3話「桜恵祭」
町は、浮き足立っていた。
通りには屋台が並び、提灯が揺れる。
焼き物の匂い、子どもの笑い声、行き交う人のざわめき。
春の陽気と桜に包まれた、どこにでもある祭りの光景だった。
「祭りだなぁ。いつも通り賑わってる」
大和は人の流れを見ながら言う。
その隣で、静紀は視線を前に向けたまま答えた。
「……仕事だよ」
温度が、違う。
「仕事かー。何で祭りなのに仕事なんだよ」
大和がぼやく。
静紀は少しだけ視線を巡らせた。
「………祭りの雰囲気で、妖が寄る」
短く、それだけ言う。
「寄るって?」
「悪きもの」
大和は小さく息を吐く。
「めんどくせぇな……」
「毎年のことだよ」
静紀は淡々としていた。
大和が顔を向けるが、静紀はそれ以上は言わなかった。
風が吹く。
桜の花びらが、二人の間をすり抜けていく。
⸻
時刻は昼。
夜会の建物に入ると、外の喧騒が嘘のように静まる。
「おー、来たか」
長谷部が片手を上げた。
「夜の打ち合わせするぞー」
その一言で、空気が切り替わる。
「大和くん達は北区担当だったね」
山手が北区の地図を開く。
地図には警護範囲が赤く記されていた。
巡回ルート、待機位置、対応手順。
必要な情報だけが簡潔に並んでいる。
「まぁ、基本は歩くだけだなー」
長谷部が気だるげに言う。
「何も出なきゃそれで終わりだ。平和が一番ってやつ」
山手が続ける。
「……ただ、近年は少し多いんだよねぇ」
その一言で、空気がわずかに重くなる。
「最近、“悪きもの”の出現が増えてる」
「原因はまだ分かってないけど……不安定だね」
長谷部が肩をすくめる。
「まぁ、悠くん達もいるしなー」
「困ったら丸投げしとけ」
先日も聞いた名前だ。
「だから誰だよ」
大和が顔をしかめる。
静紀は一瞬だけ視線を落とした。
「……先輩と同級生。6組の」
それだけ言って、口を閉じる。
小さく、息を吐いた。
⸻
夜会を出ると、外はすでに夕方に差しかかっていた。
光が少しずつ柔らかくなり、影が伸びていく。
「祭り、ちょっとは楽しめそうじゃね?」
大和が歩きながら言う。
静紀は少しだけ間を置く。
「……余裕あればね」
人の流れは変わらない。
笑い声も、灯りも、変わらないまま。
それでも。
空気が、わずかに揺れていた。
風が止む。
桜が、ひとひら落ちる。
昼と夜の境目が、静かに曖昧になっていく。
その境界に、わずかな“歪み”が混じり始めていた。




