7話「風とメガネ」
いつのまにか周囲は静まり返っていた。
祭りの喧騒は遠く、川の音だけが一定のリズムで響いている。
「……」
大和も静紀も、口を開かない。
噛み合わないままの沈黙。
その空気を裂くように——
揺れた。
「……来る」
静紀の声と同時に、影が滲み出る。
一体。
さらに、もう一体。
静紀が目を細める。
「……減ってない」
「は?」
大和が振り返る。
答える間もなく、影が動いた。
踏み込み、炎を纏う刃が走る。
——はずだった。
『そっちじゃない』
「……っ」
動きが止まる。
わずかに遅れ、軌道がズレる。
影が逃げる。
「くそっ!」
追おうとした瞬間——
『ちがう』
今度は、静紀の指先が止まる。
結界が遅れる。
位置が合わない。
まただ。
最初から、全部、噛み合わない。
影が人の流れへ滑り込む。
「待って、人が——」
だが。
大和はもう踏み込んでいる。
振り抜かれる刃の先に、人影。
「っ……!」
無理やり軌道を逸らす。
すぐ横を、人が通り過ぎる。
視線は、こちらに向かない。
——見えていない。
そのはずだ。
「……雑音が多いね」
不意に、軽い声。
影のすぐ横を、小柄な影が滑り抜ける。
次の瞬間——
風と共に弾けた。
大剣が振り抜かれている。
そのまま、もう一体も叩き斬る。
「気にしてたら動けないよ」
動きが、違う。
迷いがない。
——声に、引っ張られていない。
「ほら、右」
後ろから、落ち着いた声。
「言われなくてもわかるって」
ぼやきながらも、踏み込みは正確だった。
一切、迷わない。
「ちゃんと反応してくれる。やっぱり可愛いな」
「うるさい」
短く切り捨てる。
それでも、動きは揃っていた。
連携が、成立している。
「……誰だ」
大和が眉をひそめる。
声に応じて、後方の男がわずかに視線を寄越す。
「あぁ、名乗り忘れたね」
軽い調子で口を開く。
「空海 凪」
「南雲 悠」
簡潔に名乗ると、再び視線は影へ向いた。
そのまま、踏み込む。
影が弾ける。
だが——
静紀は、はっきりと感じていた。
終わっていない。
「……この影は、本体じゃない」
静かに、言葉が落ちる。
大和が眉をひそめる。
「は?」
凪が、わずかに笑う。
「遅いよ」
あっさりと言い切る。
「こいつら、みーんな分身。」
悠が淡々と続ける。
「しかも質悪い。声付き」
『……えらばれた』
『……ちがう』
声が、重なる。
距離も、位置も、わからない。
ただ——確実に、邪魔をしてくる。
「……声が、邪魔してくる」
静紀の声が低くなる。
悠は軽く言った。
「聞いちゃダメだよ」
凪も続ける。
「無視、無視〜」
それだけだった。
理由も、説明もない。
だが。
その通りに動く二人は、一度もズレない。
凪の動きには、迷いがない。
影は消える。
だが、空気は重いまま。
静紀は、ゆっくりと顔を上げる。
視線の先——神社。
「……奥にいる」
確信に近い声だった。
大和が息を吐く。
「じゃあ、ぶっ叩くだけだろ」
凪が首を傾げる。
「できるの?」
悠が、わずかに笑う。
「次は外さないでよ」
風が、止む。
音が、遠のく。
川の音さえ、薄れていく。
そして——
『……いけにえ』
はっきりと、聞こえた。
静紀だけじゃない。
今度は——
大和も、わずかに顔を上げた。
——今のは、聞こえた。
空気が、わずかに軋む。
何かが、確実に近づいている。




