1話「結番講習」
春の風が、校舎の窓をやわらかく揺らしている。
"桜恵祭"を間近に控え、校内はどこか浮き足立っている。
廊下では祭りの話題が飛び交い、笑い声が絶えない。
そんな中——食堂だけは、いつも通りだった。
「……うまっ」
朝日大和は、山盛りの定食を豪快にかき込む。
周囲の生徒たちはちらりと視線を向けるが、すぐに苦笑して視線を戻した。
——いつもよく食べるな、という顔だ。
だが、その隣。
夜月静紀は、同じ量を無言で食べていた。
箸の動きは静かで、整っている。
表情も変わらない。
ただ、量だけが異常だった。
「……え」
近くの生徒が思わず声を漏らす。
「大和は分かるけど……夜月もあんな食うのかよ……」
「無理だろ、あれ……」
ざわ、と小さく空気が揺れる。
大和はちらりと静紀を見る。
「……何?」
静紀は顔も上げずに言う。
「お前、細い体のどこにそんなに入ってくんだ?」
「さぁ?」
会話はそれだけ。
それでも——前よりも隣にいるのが心地よく感じるようになっていた。
⸻
放課後。
二人が向かったのは、夜会の拠点——古びた和風の屋敷だった。
かつては神社の社務所か何かだったのか、敷地には今も神域のような空気が残っている。
いつ来ても現実からかけ離れた異質な空気を感じる場所だ。
「……やっぱここ、空気おかしいよな」
「神骸の影響が濃い場所だから」
そのまま玄関へ足を踏み入れた瞬間——
「やあ、新人」
低い声がかかる。
視線の先にいたのは、二人の男だった。
一人は気だるげに立つ長谷部。
もう一人は、穏やかな笑みを浮かべている山手だ。
「今日の講習は、私たちが担当だよ」
山手が言う。
「よろしくなー。新人」
長谷部が軽く手を上げた。
⸻
「さて、と」
山手がゆっくり口を開く。
「まずは簡単に、この町のことから説明しておこうか」
静かな声で語られる。
恵伏町。
神骸が眠る土地。
そして——“悪きもの”。
大和は眉を寄せた。
「……ちょっと待ってくれ」
「うん?」
「つまりさ、それって倒しても終わりじゃないってことか?」
山手は小さく頷く。
「そうだね。倒すだけじゃ、意味がないんだ」
「この町の“悪きもの”はね——神骸の力を取り込んでいる」
「普通の霊能者が祓っても、いずれまた戻ってくる」
「じゃあどうすんだよ」
「だから、“結番”が必要になる」
山手の声は、変わらず穏やかだった。
「契が祓い、鍵が“行き先”を決める」
「行き先……?」
「悪意のないものは“幽世”へ返す」
「危険なものは“封域”に送る」
大和が頭を押さえる。
「倒すだけじゃダメで、送る場所が二つ?その場所は鍵にしか開けない??」
山手が小さく笑った。
「そういうこと」
その横で、静紀が静かに口を開く。
「……幽世は“帰る場所”、封域は“隔離”」
「そう考えればいい」
「……なるほどな……いや分かったような分かんねぇような……」
「頭がパンクしそうになってるな」
長谷部がぼそりと挟む。
「うるせぇな!」
即座に返す大和。
その様子に、山手が軽く肩をすくめた。
「まあ、細かい話はおいおい覚えようか」
「頭を使った後は体を動かすぞー」
長谷部の気の抜けた声がいう。
「訓練場に行こうか」
———
訓練場。
「じゃあ今度は実践体験だ」
山手が空に向かって何枚か札を投げた。
一角に、白い影が数体現れた。
人の形をしたそれは、顔に大きく「式」と書かれている。
「式神だ」
長谷部が言う。
「訓練用だが、“悪きもの”を想定してる」
「レベルで言えば?」
「……1か2ってとこかな」
「へえ……」
ゆらゆらと動く式神を大和は興味深そうに見る。
「弱そうだな」
「言ってろ」
その言葉が終わるより早く——
「行く!」
大和が地面を蹴った。
一気に距離を詰める。
炎を纏った刀が式神を斬る。
抵抗する間もなく、霧のように消えた。
「よし!」
その背後で、静紀が手を上げる。
「……結界、展開」
淡い光が広がり、大和の動きを支えるように場を整える。
攻める者と、支える者。
一見すれば、理想的な形だった。
次々と式神が現れる。
大和が斬り、静紀が援護する。
危なげなく、すべてを処理していく。
やがて、最後の一体が消えた。
「……こんなもんか?」
長谷部は少しだけ間を置き、
「……まあ、こんなもんか」
それだけ言った。
だが——
どこか、引っかかる空気が残る。
静寂の中。
山手がゆっくりと口を開いた。
「結番はね」
穏やかな声が、静かに響く。
「“一人で強い”じゃ意味がないんだよ」
わずかな沈黙。
静紀の視線が、ほんのわずかに揺れる。
「……」
何かに気づきかけているような、そんな表情。
一方で——
(……大したことないな)
大和は、そう思っていた。
戦えた、問題なかった。
——なら、十分だろう。
その認識のズレに。
まだ、誰も気づいていなかった。
春の風が、訓練場を静かに抜けていく。




