第1話「バール様、これ壊せる?」
この作品は、「ランキング上位作の構造をデータで調べ、その知見を使いながら、どこまで面白い連載を作れるか」という実験から始まりました。
タイトル、設定、キャラクター、展開の決定と、文章の最終的な採否・改稿は作者が担当しています。調査資料の整理、設定管理の補助、構成の検討、本文初稿の生成にはOpenAIのCodexを使用しています。
いわば、作者が監督兼編集、AIが調査助手兼初稿担当です。AIに丸投げするのではなく、出てきた文章を一緒に検討し、毎話かなり細かく直しながら作っています。
まずは第1話。「世界の境界って壊せるの?」から始まる、元勇者とバール様のお話です。
「バール様、これ壊せる?」
『無論である!』
腰から抜いた赤黒い鉄の棒――バールのようなものが、嬉しそうに答えた。
僕の前にあるのは、元の世界へ戻る道を塞ぐ世界の境界だ。誰にも越えられない。開くこともできない。そう説明された。
なら、壊せばいい。
「待つのじゃ、悠! わしは猛烈に嫌な予感が――」
「危ないから、ティアは下がってて」
僕はエクスカリバールを振りかぶり、何もない空間へ叩きつけた。
甲高い音が響いた。
空に一本の亀裂が走り、その向こうに見覚えのある青空がのぞく。亀裂は枝分かれしながら広がり、世界そのものが薄いガラスのように砕け始めた。
『見事である! さあ、さらに壊せ!』
「悠! やりすぎじゃ、このたわけ――!」
ティアの声は、噴き出した光と轟音にのみ込まれた。
足場が消えた。
僕は伸ばされた小さな手をつかもうとしたが、指先は届かなかった。光の奔流に押し流され、上下も前後も分からなくなる。
「ティア!」
返事の代わりに、全身を地面へ叩きつけられた。
土と草の匂いがした。
頬に当たる風は湿っていて、遠くから車の走る音が聞こえる。顔を上げると、見慣れた電柱と住宅の屋根が並んでいた。
「……帰って、きた?」
『我輩に壊せぬものなどないのである』
エクスカリバールの声が、いつになく誇らしげだった。
僕は立ち上がり、泥を払った。三年かかった。元の世界へ帰りたいと何度思ったか分からない。
最初の一年は、眠る前になるたび家の天井を思い出した。次の一年は、思い出さないようにした。最後の一年は、帰る方法を探すこと自体が戦いになった。
それでも今、僕の靴の下にあるのは日本の土だ。
胸の奥に詰まっていたものを、長く息と一緒に吐き出した。
ティアがいないのは心配だったけれど、あれくらいでどうにかなる相手ではない。境界に開いた穴も、僕が通れたならティアも通れるだろう。
「先に家へ戻ろう。ティアなら僕を探してくれるはずだ」
『うむ。それより、道中に壊すべきものはないのであるか?』
「ないよ。ここでは大人しくしてて」
エクスカリバールを腰へ戻し、僕は記憶を頼りに歩き出した。
道は同じようで、少し違った。
空き地には知らない家が建ち、よく通った店は見慣れない建物に変わっている。走る車も、道行く人が手にしている薄い板も、僕の知っているものとは形が違った。
三年で、こんなに変わるものだろうか。
角を曲がったところで、店先に置かれた新聞の日付が目に入った。
僕は通り過ぎ、三歩戻った。
もう一度見る。
「……八年?」
印刷されている年は、僕がいなくなった年から八年も先だった。
『紙切れの誤りであろう。気に入らぬならば壊すがよい』
「日付を壊しても、三年前には戻らないよ」
念のため通りすがりの人に今日の日付を尋ねた。怪訝そうな顔をされたけれど、返ってきた答えは新聞と同じだった。
異世界では三年。こちらでは八年。
五年もずれている。
新聞を持つ手に力が入り、紙が音を立てた。読み違いを探して何度も数字を追ったが、並びは変わらない。僕が三度季節を巡らせる間に、家族は八度も春と冬を迎えたことになる。
理由を考えても分からない。分からないものは、確認できることから確認するしかない。
僕は家へ急いだ。
けれど、たどり着いた場所に僕の家はなかった。
住所は合っている。道も間違えていない。そこに建っていたのは知らない家で、表札にも二梃木の文字はなかった。
何度見ても、変わらなかった。
「引っ越したのかな」
『ならばこの家を壊して確かめればよい』
「人の家を壊したら駄目だよ」
声に出すと、少しだけ落ち着いた。
近くで事情を尋ねても、家族の行方までは分からなかった。僕は勧められるまま警察へ行き、自分の名前と住所、家族の名前を伝えた。
ひどく時間がかかった。
身分を証明するものは何もなく、僕の服も持ち物も、この世界では怪しいものばかりだった。それでも、八年前に行方不明になった二梃木悠の記録は残っていた。
