8話「悪き獅子舞」
神社の手前で、足が止まる。
空気が、重い。
風はほとんど動かず、提灯の灯りだけが不自然に揺れる。
人の気配は——ない。
本来なら、まだ祭りの喧騒が届く距離のはずなのに。
「……ここか」
大和が低く呟く。
「……うん」
静紀は短く頷いた。
大和は刀を構える。
——いつもなら。
刃に、炎が乗る。
だが、灯りかけて消える。
形にならない。
「……チッ」
舌打ちが落ちた、その直後。
空気が、滲む。
影が現れる。
一体。
さらに、もう一体。
だが——何かが違う。
輪郭が歪む、揺れている。
動きが、鈍い。
そして。
『……いたい』
声。
『……かえして』
別の方向から。
『……えらばれた』
さらに、違う場所から。
同時に。
バラバラに。
距離も、位置も、定まらない。
ただ——耳に、張り付く。
「……っ」
大和が踏み込む。
刀を振るう。
刃が影を裂く。
だが、炎は、乗らない。
一瞬、火が灯る。
『ちがう』
掻き消えた。
「……なんでだよ」
苛立ちが滲む。
その横を、風が抜けた。
小柄な影が滑り込む。
大剣が振り抜かれる。
風が自然に纏い、影をまとめて吹き飛ばした。
「迷いすぎ」
軽い声。
揺れていない。
声に、触れていない。
「ほら、凪。左」
後ろから、落ち着いた声。
「言われなくてもわかるよ」
ぼやきながらも、踏み込みは正確だった。
風が裂ける。
影が弾ける。
連携が、噛み合っている。
凪がさらに踏み込む。
風が唸る。
影が消える。
——はずなのに。
『……いたい』
声だけが、残った。
どこからともなく。
“いない場所”から。
「……消えてない」
静紀の声が落ちる。
揺れていない。
「……これ、本体じゃない」
言い切る。
凪が、わずかに笑う。
「やっと?」
悠が続ける。
「分けてるね。本体は別」
軽い口調。
だが——確信。
『……いたい』
『……かえして』
『……えらばれた』
声が、重なる。
増える。
近づく。
影が、集まり始める。
絡み合う。
歪む。
形になる。
声が、混ざる。
一つに、まとまる。
——口。
それだけが、はっきりと形を持った。
獅子舞のように。
まとまっているはずのそれは、今にもほどけそうに歪んでいた。
口が、軋む。
『……いけにえ』
「……気持ちわりぃな」
大和が吐き捨てる。
踏み込む。
斬る。
刃が食い込む。
だが——
炎は、ない。
崩れる。
だが、すぐに。
また、分かれる。
「効かない……!」
苛立ちが露わになる。
静紀が前に出る。
「……無理しないで」
結界を張る。
だが。
『……いたい』
『……かえして』
『……いけにえ』
声が、増える。
重なる。
響く。
頭に、刺さる。
集中が削られる。
結界が、揺れる。
「……っ」
影が溢れる。
大和が前に出る。
庇うように、刃を振るう。
だが——押し切れない。
炎が、ない。
神社の奥。
見えない場所から。
『……いけにえ』
さっきより、近い。
はっきりと。
静紀が顔を上げる。
「……うるさい」
小さく、吐き捨てる。
視線は、奥へ。
確実に。
そこに、“一つ”いる。




