樹季先生
樹季先生は特に後遺症もなく回復しましたが、じぶんが教え子を襲ったとの自責の念から教師を続ける自身が持てなくなっていました。
そんなとことろへ訪れたのが俊です。
「やぁ、俊君すまないね。迷惑をかけた。君がいなければ僕はみんなを殺してしまっていたよ。」
「ちがいますよ先生。僕らを殺そうとしたのは縊鬼だ。妖はちょっとした隙間からでも人にとりつくことができることなんて先生が一番知っているじゃありませんか。」
「理屈はそうだが、僕は教師だ。君たちを守るのが役割だよ。妖に取りつかれるなんて教師としても術者としても失格なんだ。」
「じゃぁ先生は、僕らに困難があったら逃げろ!失敗したら逃げろ!とそう教えてくださる訳だ。」
「俊君、君はとても若いんだね。そこまでズバリと切り込んでくるとはなぁ。」
「だって先生。僕は悪者になってもみるくを悲しませたくないんですよ。」
「みるく君を。どういう意味だね俊君。」
「みるくが縊鬼からかすかに樹季先生の霊力を感じ取ったんです。けれどだれも樹季先生を疑う人なんていなかった。そう僕以外はね。僕はね、みるくのあの恐ろしいくらい敏感な力を良く知っています。おそらくみるく自身以上にね。」
樹季先生は黙って俊の言葉に耳を傾けています。
「樹季先生が妖に囚われた。そう確信した時ぼくがしたのは先生ごと妖を滅するために我が家に伝わる家宝、役小角の錫杖を借り受けることでした。」
「そのおかげで全員が助かったんだ。正しい判断だよ。」
「助かったのはみるくがいたからですよ。みことに聞いたんですよ。みるくは術を返される危険を冒しても樹季先生、あなたを助けようとしました。」
「みるく君が。そうだ確かに僕はあの時みるく君の言葉を聞いた。縊鬼に負けないで!ってね。それで僕は自分の身体から縊鬼を追い出せたんだ。」
「そうです、樹季先生たちが結界札の制御訓練をしている時、みるくは特別な人型を作っていたんですよ。縊鬼に取りついた人間を手放すように命令するためだけの人型をね。」
「あの人型よっぽどの霊力が込められていたらしく、人型が取り付いた部分だけ縊鬼の瘴気が薄れていました。そこを突くだけでよかったんです。縊鬼を倒したのは僕ではなくみるくなんです。」
「そうか、みるく君は僕を救うために努力してくれていたのか。」
「ええ、みるくは言葉が足りないので、みんなからは天然だと思われていますが、しっかりと本質を見抜く目を持っていますよ。さて、そのみるくが命を懸けて助けた先生は術者を辞めて何をする気なんですかね。」
「ククク、アハハ!まいったね。降参だよ俊君。わかった。本気で君たちを鍛えてやろう。俊君はよくわかっていると思うが皇学園では担任はひとりだけだ。中学1年生の時に決まった担任が卒業まで受け持つ。変更はない。師弟関係のようなものだ。それでいいんだね、」
「ええ、勿論ですよ。伝説の妖殺し。朱雀の鬼神。唯一御使いを持たない自ら鬼に変じるといわれる妖鬼どの。いえ、樹季先生のお手並み拝見しとうございます。」
「フン、縊鬼ごときに身体をうばわれたのだ、そのような名前くそくらえだね。」
「それが先生の地ですか?」
「まぁな。皇学園なんて坊ちゃん、嬢ちゃんの学校だからな。ちったぁ上品にしろとのお達しでなぁ。しっかし、いきなりオレに教師をやれと言われた時は驚いたもんだが、おもしれぇことになりそうだな。」
「まぁ、学園では今まで通りの樹季せんせいだ。俊君。わかっていますね。」
「もちろんですとも先生。僕は先生の教えを受けられればそれで満足ですから。失礼します樹季先生。」
「気を付けてかえりなさいね。俊君」
すでに樹季先生は標準装備に戻っていました。
ようやく全員そろって退院したみるくたちですが、学園側としてはその功労と身心を休めるために5日間の特別休暇を与えました。
土日をいれれば一週間もお休みになるのですから、子供たちは大喜びです。
さっそく休暇の過ごしかたについて喧々諤々と議論しています。
「やっぱりさぁ。旅行だろ。どっかいこうぜ。」
「遊園地がいいー。」
「馬鹿か、一週間もあるんんだぞ。遊園地なんていつでもいけるじゃないか。」
「ねぇねぇ、大阪においで。うちあんないしたげる。」
「それなら信州もよいところだよ、」
「まぁまぁみんな元気ねぇ。そろそろおやつにしない。マコちゃんがタコ焼きが食べたいっていうから、タコ焼き器を買ってきたの。マコちゃん作りかた教えてね。」
「まかっしとき!大阪人やったらタコ焼き作られへん人はおらんからね。どんどん焼いたげるから、しっかり食べや。」
「わぁ面白そう、私もやる~。」
わいわいやっている所に、俊が帰ってきました。
「お帰り~。俊、どこにいってたの?」
「うん、休暇のことでちょっとね。君たちは休暇はどうするんだ?」
「それを相談してたとことなんだぁ。どっか行きたいよね。」
「そっかぁ、樹季先生が今回のお礼に島に招待してくれるっていうんだけど……」
「島ってどこにあるの?」
