⑦酸欠?
例えるなら、音も光も届かない、深い深い洞窟。
地上から切り離された、別世界。
そんな場所に、二人の男女が閉じ込められて、もうどれくらい経っただろうか。
真一が、消していた懐中電灯を点ける。
無機質に、無感情に、一秒一秒を刻む時計。
それを手に取り、確認する真一。
時刻は夕方、五時過ぎだった。
おもむろに、真一が立ち上がる。
横になっていた奈緒が、チラリと見上げた。
真一は壁に耳を当て、外の様子を伺った。
微かな物音も聴き逃さないよう、目を閉じ耳に集中した。
だが、何も聴こえない。
あんなにうるさかった、蝉の鳴き声さえしない。
それほど深く、土砂に埋もれてしまったのだろうか。
真一は顎を触りながら、考えを巡らせた。
「……んん?」
ある不安が、沸き起こる。
「もしかしたら……でも、どうだろう……?」と、くぐもった声で独り言を呟いた。
奈緒が、半身を起こす。
「なに一人で、ブツブツ言ってんの?」
「あ、いや、もしかしたら僕達、酸欠で死んじゃうのかもと思って……」
奈緒が、大きく目を見開いた。
「えっ、何で?」
「土砂に埋もれて、密閉されているからですよ。この部屋の広さだと、もって一日……? でも天井に隙間がありますから、屋根裏の酸素も合わせると、二日……?」
「うそ、マジで?」
奈緒は不安そうに、壁や天井に目を配る。
「もし息苦しくなってきたら、その可能性は高いですねぇ」と真一。
「なにそれ! 私達、超ピンチじゃん!」
「はい。なので、早く救助が来てくれると有難いんですけどね」
そう言い終えると、真一のお腹が、グゥと鳴った。
「はあ……でも今は、空気よりも、食べ物が欲しいです」
真一は、バナナの皮を全部、食べてしまった事に後悔した。
貴重な食糧。
少しずつ、大事に食べれば良かった。
そんな真一とは対照的に、奈緒の方は、そこまで空腹感は無かった。
もともと少食な上、コーンポタージュの缶には粒も入っている。
僅かだが、食事が取れていたのだ。
真一は何かないだろうかと、薄暗い部屋の中を、キョロキョロと見回した。
奈緒の側にあるティッシュ箱に、目が止まる。
ティッシュに、醤油をかけて食べようか。
いや、お腹が痛くなりそうだ。
真一が悩んでいると、不意に、ある映画を思い出した。
「そう言えば……こんな映画がありましたね」
奈緒は返事をしない。
だが真一の発言には、耳を傾けていた。
「実話を元にした映画なんですけど、雪山に飛行機が墜落して、生存者がずっと救助を待っている話です」
すると真一は、不気味な笑みを浮かべて、奈緒を見つめた。
「その人達、食べる物が何もないのに、どうやって生き残ったと思います?」
「知らないよ……鳥でも捕まえたんじゃないの?」
真一はニヤニヤしながら、かぶりを振った。
「飛行機が墜落した時、亡くなった人もいますよねぇ……」
だから何、と言いかけた奈緒が、ハッとして言葉を飲み込んだ。
「……え、まさか」
「そのまさかです。亡くなった人を……いたっ!」
奈緒がテッシュ箱を、真一に投げつけた。
「聴きたくない、気持ち悪い!」
「いやいや、この状況ですからね。ふと、その映画を思い出して……」
すると奈緒が、今一度、ハッとした。
「……え? ちょっと待って! あんた、まさか」
「はい?」と真一。
「まさか、私を殺して食べる気?」
「いやいや、そんな事するわけ……」
奈緒は落ちていたボールペンを拾い上げた。
握りしめると、先端を真一を向けて威嚇する。
「近づいたら刺すよ! 両目つぶすから!」
「いや、大丈夫ですって」
真一が一歩踏み出すと、奈緒は右手に持ったボールペンを振り回した。
「来んなって! サイコ野郎! 死ねっ!」
「うわっ、危ない!」
怖くなった真一は、部屋の入り口付近へと撤退した。
しばらくの間、奈緒はボールペンを強く握りしめ、真一を睨み続けた。
つづく……




