第20話「元勇者、仲間の大切さを知る」
「萌、それ何?」
「お土産」
「木刀?」
「うん」
謹慎が明けた日、萌はDDPの新しいスタジオへ木刀を持ってきた。
肩には細いひもが掛かり、その先にはホイッスルもついている。
「誰が司令官装備を買い与えたんだよ」
「自分で買った」
デスDが頭を抱えた。
「それで戦うの?」
「戦わないよ」
「じゃあ何に使うの?」
「雰囲気」
『めぐ司令装備更新』
『指揮官セットきた』
『木刀いらなくて草』
『ホイッスルは使えそう』
今日の目的は、A級ダンジョンでの魔石集めだ。
先日のデートで、ティアは買った高品質魔石をほとんど食べてしまった。次のために、店で買うのではなくダンジョンで集めることになった。
「謹慎明け最初の仕事だ。勝手に壁を壊すな。勝手に乱入もするな。今日は決めた範囲で魔獣を倒して、魔石を持ち帰る。それだけだ」
「分かりました」
「わしも分かったぞ。最初から一緒なら乱入ではないからの」
「言い方は気になるが、そのとおりだ」
「普通のパーティが聞いたら怒るだろうな。A級へ菓子を拾いに行くってよ」
「菓子ではない。高品質な魔力源じゃ」
「食うんだろ?」
「食うが?」
「おやつじゃねえか」
萌は戦闘員ではないので、ダンジョンには入らない。スタジオから配信映像を見て、必要なときだけ僕へ声をかける。
「木刀は画面に映るところへ置いておくね」
「本当に雰囲気だけなんだ」
◇
A級ダンジョンへ入って間もなく、左右の通路から魔獣が現れた。
「悠、右だけ潰せ。左はティアに残せ」
「はい」
「わしは左じゃな」
デスDの指示で僕とティアが分かれる。
「後ろからも二体来ます!」
アイが周囲を確認し、カメラに状況を伝えた。
右の魔獣へ踏み込もうとすると、耳につけた機器から鋭い音が鳴る。
ピーッ!
『お兄ちゃん、待って』
「はい」
先頭の魔獣がもう一歩進み、左右の群れが同じ位置へそろう。
「今だ。右だけやれ!」
「分かりました」
右側だけをエクスカリバールで殴る。
同時に、ティアが左へ《ファイヤーボール》を放った。後ろの二体は、アイの声で位置を把握していたデスDが避け、僕が振り返って倒す。
魔獣は淡く光り、粒になって消えた。床には魔石の結晶だけが残る。
誰も進路を変えず、攻撃が重なることもなかった。
「俺より指示通るじゃねえか!」
『前回との差なんなんだよ』
『いつメンだと別物で草』
『急にチームプレイできてる』
『バールさん緊急停止装置』
『音声コマンド実装』
『バールさん取扱説明書が人間の形してる』
『DDP、実は完成されたパーティだった?』
『私は止めてるだけだよ。指示を出してるのはデスDさん』
萌がすぐに訂正する。
「でも、お兄ちゃんは長い説明を聞く前に動くから。短く言った方が止まるの」
「確かに分かりやすいよ」
「俺も短く言ってんだろ!」
僕には同じように聞こえるけれど、萌の方が僕が止まる言い方を知っているらしい。
その後も、戦闘はほとんど止まらなかった。
デスDが壊していい範囲と役割を先に決める。アイが見えにくい敵と退路を伝える。ティアは僕が空けた場所へすぐに入る。萌のホイッスルが鳴ったときだけ、僕は手を止める。
細い通路では、天井から硬い外殻を持つ魔獣が落ちてきた。爪が石床へ深く食い込み、後ろからは別の群れも迫ってくる。
「悠、前の一体を止めろ。倒すのはまだだ」
「はい」
エクスカリバールを外殻へ押し当て、前進だけを止める。
「ティアちゃん、後ろをお願いします! デスDさんは壁際へ!」
アイの声に合わせ、ティアが後方へ火球を放つ。デスDは射線から外れながら、前後の戦いが同じ画面へ入る位置へ移動した。
ピーッ!
