2.パパからの手紙
仕事から帰ってきて、郵便受けを覗いたとき封筒を発見した。
裏面を見ると、拙い字で「りく」と書いてあった。
どうして?陸は死んだはずなのに。
何かの間違いじゃないのか。
「それは正真正銘間違いなく陸くんからの手紙ですよ」
天使が現れた。
「私がお届けしたのです」
天使はにやっと笑った。
俺はただ呆然として天使を眺めた。
「あ、あなた方の世界では、天使と呼ばれている者です。以後、お見知りおきを」
天使が礼をする。
「どっどうして、天使が、俺の前に」
「陸くんがあなたに対して何を感じていたかが、その手紙の中に書いてあるのです。知りたくないですか? 陸くんが何を感じていたか」
天使は一方的に用件を話す。
「俺の話を聞けよ」
「あ、すみません。私は忙しいのであなたの話を聞いている余裕はないのです。陸くんの手紙を読んだら、あなたは陸くんに手紙を書いてください」
「どうして」
「言いたいことがありますよね。言わなくてはならないことが」
天使は顔を近づける。
「謝りたいのではないですか?」
「謝っても、陸は戻ってこない」
「ええ、謝っても陸くんは戻ってきません。それでも、許しを請いたいのではないですか?
今、あなたは罪悪感でいっぱいです。手紙を書けば少しはすっきりするのではないですか?」
「・・・」
「陸くんに手紙を渡しますよ」
天使は穏やかな笑みを浮かべる。
「書いていただけますか?」
震える指で、封筒から手紙を出し、それを読んだ。
そして筆を執った。
陸へ
陸が俺の事を気遣ってくれていたこと。
手紙で伝えてくれるまで知らなかった。
子どもなんて何も考えていないと思っていた。
でも子どもにもちゃんと気持ちがあって考えがある。
陸が何を考えているか分からなかった。
ずっと。
陸はただ謝るだけで、陸がどんなことを考えているかなんて知ろうとも知らなかった。
そのころの俺は陸の気持ちなんか考える余裕なんてなかった。
ただ言うことを聞く陸に気持ちよさを感じていた。
自分のことが受け入れられた気がして。
陸が言うことを聞くことで、陸が俺は間違っていないと認めてくれた気がして、嬉しかった。
俺は正しいのだと。
だから何をやってもいいと勘違いしていた。
そして俺は陸の心を踏みにじった。
陸がこんなに俺の事を愛していたんだと知ったら、暴力なんてふるわなかったかもしれない。
八つ当たりしてごめん。
もう今更謝ったって遅いよな。
本当はな、俺は寂しかったんだ。
寂しいのを寂しいと言えたら、どんなに良かったんだろう。
俺は寂しいと言えなかった。
誰かに認めてもらいたくて仕方なかった。
誰かに抱きしめて欲しかった。
俺も陸と同じ子どもだったんだって、後から気づいた。
こんなこと誰にも言えなかった。
ママにはとても。
ママとは関係が悪くて、とても言える雰囲気じゃなかった。
だからそれを求めてしまったのかもしれない。
一番身近な、陸に。
こんなダメな自分を愛して欲しかった。、
陸が俺たちみたいな親を愛していたと知ってとても驚いた。
陸にとっては世界に一人しかいないママとパパだもんな。
そのパパにひどいことされて、それでも愛し続けるって凄いよな。
子どもにしか出来ないことなんだろうな。
陸は凄い。
今更分かっても遅い。
本当は死ぬ前に知れたらどんなによかっただろう。
本当は陸が俺たちを愛するのではなく、俺たちが陸を愛さなければならなかった。
こんなふがいない父親でごめん。
育てられないなら、子どもなんて生むべきではなかった。
実はな、陸は望まれて生まれた子どもじゃなかった。
俺たちが結婚したのは、できちゃった結婚だったんだ。
本当は結婚なんてするつもりじゃなかった。
でもママが生むって言うから、俺も子どもを育てる覚悟をした。
陸が生まれたとき、可愛いと思った。
陸をこれから愛情を持って育てていこうと希望に満ちていたころも確かにあったんだ。
