4話「異空間と記憶のカケラ」
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「お前、言いたいことだけ言って逃げやがって」
背中を追い、腕を掴む。
静紀の足が止まる。
「なんでそんなに俺を避ける!?」
息が上がる。けど、それ以上に頭の中がぐちゃぐちゃだった。
静紀は振り返る。
その顔は、さっきまでよりずっと冷たかった。
「……関わるな」
「は?」
思わず声が荒くなる。
「関わるな、じゃねーんだわ!もうとっくに関わってるし、俺にも選択権はある」
掴んだ腕に力が入る。
けれど静紀は、それを振りほどこうともしない。
ただ、じっと大和を見ている。
その目が、ほんの一瞬だけ揺れた。
——次の瞬間。
静紀の視線が、大和の後ろへと移る。
「……来る」
空気が、変わった。
「下がって、大和!」
不意に、声が重なる。
どこか遠くから聞こえたような、幼い声。
一瞬だけ、視界がぶれる。
——誰の声だ?
考える間もなく。
景色が歪んだ。
音が、遠くなる。
人の気配が消える。
道も、建物も、そのままのはずなのに——何かが違う。
空間そのものが、閉じていく。
——“外側”が、少しずつ消えていくような感覚だった。
「……なんだ、これ」
大和が呟いた時だった。
影が、広がる。
地面でも、壁でもない。
“空間”そのものに、黒い歪みが浮かび上がる。
それは形を持たないまま、じわじわと広がっていく。
逃げ場がない。
囲まれている。
「……悪きもの」
静紀が、低く呟く。
その声に、わずかな緊張が混じっていた。
次の瞬間、静紀が一歩前に出る。
同時に——
透明な壁が、大和の周囲に展開された。
「大人しくしてて」
「は?」
反射的に、手を伸ばす。
だが触れた瞬間、弾かれる。
見えない壁。
閉じ込められている。
「おい、これ——」
言いかけた時には、もう静紀は動いていた。
前に出る。
静紀の周囲の空間が歪む。
建物の輪郭がねじれ、地面が波打つ。
触れてもいないのに、形が崩れていく。
迫ってくる歪みを、結界で弾き返す。
受ける。
弾く。
その繰り返し。
「……っ」
鈍い衝撃が響く。
大和を囲う結界にも時々衝撃が走る。
一際大きな衝撃が走った。
——その瞬間、空間が“欠けた”ように感じた。
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——透明な壁。
ふと、視界が重なる。
同じような光景。
小さな手。
叩いている。
内側から。
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「……は?」
一瞬で消える。
だが、胸の奥に引っかかる。
今のは——
「出せよ!!」
大和は結界を叩く。
何度も、何度も。
「さっきから見てられない、俺も戦う!出せ、静紀!!」
鈍い音だけが返ってくる。
びくともしない。
「くそ……っ!」
拳を打ちつける。
けれど、何も変わらない。
外では、静紀が一人で戦っている。
いや——
戦っていない。
守っているだけだ。
その時。
静紀の指先がわずかに動いた。
紙のようなものが、ふわりと浮かぶ。
それはそのまま、空気に溶けるように消えた。
——気づく間もなく。
再び衝撃。
結界が軋む。
ピシ、と。
音がした。
ひび。
大和の目の前の結界に、細い線が走る。
その瞬間——
視界が、強く揺れた。
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苦しい。
息が、できない。
狭い。
押し潰される。
透明な壁の中。
外には、幼い静紀がいる。
何かと戦っている。
届かない。
「……っ……!」
手を伸ばす。
叩く。
でも——
届かない。
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「……なんだよ、これ」
現実に戻る。
呼吸が乱れる。
心臓がうるさい。
今のは、ただの幻じゃない。
分かる。
体が覚えている。
外では、静紀の動きがわずかに鈍っていた。
距離を取る。
踏み込みが浅くなる。
そして——
空間が“削られるように”歪んだ。
守るための形が、わずかに狂う。
「……っ」
静紀の息が乱れる。
それでも、前に出る。
弾き返す。
守る。
ただ、それだけを繰り返す。
「ふざけんなよ……」
大和が呟く。
拳を握る。
震えている。
「なんで、一人で戦うんだ……!」
一歩、踏み出す。
崩れかけた結界。
さっきまで弾かれていた手が、わずかに沈む。
「——いい加減にしろ!!」
叫びが、空間に響く。
その瞬間。
静紀への攻撃が弱まる。
悪しきものが——
反応した。
静紀の目が見開かれる。
「……大和?」
空気が、変わる。
悪きものが、こちらを見た。
はっきりと分かる。
標的が——変わった。




