6話「噛み合わない」
夜は、完全に祭りを飲み込んだ。
提灯の灯りが連なり、通りを赤く染める。
人の声は途切れず、笑い声と呼び込みが重なる。
その中に、確かに“濁り”があった。
「さっきよりタチ悪くなってねぇか」
大和が眉をひそめる。
「……うん」
静紀の返事は短い。
視線はすでに、人混みの奥へ向いていた。
——来る。
空気が揺れた。
人の流れの隙間から、悪きものが滲み出る。
一体、二体——さらに奥にも、気配。
「チッ……」
大和は迷わず踏み込んだ。
間合いに入り、刀に炎を纏わせ、斬る。
それだけで終わるはずだった。
同時に、静紀が結界を展開する。
——はずだった。
刃が届く、その直前。
『そっちじゃない』
「……っ」
大和の動きが、わずかに止まる。
ほんの一瞬。
それだけで、軌道がズレた。
斬り損ねた影が、横へ逃げる。
「くそっ」
追おうとしたその背で、
『ちがう』
静紀の指先が止まる。
結界の展開が、わずかに遅れる。
位置が、ずれる。
「——っ!」
噛み合わない。
最初から、全部がズレている。
影が一体、二体と人混みに紛れる。
「待って、人が——」
静紀が声を上げる。
だが、その前に。
大和はもう踏み込んでいた。
振り抜かれる刃。
だがその先に、人影が割り込む。
「っ……!」
大和は無理やり軌道を変える。
すぐ横を、人が通り過ぎる。
だがその視線は、こちらにも、影にも向かない。
——見えていない。
はずなのに。
一人の子どもが、足を止めた。
影の方を、見ている。
「……っ」
静紀の呼吸が、わずかに乱れる。
結界を広げる。
人の視線を逸らす。
巻き込まないように。
だが。
広がりが、鈍い。
引っかかる。
「……なんで、ズレるの」
小さく漏れる声。
——自分のせいだ。
その隙間を縫って、影が動く。
『……えらばれた』
『……ちがう』
声が、重なる。
場所も、距離も、わからない。
「っ……!」
判断が、遅れる。
守るべき位置が、定まらない。
「……邪魔だ、静紀!」
大和の声が飛ぶ。
「守ってる!」
静紀が返す。
互いの声が、ぶつかる。
影が、子どもの方へ滑る。
「下がって!」
静紀が結界を広げる。
その分だけ、大和の動きが制限される。
「くそっ……!」
踏み込みが遅れる。
距離が足りない。
影が、手を伸ばす。
「——危ねぇ!」
大和が無理やり踏み込む。
間に合わない。
——そう思った瞬間。
刃が、かすめた。
影は弾ける。
だが同時に、大和の腕に浅く裂ける痛みが走った。
「うっ……!」
血が滲む。
「……っ」
静紀が言葉を失う。
——間に合わなかった。
その事実だけが、重く残る。
その後も、いくつかの悪きものを処理した。
倒している。
——はずなのに。
消えた感触が、ない。
一つも、気持ちよく終わらない。
祓っても、祓っても。
影は、尽きない。
「…………」
大和は何も言わない。
「………」
静紀も、口を開かない。
視線も合わせないまま、ただ前を見る。
連携は、もうない。
気づけば、川沿いに出ていた。
人の声が、少し遠くなる。
水音だけが、一定のリズムで響く。
風が、止む。
音が、薄れる。
その中で——
『……いけにえ』
はっきりと、聞こえた。
静紀が、顔を上げる。
「……違う」
初めて、言葉にする。
だが、それが何を否定しているのかは、自分でもわからない。
沈黙が落ちる。
ただ——
確実に噛み合っていない。
それだけが、はっきりしていた。