「うん、沖縄に近い場所にあるらしいよ。小さな無人島を先生の先祖が購入したから、管理人さんたちぐらいしかいないけれども、スキューバーダイビングもできるし、温泉もわいてる楽園だっていうんだよ。」
「よければ明日飛行機をチャーターするっていうんだけど、構わないかい?」
「飛行機をチャーターって樹季先生お金持ちなん。」
「いや、たぶん島には船着き場が整備されていないからじゃないかなぁ。小舟なら使えるけどね。」
「どっちにしても凄いでしょ。みんなそれでいいよな。」
守の質問に反対する人がいる訳もありませんでした。
それをきいて俊がにやりと嫌な笑い方をしたのに気が付いたのはみるくだけでした。
「ねぇ、みこと。なんか俊あやしくない?」
みるくの首筋からは同感とばかりに
「にゃぁー。」
という鳴き声がしたのでた。
チャーター機には大勢の人間が乗り込むことができません。
ですから御使いたちは、姿を消して同行しています。
飛行機の乗客は、だからみるくたち5人だけでした。
「俊君、樹季先生は一緒じゃないの?」
みるくが不思議そうに聞くと俊が
「先生はすこし事情があって、今回は同行できないんだそうだよ。でも大丈夫、5日後にはまたチャーター機が迎えにくるからね。」
あれ、みるくは考えました。
でもそれじゃぁ私たちは5日間、島に閉じ込められることになりますよね。
だってどこにも逃げ場がありません。
まるでサイコサスペンスの舞台のように。
そこまで考えてみるくはあわてて首をふりました。
いくらなんでも考えすぎです。
縊鬼はもういなくなったんだし、そんなに妖にばかり遭遇する筈ありません。
みるくが表情をわかりやすく次々に変化させていくのを、俊は面白そうにみていました。
ありがたいことに小さな機体ではありましたが、それほど激しい揺れにも遭遇せずに、みるく達一行は、南端に位置する大きな建物に設置された飛行場に辿りつきました。
クルーたちはこのまま沖縄でのんびりして、5日目に迎えにくるといって去っていきましたが、なぜこの場所でのんびりしないのかを問い詰めるべきでした。
わずかお茶の1杯すら飲まないで、早々に飛び立つ理由もです。
飛行機からおりたみるくたちを出迎えたのは、執事服を着こんだ堂々とした壮年でした。
同じ執事でも九鬼さんとはずいぶん雰囲気が違います。
「お疲れ様でした。俊さまご一考でいらっしゃいますね。」
「はい、僕たち全員で10名になります。よろしくお願いします。」
俊の挨拶に5人しかいないことなどまったく気にする様子もなく、執事は先に立って建物へと案内していきます。
さすがにその様子に守と拓が眉を顰めました。
「俊、僕らは休暇で来ている訳じゃぁないのかい?あれはどうみても式神だろう。」
「樹季先生は御使いさまを使役しないからね。そのぶん式神を使うのでしょう。どちらにしろもう来てしまいましたからね。」
にっこりとする俊の笑顔に守も拓も心の中で毒づきました。
おめぇみたいな腹黒を信用したのが間違いだった!せっかくの休暇を返せ!と……。
大きな建物だったので、中には温水プールもあれば温泉施設もあります。
庭には南国の花々が咲き競い、美しい鳥が放鳥されています。
建物の南側はプライベートビーチになっていて、部屋から直接海に出ることもできます。
リゾートホテル顔負けの施設ですし、樹季先生の式神たちがかいがいしく働いています。
「すごいなぁ~。あれだけの式神を自在に動かすなんて、いったい樹季先生はどういう人なんだ!」
さすがに皇学園で学んだおかげで、術者の力の大きさ位は感じとれるようになっていましたから、その衝撃は大きなものでした。
「樹季先生は純粋にお礼の意味で僕らを招待したんじゃないか守。ぼくらちょっと考えすぎたようだね。」
拓は朗らかにそういいますが、守は納得できませんでした。
なにしろ俊という人間を拓よりもずっと知っていたからです。
それに反して女の子たちは、豪華な設備にうれしそうに歓声を上げています。
その無邪気な様子に、女ってお気楽でいいよなぁと守はしみじみおもうのでした。
みるくやマコが襲われれば、自分達が守ってやればいいかと思い返して、気持ちを落ち着けています。
「ねぇ、みるく。水着もってきたやろ。さっそく泳がへん。」
「ダメだよマコ。まずはお部屋に案内してもらって、ちゃんと荷物を片付けなきゃ。それに今日は遅いよ。夕飯を食べてお風呂にはいったらすぐに寝る時間になっちゃう。後でお風呂いっしょに入ろうよ。」
「しゃぁないなぁ。それでボーイさん。うちらの部屋はどこなん。」
それぞれひとりづつ式神が付いて部屋に案内してくれました。
30分後には食堂にあつまって一緒に食事をすることになっています。
みるくのお部屋はオーシャンビューで、美しい夕日が海に沈んでいくのがみえました。
「きれい。」
みるくは夕日が名残惜し気に最後の光を瞬かせるまで、ぼんやりと海を眺めていましたから、約束の30分がとっくに過ぎて、しかも誰も迎えにこないことに気が付いていませんでした。




