わった。
立つ位置も、手を伸ばす方向も、カメラへ視線を向ける瞬間も迷わない。アイが歌い始めると、画面の中心へ自然に目が向いた。
これが、託見アイの歌だった。
クラスのアイドル わたしじゃない
『25歳で“クラスのアイドル”かぁ……』
『やめてさしあげろ』
『多浪かな?』
『カルチャースクールという手も』
『公民館のアイドルじゃねえか!』
「誰が公民館のアイドルよ!!」
歌いながら一度だけ素に戻った。
「地域密着型でいいじゃねえか」
「よくない!!」
アイはすぐに笑顔へ戻り、続きを歌った。
きらきらひかる お星さま
あたしもついつい 目で追っちゃう
でも いつか あたしだって
ひかり! かがやく! アイドルになるの!
みてみて♡マイアイズ
夢と 希望が 映ってる
みてみて♡マイアイズ
君の 瞳を 釘付けよ
みてみて♡マイアイズ
もっと もっと そばにきて
目と目が合った その瞬間
今日のわたしを 好きになって♡
『普通に良い曲じゃん』
『アイちゃんかわいい』
『タイトルで油断してた』
『デスD仕事はちゃんとしてる』
うまく笑えない 日もあるし
鏡の前で ため息も
「向いてないかも」って 思うけど
でも 君が 見てくれるなら
わたし! まだまだ! がんばれるの!
ひとりで見てた 遠い夢
君とだったら 近くなる
まっすぐ向けた その視線
いつか未来へ つながるよ
だから ちょっとだけ
こっちを向いて
あともうちょっとだけ
わたしを見てて
みてみて♡マイアイズ
恋も 勇気も 映ってる
みてみて♡マイアイズ
君の 瞳を 独り占め
みてみて♡マイアイズ
ぎゅっと 視線を 離さないで
ひとつになった この気持ち
明日まで 連れていって♡
みて! みて!
マイアイズ!
みて! みて!
マイアイズ!
もっと! もっと!
こっち見て♡
『みて! みて!』
『マイアイズ!』
『コール覚えた』
遠く離れて いたって
同じ空を 見られるから
声が届かなく たって
想いはきっと 届くから
ひとりじゃ届かない場所も
みんなとなら 見つけられる
目と目が合った その先に
まだ知らない 明日がある
ねえ
わたしを見なくてもいい
今は――
あの人を見て
君の瞳に 映るもの
君が信じた その光を
ひとりじゃなくて みんなで見よう
きっと 届くから
みてみて♡マイアイズ
夢と 希望が 映ってる
みてみて♡マイアイズ
君の 瞳は 未来を見る
みてみて♡マイアイズ
もっと もっと 遠くまで
重なり合った この視線
明日まで 連れていって♡
みてみて♡マイアイズ
ひとりじゃ 見えないものだって
君と わたしと みんななら
きっと 見つけられるから
最後の音に合わせて、アイはカメラへ手を伸ばした。
「みんな、最後まで見てくれてありがとう♡」
『88888888』
『普通に売れそう』
『見てみて♡マイアイズきたあああ』
『公民館から世界へ』
「公民館から離れて!」
歌い終わったアイは息を整えながら笑った。恥ずかしがっていたのが嘘みたいに、歌っている間はずっと楽しそうだった。
「よかったよ、アイ」
「ありがとう。悠もちゃんと見てた?」
「うん。すごく上手だった」
「ふふ。ならよし」
そこで終われば、アイのデビュー曲を披露するいい配信だったと思う。
デスDが余計なことを言わなければ。
「せっかくだ。全員やるか」
「なんで?」
「比較動画にできる」
「嫌な予感しかしない」
「わしも歌うぞ!」
「やめて」
「なぜじゃ!?」
ティアがアイからマイクを奪った。
音楽がもう一度、最初から流れる。
「クラスのアイドルぅ! わしじゃないぃぃぃ!」
スタジオの壁が震えた。
「ティア、マイクから離れて!」
「聞こえぬではないか!」
「十分聞こえてる!」
『うるせえw』
『ブレスより広範囲攻撃』
『音圧SSS』
『見てみて♡じゃなくて聞けぇ!!なんよ』
ティアは音程を気にせず、最後まで堂々と歌い続けた。
「悠! どうじゃった?」
「ティア、楽しそうでいいね」
「悠! そこは止めて!」
アイは耳を押さえながら叫んだ。
次は萌だった。
「萌ちゃんもやる?」
