幕間一「安定しない力」
朝の空気はいつも通りだった。
いつも通りの通学路。
いつも通りの朝練。
習慣である、朝の素振り。
……のはずだった。
「……っ」
振り下ろした竹刀が、一瞬だけ熱を持つ。
次の瞬間、じわりと黒く焦げた。
「やっぱ、気のせいじゃない……」
一回目で違和感。
二回目で焦げ臭さ。
三回目——振り下ろした時には、竹刀は炭になりかけていた。
⸻
体育の時間。
「近くにいるやつとペア組めー!肩慣らしにキャッチボールだ」
「……組む?」
「そうだな」
偶然、近くにいた静紀とペアを組む。
大和は軽く肩を回しながらボールを手に取った。
「いくぞー」
「……うん」
大和は、いつも通りの感覚で投げた。
軽く。
本当に、軽く。
――そのはずだった。
空気が裂ける音。
次の瞬間、ボールは静紀の横を“すり抜けて”いた。
ドゴッ!!!
鈍い衝撃音。
振り返った先、壁にめり込むボール。
ひび割れが、ゆっくりと広がっていく。
沈黙。
「……は?」
大和が固まる。
静紀は——何も言わない。
ただ、ボールが消えた軌道をじっと見ていた。
「いや、今のは……」
「……」
「ちょっと力入っただけで」
「……」
静紀はゆっくりと視線を大和に向ける。
驚きも、怒りもない。
ただ——
ほんの少しだけ、空気が冷えていた。
⸻
昼休み。
机の上。
「……それ」
静紀の視線の先には、黒く焦げた消しゴム。
「なんで溶けてるの」
「知らねぇよ」
「さっきからずっと熱い」
「……俺が?」
「それ以外に何があるの」
静紀の声は静かだった。
だが、体育の時よりわずかに棘がある。
大和は少したじろぐ。
「……悪い」
「別にいい」
即答。
——でも、全然よくなさそうだった。
静紀は小さく息を吐く。
「……神力制御用のブレスレット、付けてないの?」
「なんだそれ」
その瞬間、静紀の動きが止まる。
一拍。
空気がわずかに張る。
「……支給、されてない?」
「されてない」
「……あ」
静紀は納得したように目を伏せた。
⸻
(夜会にて)
「あっ!これ新人用ブレスレット!!」
「急にデカい声出すなよー、長谷部」
机の端に、ぽつんと残る翡翠の紐。
それを見て、長谷部と山手が同時に固まる。
「……昨日、渡し忘れたわ」
⸻
「……放課後、もらいに行かなきゃね」
静紀がため息混じりに言う。
「そうなのか?」
「今のままだとダメでしょ」
「そうだな」
炭になった竹刀と、焦げた消しゴムを思い出し、大和は頷いた。
⸻
放課後。
夜会で受け取った小箱。
中には、翡翠のブレスレットが収められていた。
「じっとしてて」
「はいはい」
手首に巻かれる。
その瞬間、熱がすっと引いた。
制御しきれなかった神力が、静かに沈む。
「……お、すげぇ」
「本当は昨日もらうはずだったんだけどね……」
「遅すぎだろ」
⸻
翌日。
「……あ」
消しゴムの端が、また黒くなる。
大和がそれを見つめる。
「意味あるのかこれ」
静紀は小さく息を吐いた。
「……あるよ、一応」
呆れたように。
⸻
放課後の廊下。
並んで歩く二人。
静紀は何も言わない。
大和も、何も言わない。
ただ——少しだけ距離が近い。
少しずつ日常が変わっていく。




