53話「入れ替え」
「エド。瓶の中空っぽだよ。」
シリルが瓶の中が空になっていることに気づいた。
透明の瓶だったから、残量が一目でわかる。
「本当ですね。リン、エマ様の方をお願い。」
エドとシェーリーンは慣れた手つきで針を抜き、器具を解体し始める。
「呼吸器外す?エド。」
シェーリーンは聞いてみた。
容態が安定しており、さっきよりも体温が下がっているので問題ないのでは、と判断したらしい。
「だめだ。まだ不安定。師匠が来られるまでは外さないでおこう。それに意識がない。」
最終判断はヘレナに委ねるようだ。
「そうね。」
シェーリーンも頷いた。
ヘレナに絶対的な信頼を寄せている2人だからこそできる判断なのだろう。
「聞こえるか〜?」
そんなやり取りをしていると、ベアトリクスから連絡が飛んできた。
皆は道中で何かあったのかと不安になった。
「情勢が一気にこちらに傾いた。もう私がいなくとも問題はない。なので、転移魔法で学園まで飛ぶけど、帰りはヘレナがいるので転移魔法を使える自信はない。だから飛行魔法で飛んでいく。順調に進めば30分以内に向かえると思う。」
今からヘレナを迎えに行くようだ。
「ねぇリン。ここを任せる。」
エドがいきなり突拍子もないことを言いだした。
「何言ってるの?」
皆は唖然とした。
「師匠を連れてくるんだろう?なら僕は学園にいたほうがいい。」
何を言っているのかわからない。
「どういう意味なの?」
シェーリーンは問いかけた。
「離宮の医療器具は極秘だ。だから味方のけが人は学園の医務室に行くだろう?おそらくそこで指揮を取っているのは師匠だ。師匠がいなくなってみろ。助からない命が出る可能性が高い。それに医務室の先生は師匠だけだ。医術の先生を動員したとしてもたかが知れている。おそらく先生は実践があまりない。師匠とは経験値が違う。だから僕が指揮を取る。リンは戦闘のセンスが皆無だからあの中を抜けてはいけない。」
至極真っ当なことだった。
「それなら行ったほうがいいけど、影や御者の身分じゃだめでしょう?」
シェーリーンは心配しているようだった。
エドは真っ黒のマントを脱ぎ捨てた。
「僕達影のマントの下は本当の身分の姿をしているんだ。だから僕は貴族の正装さ。」
エドは準男爵家ではなかったのだろうか?
「どういう意味だ?」
シリルが問いかけた。
「僕は両親が亡くなってから4歳で準男爵家の当主となりました。本当の名前はエドガー・フォン・ベネットです。ですが、もう一つ名前があるのです。エドガー・フォン・カトレイアです。僕は師匠の養子となっています。隠していて申し訳ありません。今後もエドと呼んでいただけると幸いです。」
エドガーはヘレナの養子だったのだ。
「つまりエドは、御者・影・馬の世話役・ベネット準男爵・カトレイア伯爵家の養子という5つの顔があったってこと?」
シリルは疑問げに尋ねた。
「そのとおりです。なので今回は、師匠の養子で医術に長けているという点を利用します。」
つまり、ヘレナの弟子で養子ならば、その場で指揮をとっても周りが信用してくれると踏んだのだろう。
「殿下!聞こえるか〜?ルーカスにキースも!」
ベアトリクスからの伝令が飛んできた。
「ヘレナが学園に来た騎士や魔術師の怪我人の指揮を取っている。今ヘレナがいなくなると困るらしい。事情が事情なので、ヘレナに説明したら向かうと言ったのだが、事情を知らない周りが反論してきてな。事情を説明しようにもできないので困っているのだ。」
エドの予想通りだった。
「やっぱり。」
エドは予想が的中したと言っていた。
「殿下、ペンダントをお借りします。」
シリルからペンダントを受け取り、話しかけた。
「ヘレナ様に変わっていただけますか?」
ヘレナに変わってほしいと頼んだ。
「少し待て。」
ベアトリクスは変わってくれるらしい。
「なんですか?」
ヘレナの声が聞こえた。
「師匠。僕です。僕がそっちへ向かいましょうか?入れ替わりましょう。」
エドはヘレナに伝えた。
「その声はエドね?エドなら大丈夫だと思うわ。重症者があまりいないから。でも、エドがこちらに来てからよ。そっちへ向かうのは。シェーリーンもいるし、あの方たちは大丈夫だから。」
あの方たち──ヘレナは周りに人がいるので、知られるのを恐れたのだろう。
「わかりました。向かいます。」
エドが返事をすると同時に通信は途切れた。
「では僕は行ってきます。」
エドは部屋を飛び出した。