でも仕事が上手くいかないことや金銭問題で、次第に陸がいなければいいと思うようになった。
陸さえいなければ、もっと身軽になれるのに。
お金が陸を育てるのにかかる。
分かりきっていたことだった。
子どもを育てるにはお金がかかると分かりきっていたことだったが、自分の稼いだお金が、陸にすべて持っていかれるのはやるせない思いがした。
その時期、ママも育児ノイローゼになり、実家に帰ることが多くなった。
どうしたらいいか分からなかった。
どうしてこんなに一気に災難が降りかかるんだ。
仕事が終わっても家に帰りたくなくて、居酒屋で飲むことが増えた。
陸と精神が不安定なママを一人家に置いてきぼりにしていることに罪悪感があった。
本当は、家に帰り、助けてあげるべきなのだと思う。
そうしなければならない。
でも現実逃避したかった。
家に帰りたくない。
大丈夫だろうと思っていた。
なんとかなるだろう、と。
そうでもしなければ耐えられなかった。
せめて休みの日は陸とコミュニケーションをとろうと思った。
いつもそう思う。はじめは。
陸が笑いかけて「パパ」と呼んでくれるのが、何よりも嬉しかったはずなのに、最近はイライラして仕方ない。
笑いかけてくるのがうっとうしかった。
陸さえいなければ。
俺はもっと楽になれるのに。
陸に「笑うな」と言った。
おもちゃで無邪気に遊んでいる姿が気に入らない。
俺は陸のために辛い思いをしているのに、陸は無邪気にお絵かきとかおもちゃで遊んでいる。
何でお前は遊んでるんだよ。
遊ぶな。
お前も俺の苦しみをもっと味わえ。
おれは陸に手を上げた。
陸に馬乗りになって殴る。
「ごめんなさい、パパ」
陸が申し訳なさそうに謝る。
「もう遊ばないから。ぜったい」
馬鹿じゃないのか。俺は。
陸は悪くないのに。
「土下座して謝れよ。パパに誠意を見せろ」
背中に足をのぜ、無理やりに土下座させ、しばしの優越感に浸る。
親は子どもに対して絶対の権力者だ。
陸を生かすも殺すも俺次第なのだと。
仕事では怒られてばかりの俺も、陸に対しては上の立場になれる。
それが楽しくて仕方なかった。
陸を殴るときは、最初は陸が言うことを聞かないときだけ殴った。
「しつけ」のつもりだった。
陸に遊ぶな、勉強しろと命令した。
今から思えば、無理な話だとは分かっていた。
あのくらいの子どもがじっとなんて出来るわけない。
でもその当時は、ただ許せなかった。
陸が遊んで笑っている姿が許せなかった。
俺の言うことを聞いて、真面目に陸が勉強しているのを見ていた。
朝早くに起きて、勉強している姿を。
陸は悪くない。
悪くないのに。
言うことを聞いているのに、俺は陸がそこにいるだけでイライラするようになっていった。
口実だった。
陸を殴る口実が欲しくなっていった。
適当な理由をつけて、陸を殴る日が増えた。
お願いだから、陸。思い出させないで欲しい。
陸さえいなければ。
すべては解決する。
いつものように、殴った後。
気がついたら、陸が謝らないことに気づいた。
目も閉じている。
そこで、俺は初めてまともに陸を見た。
やせ細っている。骨が浮き出て、見るからに痛々しかった。
今までどうして気づかなかったんだろう。
ずっと一緒に暮らしていたのに。
どうしてもっと早く気づかなかったんだろう。
陸はご飯を食べさせてもらっていなかったのか?
ママは知らなかったのか? 陸がこんなにやせていることに。
今日確認しなければ。
そして、服をそうっとめくってみる。
思わず目を背けたくなるくらい、たくさんのあざがあった。
自分が今までしてきたことを目に見える形で突きつけられると、急に罪悪感が襲ってきた。
今までなんて事をしてきたんだろう。
陸は手紙で俺に許して欲しいなんて言っていたけれど、許して欲しいのは俺にではなく陸にだった。
陸、ごめんな。
謝ってももう遅いけれど。
せめて、天国では幸せに。