『お兄ちゃん、まだ押さえてて』
「分かった」
ティアが後方を片づけ、デスDが合図する。
「よし、壊せ!」
押さえていた魔獣を一撃で倒した。
硬い外殻も鋭い爪も、攻撃を受ければ普通の探索者には危険だ。けれど、誰が何をするか分かっていれば、僕は必要なところだけを壊せる。
A級の魔獣は速く、攻撃も重い。普通の攻略パーティなら、一つの群れを倒すたびに周囲を確認し、体勢を整える必要がある。
僕たちは誰かが確認している間も、別の誰かが次へ動けた。
「やっぱり、みんなと一緒の方がやりやすいね」
「前回それに気づけ」
デスDが言い、アイが笑った。
「当然じゃ♡」
『お兄ちゃんは一人だと説明が足りないから』
「僕は説明してるよ」
『壊したあとにね』
「なるほど」
「納得すんな。先に直せ」
倒した魔獣が残した魔石の結晶は、デスDが用意した入れ物へ集めていく。
「それはわしのじゃ!」
「まだ拾ってないよ」
「予約じゃ!」
『A級ダンジョンを素材集めに使うな』
『高級おやつ狩り』
『ティア様の食費どうなってんだ』
『A級が遠足になってる』
ティアは質の高そうな魔石を見つけるたび、尻尾を振った。勝手に食べようとすると、デスDと萌の声が同時に止める。
「これは地上で買ったものより魔力が濃いぞ」
「じゃあ、奥へ行けばもっといいものがある?」
「あるじゃろうな。深い場所ほど、わし好みの味になる」
「味で攻略先を決めるな。価値と危険度も確認するぞ」
デスDは魔石を映像へ残し、状態を確かめてから収納した。素材集めでも、撮影と記録は普段どおりだった。
「今日は集める日だよ」
「一つくらい味見しても減らぬ」
「その一つが大きいんだよ」
「細かい男じゃの」
配信では、僕たちがA級を進む速さについても話題になっていた。
『こいつらならあそこもいけるんじゃね?』
『あり得る』
『あそこってまさか』
『いや、さすがにまだ早くない?』
「あそこって、どこですか?」
「今はコメントを追わなくていい。先へ進むぞ」
デスDは詳しく触れず、カメラを前へ向けた。
深部へ進むほど、周囲の魔力が濃くなる。
通路に残る傷は増え、途中からは一体ずつでも先ほどの群れより大きな魔獣が現れた。攻撃が壁へ当たるたびに石が砕ける。
それでもデスDの指示は変わらない。僕とティアが前を処理し、アイが見落としを拾い、萌が早すぎる動きを止める。A級が弱いのではなく、こちらが崩れなかった。
「この辺りなら、こちらの姿の方が楽じゃ」
ティアが金色の光に包まれ、成人女性の姿へ変わった。
その直後に現れた魔獣の群れを、左右の手から放った《ファイヤーボール》で同時に倒す。僕は炎から逃れた一体だけを殴った。
『大人ティア様きた』
『両手撃ち強い』
『まだ龍形態を残してるの怖い』
最深部へ着く頃には、集めた魔石の入れ物がいくつも埋まっていた。
通路の先に、これまでより大きな扉がある。
デスDとアイが周囲を確認し、僕が扉を押し開けた。
その先は、天井の高い大広間だった。
中央には、大型の魔獣がこちらを向いて待っている。身体を覆う硬い外殻と、床を削るほど太い脚。部屋の奥まで届きそうな巨体だった。
「広いね」
「……ほう」
ティアが天井と左右の壁を順番に見た。
「これなら、わしも本来の姿で戦えるぞ」
「嫌な予感しかしねえ」
『あっ』
『部屋広い』
『ティア様サイズいけるじゃん』
『ボス逃げて』
ティアの身体から、金色の光があふれ始めた。
悠が急に協調性の高い人物へ変わるのではなく、仲間が役割を分担することで自然に動きやすくなる。その形を目指しました。
萌は木刀とホイッスルで遠隔指揮、アイは配信進行、デスDは現場判断、ティアは異世界基準の戦力。短い指示があるだけで、悠は一人のときより迷わず動けます。「みんなと一緒の方がやりやすい」という小さな気づきの直後、広いボス部屋を見たティアが本来の姿へ戻り始めました。
次回、第21話「バール様、もう一人の適合者に気付く」。
黄金龍を加えた総力戦。そしてデスDが、また撮影位置を一歩も譲りません。




