4話「北地区へ」
屋台の灯りが、ひとつ、またひとつと点き始めていた。
提灯が揺れ、通りには人の流れができている。
焼き物の匂いと、子どもの笑い声。
どこにでもある祭りの夕方。
その中を、大和と静紀は歩いていた。
「普通じゃね?」
大和は辺りを見回しながら言う。
静紀は視線を前に向けたまま、短く返した。
「……そう見えるだけ」
温度が、少し違う。
二人は人通りを外れ、細い路地へ入る。
家と家の間を縫うような、狭い道。
電柱とブロック塀が並び、視界が途切れがちになる。
静紀が足を止めた。
「……多い」
すぐ横を人が通り過ぎる。
肩が触れそうな距離なのに、視線は一度もこちらを捉えなかった。
一拍。
「……気配の数が、合わない」
大和は眉をひそめる。
「そうか?」
首を傾げるが、特に違和感はないらしい。
そのときだった。
足元の影が揺れる。
低い唸り声。
「来たか」
大和が炎を纏う刀を抜く。
現れたのは、小型の“悪きもの”。
大和は一歩踏み込み、そのまま斬り伏せた。
抵抗は、ほとんどなかった。
「……軽いな」
刃を払う。
静紀はそれを見て、小さく呟く。
「……弱い」
それだけ言って、視線を巡らせた。
再び通りへ戻ると、人の密度はさらに増していた。
屋台が並び、提灯の光が揺れる。
子どもたちがはしゃぎ、親の声がそれを追う。
——その中で。
同じ方向を見ている視線が、いくつかあった。
一瞬だけ、笑い声が揃う。
ぴたりと重なって、すぐに崩れる。
「……」
静紀は何も言わない。
ただ、目を細めた。
そのとき。
人混みの隙間から、影が滲み出る。
一体、二体、三体。
「またかよ」
大和が前に出る。
動きは単調だった。
大和は迷わず斬り、静紀が後ろから支える。
呼吸は、ほんの少しだけ合っていた。
次々と消えていく“悪きもの”。
「弱すぎじゃね?」
大和が振り返る。
静紀は、少しだけ間を置いて答えた。
「……おかしい」
短い言葉だった。
通りを抜けると、川沿いの道に出る。
空はすでに傾き、影が長く伸びていた。
水の流れる音が、一定のリズムで響いている。
「……見づらいな」
大和が呟く。
気配が、読みにくい。
そのとき。
影が、動いた。
さっきまでいた場所に——いない。
違う位置に、現れる。
「っ……」
大和が振り向く。
遅れて、そこに気配が立つ。
静紀は、わずかに眉を寄せた。
「……違う」
その一言だけが落ちる。
さらに。
足音が、しない。
動いているのに、音がない。
——一拍遅れて、聞こえる。
水音に紛れて、ズレる。
「……」
静紀は何も言わなかった。
ただ、その違和感を掴もうとしているようだった。
川沿いを抜け、少し奥へ入る。
木が増え、灯りが届きにくくなる。
小さな神社へ続く道。
空気が、重い。
「……なんだよ、ここ」
大和の声が、少し低くなる。
肌にまとわりつくような感覚。
静紀は、ゆっくりと手を上げた。
結界を張ろうとする。
だが——
広がりが、鈍い。
静紀の指先がわずかに動く。
空気が歪み、人の気配が遠のく——はずだった。
だが、どこかで引っかかる。
「……」
わずかに、息を吐く。
初めて、はっきりとした“やりにくさ”を感じていた。
気づけば、夜になっていた。
屋台の灯りが、遠くに見える。
人の声も、まだ聞こえる。
薄く膜がかかったように、現実感がずれている。
静紀が立ち止まる。
「……増えてる」
小さな声だった。
大和が振り返る。
「静紀?」
呼びかけても、返事はない。
静紀は周囲を見ている。
数えるように。
確かめるように。
風が、止む。
音が、一瞬だけ消える。
そして——
「……気配の数が、合わない」
その言葉だけが、静かに響いた。




