2話「噛み合わない二人」
長谷部の声が、訓練場に響いた。
「じゃあ次、ちょい強めいくぞ」
その言葉と同時に、空間が歪む。
召喚されたのは、獣の形をした式神だった。
四肢は長く、地面を蹴る音が鋭い。
速い。圧もある。
ただの訓練用ではない、“連携前提”の相手だった。
「いくぞ、静紀」
「……うん」
静紀の声は落ち着いていた。
大和は一歩踏み出す。
迷いはない。一直線だった。
最初の動きは、悪くなかった。
大和は獣型へと真正面から突っ込み、間合いを詰める。
炎を纏う刀を振るう。
軌道に無駄はない。
だが、その瞬間。
「……今」
静紀が結界を展開しようとした。
しかし、ほんのわずか遅れた。
大和の踏み込みと、静紀の結界の発動位置が、噛み合わない。
獣型がその“ズレ”を見逃さない。
横に滑るように抜ける。
「っ、しまっ——」
静紀の声が途切れる。
「危ねっ!」
結界が刀の軌道を邪魔する。
「前に出すぎ、大和」
静紀も即座に返す。
言葉は正しい。
どちらも間違っていない。
ただ、噛み合っていない。
次の瞬間だった。
獣型が間に割り込む。
鋭い爪が空気を裂き、二人の間を引き裂こうとする。
静紀が反射的に結界を張る。
だがその位置は、ほんの少しだけズレていた。
同時に、大和が飛び込む。
その瞬間——
「……あ」
鈍い音がした。
大和の頭に、軽い衝撃。
結界に直撃していた。
「いってぇ……!」
「……さっきから出すぎ」
静紀は冷たく言い放つ。
「守ってばっかでどうすんだよ!」
大和はすぐに言い返す。
怒っているというより、焦っていた。
その一瞬の“ズレ”が、致命的だった。
獣型が二人の間を抜ける。
空気が裂ける。
山手が2人の前に結界を張る。
あと少し遅れていれば、どちらかがやられていた。
「そこまでだ」
低い声が割って入る。
長谷部だった。
次の瞬間、空気が変わる。
獣型の動きが止まる。
まるで“存在そのものを握り潰された”ように。
一撃。
それだけで、訓練は終わった。
「……今の、本番だったら普通に死んでるからなー」
長谷部はため息混じりに言う。
「動き自体はどっちも間違ってはいないんだけどね」
「後は合わせ方だな」
静紀はその言葉を受け取るように、目を伏せた。
大和は、納得したような顔をしていたが——
どこか腑に落ちていない。
⸻
夜会に戻り、一息つく。
大和も静紀も無言で茶を飲む。
そんな2人に山手が静かに歩み出る。
「まぁ、やってること自体は間違ってないんだけどねぇ」
穏やかな声だった。
「でもね、それじゃダメなんだ」
少し間を置いて、続ける。
「結番は、“正しさ”じゃなくて“揃うこと”なんだよ」
静紀は、ゆっくりと息を吐いた。
理解はできる。
けれど、その重さが胸に残る。
大和は視線を逸らす。
理屈では分かる。
でも、感覚がまだ追いつかない。
訓練は終わった。
夜会からの帰り道、言葉は少なかった。
風が通り抜ける。
桜の花びらが一枚、地面に落ちる。
「……悪かったな」
大和がぽつりと言う。
「……別に」
静紀はそれだけ返した。
歩幅が、少しだけズレていた。
⸻
訓練の翌日、2人は再び夜会へと来ていた。
「おー、来たか」
長谷部がひらりと手を振る。
「今日は、お前らに仕事の話をするために呼んだ」
その声で、空気が変わった。
「桜恵祭の警護任務だ」
山手がプリントを2人に渡しながらいう。
「君達の担当は北地区だよ」
プリントに示された地図に警固範囲が赤く記されている。
そして、自分達の名前以外に見知らぬ名前
空海 凪
南雲 悠
「誰だ?」
静紀は小さくため息をついた。
「……知ってる。面倒なのと一緒になったな」
先ほどよりも深いため息をついた。
風が吹いた。
桜が舞う。
何かが始まる前の静けさだけが、そこに残った。




