7話「結番成立」
空間が、軋む。
妖は歪みを広げ、逃げ場を削っていく。
足場が不安定に揺れ、空気すら圧縮されていくようだった。
「……っ」
静紀の呼吸が浅い。
肩口から流れる血が、止まらない。
結界はもう維持できていなかった。
守れない。
その事実だけが、はっきりと残る。
静紀を庇うように前に立つ大和。
振り返らずに言い切った。
「契約しろ」
迷いのない声。
静紀の瞳が揺れる。
「……巻き込みたくない」
絞り出すような声。
それは拒絶じゃない。
恐怖だった。
「こんな状況でまだ意地張るのか?」
大和が吐き捨てる。
「違う……」
静紀がかすかに首を振る。
「また、同じことになる……」
⸻
——透明な壁。
閉じ込めた空間。
届かなかった声。
⸻
「もう、傷つけるのは嫌だ」
「……焦ったいな」
小さく、吐く。
大和は一瞬だけ目を細めた。
夜会での会話を思い出す。
⸻
——契は、鍵と契約を結び、神力を引き出す存在だ。
——血と指で繋ぐ。一度結べば、切れない。
⸻
脳裏に、長谷部の言葉がよぎる。
⸻
「お前も覚悟を決めろ」
一歩、踏み出し、静紀の肩を掴む。
引き寄せるように、距離を詰めた。
「——っ、やめ」
制止の声は、最後まで続かない。
そのまま、傷口に触れる。
一瞬。
血を含んで、すぐに離れた。
鉄の味が口に広がる。
大和は、口元を手の甲で拭った。
「お前は?」
左手を差し出す。
小指だけを、まっすぐに。
悪きものが、二人を押し潰そうと迫る。
時間がない。
それでも——
静紀は、動けなかった。
視線が揺れる。
恐怖が、離れない。
でも、逃げ場もない。
「……戻れなくなる」
かすれた声。
大和は、即答した。
「戻る気ない」
一切の迷いがなかった。
その言葉に——
静紀の呼吸が、止まる。
ゆっくりと。
震える手が、持ち上がる。
そして——
差し出された小指に、絡めた。
触れた瞬間。
空気が、変わる。
流れ込む。
押し寄せる。
静紀の神力が、大和へと流れ込んだ。
熱。
手の中に、何かが形を成す。
気づけば、大和は握っていた。
炎を纏う、一本の刀を。
揺らめく熱が、空間の歪みを押し返す。
圧が、変わる。
さっきまでとは、明らかに違う。
繋がっている。
力も、感覚も。
一人じゃない。
「……もう戻れない」
静紀が、小さく呟く。
その声に、後悔はなかった。
ただ——
受け入れていた。
悪きものが、再び攻撃を仕掛ける。
だが今度は。
二人で、立っている。




