第2話「元勇者、再就職する(1勝1敗)」
普通の仕事は、三日でクビになった。
倉庫で荷物を運ぶ仕事だった。言われた場所へ言われた荷物を運ぶ。単純で、体力も使う。僕には向いていると思っていた。
三日目、搬入口の自動ドアが壊れた。
責任者の人に「荷物が入らないから、何とか開けてくれ」と言われたので、腰のエクスカリバールを隙間へ差し込んだ。
少し力を入れると、ドアは枠ごと外れた。
荷物は入るようになった。
問題は解決したはずだった。
「修理を呼べって意味だったんだよ」
「そうだったんですか」
「悪いけど、今日までで」
「そうですか」
責任者の人は悪くない。指示の意味を間違えた僕が悪い。
ただ、次からは「何とかする」の内容も指定してほしいと思った。
「お兄ちゃん、普通の仕事、向いてないんじゃない?」
病室で事情を聞いた萌は、手元の薄い板を指で動かしながら言った。
「今回は指示を間違えただけだよ」
「自動ドアを枠ごと外す人向けの指示なんて、普通は用意されてないの」
僕の記憶では電話は折り畳むものだったけれど、萌の持つ電話には板の表面へ次々と文字が現れる。これで仕事まで探せるらしい。
『悠よ』
壁に立てかけたエクスカリバールから声がした。
『破壊させろ。我輩は退屈である』
「じゃあ、解体業でもやろうかな」
萌の指が止まった。
「なんで急に解体業?」
「バール様が壊したがってるから」
「誰?」
「そこにあるバール様」
萌は壁際の赤黒い棒を見た。しばらく待ってから、僕を見る。
「何も言わないけど」
「あ、聞こえないんだ」
『我輩をただのバールと同じ棚へ置くでない!』
「バール様、萌には聞こえないみたいです」
「お兄ちゃん。仕事を探す前に、独り言の説明をして」
異世界へ行っていたことを、萌に一言も話さないままにするのは難しそうだった。
どこから説明すべきか考えていると、エクスカリバールが不満げに声を響かせた。
『家屋を崩す程度ではつまらん! もっと壊し甲斐のあるものはないのか! ダンジョンなどは!』
「日本にダンジョンなんてないよ」
「あるよ」
僕は萌を見た。
「あるの?」
「ある。五年くらい前から、あちこちに」
「僕がいない間にできたんだ」
八年前にはなかった。僕が異世界で過ごしたのは三年だから、時間のずれた五年の間に現れたらしい。
『聞いたか、悠! この世界にも我輩を待つ迷宮があるのである!』
「バール様を待ってはいないと思う」
「だから誰と話してるの?」
「この説明、長くなるかもしれない」
「八年待ったから、今さら少しくらい長くても平気」
萌はそう言ってから、電話の画面を僕へ向けた。
「ダンジョンに入って活動する人もいるし、関連する仕事もあるよ。中から配信する番組もある」
「配信?」
「映像を、その場で大勢に見せるの。撮影する人を募集してるところも――あった」
画面には、ダンジョン配信カメラマン募集と書かれていた。会社名はDDP。ダンジョンへ入り、カメラで撮影する仕事らしい。
「ダンジョンに入って、撮ればいいんだね」
「カメラ、使える?」
「使ったことはないけど、ダンジョンなら何度も入ったよ」
「その二つ、同じくらい大事だと思う」
応募すると、すぐ来いという返事が来た。
DDP――Death Dungeon Productionで待っていた男は、求人よりもずっと怪しかった。
痩せた身体にアロハシャツ。長い髪を後ろで束ね、小さな丸いサングラスをかけている。煙草の匂いもした。
「死柄木生。デスDでいい。で、お前、ダンジョン潜ったことあんのか?」
「はい」
「何級までだ?」
「級?」
「……お前、何も知らねえのか」
「日本のダンジョンは初めてです」
デスDは深く息を吐いた。机の上には業務用らしい大きなカメラが置かれている。男の格好や部屋は雑然としているのに、レンズには汚れ一つなかった。デスDは僕が触れるより先にカメラを引き寄せ、布で磨いた。
「カメラ経験は?」
「ありません」
「逃げ足は?」
「必要なら走れます」
「未経験、知識なし、返事だけは妙に落ち着いてやがる」
デスDは僕を上から下まで眺め、腰のエクスカリバールで視線を止めた。
「それ、何だ?」
「バールのようなものです」
『断じてバールではないのである!』
「武器の持ち込みは勝手にしろ。カメラだけは壊すな。今日撮影がある。使えるかどうかは現場で見るから、ついて来い」
採用されたのかは分からなかったけれど、クエストは始まったらしい。
着いた場所は、頑丈な柵で囲われた大きな穴だった。入口の前を、武器や防具を身につけた人たちが行き交っている。冷たい空気が、地下から絶えず吹き上がっていた。
「本当にあるんだ」
『実によい。奥へ行くほど、壊し甲斐のあるものが増えるのであろう?』
「仕事だから、勝手に壊したら駄目ですよ」
「さっきから一人で何ぶつぶつ言ってんだ。ほら、出演者と顔合わせすんぞ」
デスDが、入口近くにいた女性へ手を上げた。
「アイ! カメラマン連れてきたぞ!」
呼ばれた女性が振り返る。
八年という時間が、一瞬だけ消えた。
大人になった顔の中に、僕の知っている幼馴染がいた。
「……アイ?」
彼女の目が大きく見開かれた。
「……悠?」
今回苦労したのは、悠を三日でクビにしつつ、ただの非常識な人には見せないことでした。
本人は仕事を真面目にやろうとしています。ただ、異世界で身についた「危険なものは即座に壊す」という判断基準が、現代の職場と絶望的に合いません。普通の仕事には負けましたが、ダンジョン配信の仕事には即採用。タイトルの「1勝1敗」はこの二つです。
次回、第3話。
新しい職場で悠が担当するのは、幼馴染・アイの撮影です。最後まで画面の外にいるはずだった新人カメラマンが、最初の配信事故を起こします。