何度も同じ質問を受けたあと、向かいに座った人が言いにくそうに口を開いた。
「ご両親は、亡くなられています」
すぐには意味が分からなかった。
「二人とも、ですか?」
聞き返すと、静かにうなずかれた。
喉の奥が固まった。魔物に殴られたときとも、刃物で斬られたときとも違う。痛む場所が分からないのに、息だけがうまく吸えない。
三年で帰るつもりだった。
帰って、ただいまと言えば、母さんに泣かれて、父さんに怒られると思っていた。
もう、どちらにも言えない。
僕が帰るために越えたものも、倒したものも、二人には何の関係もなかった。世界の境界を壊せても、過ぎた八年は壊して戻せない。
膝の上で握った拳を開く。今ここで考えるべきことは、失ったものだけではない。
「妹は」
やっと出た声は、自分でも驚くほど小さかった。
「萌は、どこにいますか?」
萌は生きていた。
ただ、長く入院しているという。
連絡を取ってもらい、僕は病院へ向かった。移動する間も、窓の外を知らない景色が流れていった。八年という時間が、変わった街の形になって僕を追い越していく。
病室の前で立ち止まった。
僕の記憶にいる萌は、まだ小さい。僕の後ろをついて回り、置いていくと怒った。最後に見たときも、僕よりずっと背が低かった。
扉を開ける。
ベッドの上にいたのは、十八歳くらいの女の子だった。
知らない人に見えた。
けれど、その子は僕の顔を見たまま目を見開き、震える声で呼んだ。
「……お兄ちゃん?」
その呼び方だけは、記憶と同じだった。
「萌」
名前を呼ぶと、萌の目から涙が落ちた。
「遅いよ」
「ごめん」
「八年だよ」
「僕のほうでは、三年だったんだ」
「何、それ」
「僕にも、まだ分からない」
笑うべきところではなかったと思う。それでも萌は、泣きながら少し笑った。
僕もベッドの脇の椅子に座った。大きくなった萌と、三年分しか歳を取っていない僕。兄妹なのに、失った時間の長さまで違っていた。
萌は何度も僕の顔を見た。確かめるような視線だった。僕も同じだった。声の端や、言葉を返す間に、記憶の中の妹を一つずつ見つけていった。
どこにいたのかと聞かれた。僕は、遠いところにいて、帰るために三年かかったことだけを話した。三年間の全部を説明するには、僕たちには話すべきことが多すぎた。
両親のこと。萌が一人で過ごした八年のこと。そして、これからのこと。
話しているうちに、ベッド脇の棚に書類が重ねてあるのが見えた。読めない文字ではない。支払いに関するものだということは分かった。
「お金、必要なんだね」
「お兄ちゃんが気にしなくていいよ」
「家族なんだから、気にするよ」
両親の残したものも、ほとんど残っていないらしい。僕の持ち物は異世界の服と、腰のエクスカリバールだけ。異世界では魔物を倒せば報酬が出たけれど、日本で同じことをしていいとは思えない。
問題は単純だった。
萌を支えるには金がいる。
金を得るには、働く必要がある。
魔物なら弱点を探せばいい。閉ざされた門なら鍵を探し、鍵がなければ別の道を探す。それでも駄目なら壊せばいい。
けれど、支払いの書類は殴っても消えない。消したところで、萌を支えたことにはならない。
「僕、働くよ」
萌が心配そうに眉を寄せた。
「仕事、できるの?」
「向こうでは三年、休まず働いてたから、経験はあるよ」
「それ、日本で職歴として書ける?」
「書けないと思う」
「だよね」
「じゃあ、書ける普通の仕事を探す」
戦う相手も、壊すべき障害も見えない。けれど、やることが決まれば動ける。
こうして、異世界から帰還した元勇者である僕の、最初のクエストが決まった。
就職活動である。
第1話をお読みいただき、ありがとうございます。
この回で一番苦労したのは、世界の境界を壊す冒頭の勢いと、帰還後に待っていた「八年」という時間の重さを、一話の中に同居させることでした。
冒頭は「バール様、これ壊せる?」から、できるだけ早く本当に壊す。一方、後半では両親の死や、記憶よりずっと成長した萌との再会を急ぎすぎない。そのうえで、最後は「就職活動」という妙に現実的なクエストへ着地させています。
説明を増やしすぎると帰還直後の流れが止まり、削りすぎると悠が失ったものの大きさが伝わらない。AIが作った初稿を土台に、どの情報をどの順番で見せるか、感情をどこで立ち止まらせるかを何度も調整した回でした。
次回、第2話「元勇者、再就職する(1勝1敗)」。
世界の境界は壊せても、普通の仕事がうまくいくとは限りません。元勇者、まずは現代社会に挑みます。




