3話「夜会」
「君は幽霊や妖と呼ばれる者が見えるよね」
その言葉に、大和の呼吸が一瞬だけ止まる。
当てられた、という感覚。
男は顎に手を当て、無精髭を触りながら続ける。
「霊感を持つ君に話があるんだ。さっき見たものも気になるだろう?」
「……まぁ」
小さく頷く。
「ここで話すのもあれだから、場所を変えよう。私の名は長谷部。着いておいで」
そう言って、男――長谷部は歩き出した。
大和はその後に続く。
猫背に糸目、胡散臭い雰囲気の男。
だが今は、着いていくしかない。
あの違和感の正体を知らないままの方が、よほど気持ち悪かった。
「私も“見える側”なんだよ」
歩きながら長谷部が言う。
「見える側?」
「霊感持ち、ってやつだな。雑に言えば」
軽くいいニヤリと笑った。
⸻
数分歩いた先にあったのは、古びた門だった。
門をくぐると、大きな屋敷が現れる。
建物の中に入った瞬間、空気が変わった。
すべてが一段遠くなる。
現実から、切り離されるような感覚。
「ここは“夜会”だ」
長谷部は言う。
大和は辺りを見渡す。
そこにいる人間たちは、明らかに普通ではない。
普通の人間もいる。だがその中に、“違う気配”が混じっている。
狐の面。
猫の面。
顔を隠しているのに、こちらを“見ている”のが分かる。
通されたのは小さな和室だった。
茶を運んできた者ですら、どこかおかしな気配がする。
「……人じゃない?」
思わず漏れた言葉に、長谷部は笑う。
「はは、戸惑っているね。君の言う通り、ここには妖や神もいる」
茶を一口啜り、長谷部は続けた。
「ここに居るのは人間に好意的な連中だ。昔からこの恵伏町の土地にいる神、妖だからね。だが、この町には“悪きもの”ってのもいる」
「悪きもの……?」
「普通の妖や霊よりも厄介な存在さ。恵伏町の力に狂わされたね。そして――人間がどうこうできる相手じゃない。普通はね」
大和は黙って聞く。
「それに対抗するのが“結番”」
「結番?」
「そう。鍵と呼ばれる神力を持つ人間と、契と呼ばれる霊感を持つ人間が契約を結んだ存在だ」
長谷部は目を細める。
「“鍵”はとても貴重な存在でね。幽世と、封域という二つの異空間を繋ぐ事ができる。この町でしか生まれない上に、数も少ない」
その言葉に、大和の眉が動く。
「貴重……?」
「うん。君がさっき一緒にいた静紀くんも鍵さ。彼はまだ未契約だけどね」
よく分からない。
ただ、その言葉だけが妙に残る。
長谷部はニヤリと笑う。
「そんな貴重な鍵と組めるのは、誰でもいいわけじゃない」
その目は一瞬だけ真剣な色を灯す。
「相性が悪けりゃ終わる。軽くな」
さらっと言われた言葉が、やけに重かった。
「だから、おじさんは鍵に合う契を少しでも多く確保するために、霊感を持つ人間に声をかけている」
静かだ。
ただただ異質な空気が満ちている。
「……君は霊感持ちだね」
長谷部が言う。
「だから連れてきた」
大和は息を呑む。
「スカウトだよ」
軽く言われたその一言を、理解しきれなかった。
「スカウト……?」
言いかけた、その瞬間だった。
空気が変わる。
誰かが来る。
そう分かるほど、はっきりと。
「やめて」
低い声。
振り返ると、静紀がいた。
怒りと焦りが混ざったような表情。
その感情は、隠しきれていなかった。
「大和は、戦えるような器じゃない」
静紀の声は、わずかに震えていた。
それでも、はっきりと言い切る。
長谷部が肩をすくめる。
「おいおい、それは大和くんに失礼じゃないかな」
苦笑いを浮かべる長谷部に、静紀は一切目を向けない。
「失礼でも何でもいい。大和は戦えない」
断言だった。
「お前、俺に対して失礼だな」
大和の顔が引き攣る。
「俺、お前より強い自信あるぞ。なんでダメなんだ」
静紀は答えない。
一瞬だけ、言葉を探すように目が揺れて――
逸らされる。
「関わるな」
それだけだった。
そう言って、踵を返す。
「おい、待てよ!!」
大和は追いかける。
だが静紀は振り返らない。
ただ、背を向ける。
それが答えだった。
大和は走りながら考える。
夜会。
結番。
鍵。
契。
頭の中が追いつかない。
現実は、非現実へと変わろうとしていた。