「いいよ」
萌はマイクを受け取ると、普通に歌い始めた。
音程が合っている。声量もちょうどいい。アイほどではないけれど、聞いていて不安になるところがなかった。
『めぐ司令うめえ』
『一般人枠が一番安定してる』
『木刀とホイッスルと歌唱力』
「萌ちゃん、かなり上手くない?」
「学校でカラオケ行くから」
「その説明で納得できるレベルじゃないんだけど」
しかも萌が歌うと、最初の歌詞が自然に聞こえた。
『あれ?』
『本来の歌唱者こっちでは?』
『歌詞が急に年相応になった』
『クラスが実在する』
『多浪疑惑が消えた』
「ちょっと待って。わたしのデビュー曲だからね?」
「うん」
「なんで萌ちゃんが歌うと歌詞まで自然になるの?」
「高校生だからじゃない?」
「言うな!!」
「なるほど。アイには少々幼すぎる歌なのじゃな」
「お前は黙ってろ!!」
間奏に入ると、萌はアイの振付までそのまま再現した。
「見てみて♡マイアイズ」
「なんでできるの!?」
「動画見たから」
萌は最後まで淡々と歌い切った。
『めぐ司令、予習済み』
『仕事が堅実』
『妹ちゃん版も上げて』
そして、コメント欄の次の要求は僕へ向いた。
『バールさんも歌って』
『悠もやれ』
『元勇者版聞きたい』
『全員やったんだから逃げるな』
「僕?」
「悠はやめた方がいいよ」
アイがすぐに止めた。
「なんで?」
「いいから」
「お兄ちゃん、昔から歌は下手だよ」
「そうなの?」
「今知ったの!?」
僕には下手だった記憶がない。でも二人が言うなら、昔はそうだったのかもしれない。
異世界では歌う機会がなかった。三年も経っているなら、今は上手くなっている可能性もある。
「やってみるよ」
「その判断がもう怖い!」
僕はマイクを受け取った。
音楽に合わせて、できるだけ正確に歌う。
途中からアイが難しい顔をした。
萌は何も言わずに視線を下げた。
デスDはカメラを構え直した。
ティアだけが楽しそうに身体を揺らしている。
『バールさん、お前船降りろ』
『音程を破壊するな』
『世界最強にも弱点あったんだな』
『なんで全部ちょっと違うんだよ』
『歌唱力だけ異世界に置いてきた?』
声は出ているし、音楽から遅れてもいない。それなのに、一つ歌うたびにアイの表情が険しくなる。
「悠! なかなかよいではないか!」
「評価者を変えて!!」
『悠よ』
「なに?」
『歌わぬ方がよいのである』
「バールよ! 『歌わない方がいい』とは何事じゃ! 悠に失礼ではないか!」
「バール様に言われると結構傷つくな……」
『破壊神から止められる男』
『バール様が常識側に回った』
『史上初、破壊神が保全を要求』
『壊す側が壊すなって言ってる』
「待て。これ数字取れるぞ」
デスDが僕へカメラを向けた。
「取らなくていいよ」
「『世界最強の元勇者、歌唱力は世界最弱だった』」
「やめなさい!」
「切り抜く」
「切り抜かないで」
当然、切り抜かれた。
アイの新曲は好評だった。配信が終わったあとも再生数は伸び続け、曲を褒めるコメントが増えていった。
ただし、それ以上の勢いで僕の歌唱部分も広がっていた。
「……ねえ」
「なんだ」
「悠の切り抜き、わたしの歌より伸びてる」
「すごいね」
「すごくない!!」
「安心しろ。本家にも流れてる」
「そういう問題じゃない!」
『見てみて♡マイアイズ(バールさん禁止曲)』
どうやら、僕は歌わない方がいいらしい。少なくとも、配信では。
『見てみて♡マイアイズ』は題名も出だしもかなりふざけていますが、アイが歌えばきちんとプロのアイドル曲になる。その落差を成立させるのが今回のポイントでした。
ティアと萌までは楽しく聴ける。そして悠が歌った瞬間、すべてが事故になる。ひどい歌唱の切り抜きから本家へ視聴者が流れるので、結果として宣伝には成功しています。この曲は単発のギャグで終わらせず、アイを象徴する大切な要素として今後も扱っていきます。
次回、第23話「バールさん、SS級ダンジョンに挑む」。
池袋のDDPスタジオに迷宮省の椿葵が現れ、これまでとは桁の違う合同調査が始まります。




