56話「名医」
下の方が騒がしくなって、10いや15分ほど経っただろうか?
「遅くなってしまい申し訳ありません。」
ヘレナが純白の白衣を着て現れた。
「ヘレナ!待ってたよ!」
シリルが歓喜の声で叫んだ。
「お母様。大丈夫でしょうか?アル様とエマ様は。」
シェーリーンが実の母であるヘレナに声をかけた。
「リン!ああ、そうだね。今から確認するところさ。」
ヘレナは落ち着ききった声で話した。
「うふふ⋯相変わらずエドは完璧ね〜。自慢の息子だわ。」
ヘレナはアルとエマの様子を確認し、そう呟いた。
ヘレナは厳しいことで有名らしい。
なんでも口癖は「人の命を預かる医術に不備があってはならない」だそうで。
あのヘレナがエドをここまで褒めるとは驚きだ。
「そうね⋯あの薬を試してみるか⋯」
あの薬とは何なのだろうか?
ヘレナはたくさんある戸棚の中の、ひときわ薬が詰まった棚の前で足を止め、戸棚を開けていくつかの薬を取り出した。
そして、その戸棚の下から、先程の薬を投与する魔道具の柔らかい管と針を2つずつ取り出した。どうやらその2つだけは使い捨てらしい。
「これをこのくらい入れて⋯あれをこうして⋯ここをこうして⋯」
ヘレナは大きなすり鉢のようなものを2つ準備し、その中に丸まった錠剤を同じ個数ずつ入れていく。
使っている錠剤は6種類だろうか?
それによくわからない透き通った水のような液体が瓶に2つ置かれている。
「ヘレナ。その薬はなんだい?」
シリルが気になり、聞いてみた。
「私が得意な治癒魔法は怪我や疲労回復にしか使えないので、今回は薬を使おうかと思いまして。」
薬の効果や名前は言わない。ヘレナらしい。
「もう一度聞こう。その薬はどんな効果があるんだ?」
シリルはヘレナが効果を言わないので、こんな得体の知れないものを可愛い弟妹に使わせるものかと思い、もう一度聞いた。
「解熱、そして魔力を溶かすもの。あとは⋯人は呼吸というものをしていますよね?それは体の中の管のようなものを通しているのです。それを少し広げる効果があるものを。あとは栄養補給用に。それくらいでしょうか?」
ヘレナはわかりやすく説明してくれた。
「なるほど⋯」
シリルは納得した。
「あの、ヘレナさん⋯疑問なのですが、その2つの小瓶に入った透明の液体はなんですか?」
キースが質問した。
「ヘレナでいいですよ。これはですね、少々味が苦いので甘くするシロップですよ。果物から作ったのでご安心を。」
なんとヘレナは双子の薬の味のことまで考えていたのだ。
ここまで気が回る者はなかなかいない。
「そうなのですね!ありがとうございます。でも、ヘレナさんって呼ばせてください。尊敬する方なので。」
実はヘレナは史上最年少で宮廷医師の筆頭になり、かつ史上初の女性宮廷医師なのだ。
医術を学ぶ者なら世界中でその名を知らぬ者はいないほどの超有名人。
キースにとっては憧れの人物なのだ。
「尊敬か⋯私はそんなに尊敬されるような人ではないわよ⋯」
ヘレナは一瞬調合の手を止め、自分を卑下した。
「そんなことを言わないでください!」
キースは叫んだ。
「私はね、若い頃戦場を駆け巡っていたの。その中で救えなかった命なんてたくさんあるのよ。直しきれなかった人もたくさん見てきた。この歳になって尊敬だのどうのこうの言われるけれどね、私はね単純にね、これ以上救えなかった命を増やしたくないだけなのよ。」
救えなかった命──
この一言にヘレナの過去が凝縮されているようだった。
「ヘレナ!何を言ってるんだ?君は名実ともに名医だろう?アルとエマが元気なのも君の手腕があってこそじゃないか!」
今までルーカスとともにキースの背後で黙っていたが、シリルは我慢できなくなって言った。
「ありがとうございます、殿下。」
ヘレナは調合をしながら返事をした。
僅かだが、その声が震えていたのは気のせいではないだろう。
だが、一番気になってしまうのが、ヘレナの横で涙目になって、涙を流さまいと瞬きをやめ、必死にこらえているシェーリーンだ。
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