⑥空腹
四時間が過ぎた。
部屋の入り口付近で、体育座りをしている真一が、奈緒に目を向けた。
奈緒は部屋の奥で、背を向けたまま寝転がっている。
真一の視線は、時計へと移った。
まもなく正午。
「……お腹、空きましたねぇ」
真一は、さらに続けて言った。
「朝、何か食べました? 僕はバナナと、バナナチップスと、あとバナナジュース……」
「……猿かよ」
奈緒がボソリと呟く。
「でも、バナナには栄養が……」
「黙って」
奈緒の不機嫌な声に、真一の言葉は遮られた。
言いかけた言葉を飲み込んだ真一は、代わりに吐息を吐いた。
その数秒後、真一が叫んだ。
「あああぁぁーーっ!」
大きな声に、飛び起きる奈緒。
「うるさいって! 急に大声出さないでよっ!」
「た、食べる物、あります!」
「えっ……本当?」
真一が、一心不乱にゴミ箱を漁り始めた。
「これこれ!」
やっと取り出した物。
それは、バナナの皮だった。
「は?」
奈緒が眉根を寄せた。
「さっき、バナナの話をしたでしょう? それで思い出したんですよ。そういえば、皮をゴミ箱に捨てたなって」
「……マジかよ、コイツ」
奈緒は、呆気に取られた。
そんな奈緒に、バナナの皮を差し出す真一。
「半分、食べます?」
「食べるわけないでしょ」
「えっ、でも、貴重な食糧ですよ」
「いらないって!」
奈緒は、ハエを払うように手を振った。
「そうですか? じゃあ僕、食べますね」
真一はバナナの皮を、ハグハグと食べ出した。
奈緒はその一部始終を、嘔吐物を見るような目で見つめた。
「なんかもう……猿以下だね、あんた」
「しょうがないですよ。緊急事態ですから。でも思ったほど不味くないですよ。ちょっと苦いですけど」
ウンザリした奈緒は、元いた場所へと戻った。
さらに、三時間が経過した。
何もする事のない二人は、畳の上に寝転がるだけだった。
真一の提案で、懐中電灯は消してある。
電池の消費を防ぐためだ。
パチリ。
その懐中電灯を、真一が点けた。
「あの……」
真一が半身を起こし、奈緒に問いかけた。
「寝てるんですか?」
「寝てない」
真一に背を向け横になる奈緒が、面倒くさそうに答える。
「そろそろ、お名前、教えて頂けませんか?」
真一を無視するように、奈緒は欠伸をする。
「お互いの名前くらい知らないと、コミニュケーションが取りづらいじゃないですか」
「別に、私はあんたとコミニュケーション取りたくないんだけど」
「でも……」
「しつこい!」
奈緒が怒鳴った。
真一は仕方なく、沈黙する。
しばらくして、奈緒は観念したように、半身を起こした。
名乗らなければ、きっとまた真一が訊いてくると思ったからだ。
「……奈緒。白石奈緒。十九歳。これでいいですかー?」
奈緒が投げやりに言う。
真一は満足したように、微笑んだ。
「奈緒さんですか、良い名前ですね」
「はい、どーも」
奈緒は無表情で答えると、テッシュで顔の汗を拭った。
「それにしても、本当に蒸し暑いですよね。僕も汗っかきなんで、シャツが身体に貼り付いて……」
真一は言いかけて、言葉を詰まらせた。
奈緒の濃いメイクがとれて、素顔が露わになったからだ。
キリッとした、芯の強そうな瞳。
形の良い鼻筋、魅力的な唇。
日本人ばなれした顔立ちは、まるでハーフのようだった。
真一は呼吸を忘れ、見惚れた。
こんな美人を見た事がない。
犯罪者のような目で近づく真一に、奈緒は警戒した。
「えっ、ちょっ、何?」
「奈緒さんて、もしかして芸能人の方ですか? モデルとかやってます?」
「はあ? やってないけど。てか顔が近いって、キモい! 離れろ!」
「ああっ、すみません!」
真一は身を引いた。
しかし、それにしても美人だ。
なぜ、ガングロメイクなどするのだろう?
勿体無い。
真一は、そんな事を考えながら、首を傾げた。
真一が元いた場所に戻ると、珍しく奈緒から話しかけてきた。
「……親、いなくて良かったね」
「えっ?」
「あんたの親、旅行に行ってるんでしょ? 山崩れに巻き込まれなくて、良かったねって言ってんの」
「確かに……」
真一は、神妙な面持ちで頷いた。
奈緒は、話を続けた。
「私達は土に埋まっちゃったけどね。こんな事になってるの知ったら、ビックリするだろうね、あんたの親」
「そうですね……」
真一は相槌を打ちながら、奈緒を見た。
「奈緒さんのお父さんとお母さんも、奈緒さんがこんな状況にいる事を知ったら、さぞ心配するでしょうね」
その時、奈緒の表情が固まった。
顔を伏せ、一点を見つめた。
明らかに表情が曇っている。
「あれ、奈緒さん? どうかしました?」
「ん……別に……」
つづく……




