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ACT. 3

「相変わらず状態は完璧だったな。『彼女』の獲物に秘密があったりしないのかい、ええ?」

数時間前にティファレト地区の中央街区に現れて倒された異形の怪物は、漸く''然るべき所''へ引き渡された。

その査定リストをペンでコツコツと叩きながら、闇商人ヘンデルは上機嫌に尋ねてきた。

「どうかな......?そもそもレディ・シアノアなんて、実在するかも怪しいじゃん。っていうか、私は別に彼女の取引相手なんかじゃないっていつも言ってるでしょ?」

愛想笑いを浮かべながら、私はヘンデルに誰でもできるような返事を返す。

「しらばっくれちまってよォ......二十年近くここでお前らのブツを引き取ってるが、こんな仕事が出来る奴は見た事無ェ。今度聞いて見てくれよ。何かすげェ秘密を隠してんじゃねーか?」

「無いと思うけどね......ヘンデルは、レディ・シアノアが錯律痕ミスティグラム使いだって思ってるんだ?」

「まぁな。一度郊外で錯律痕を使うって奴の部下と仕事をしたが、アレも大層現実離れした話だったしなァ...。」

「それ、いつの話?」

「あァ...?ありゃ確か......。」

右手に握られたスキットルを指の腹で叩きながら、ヘンデルは記憶を掘り起こそうとする。

考える時の癖なのか、その目線は無意識にぐるりと左上を向いた。

そこでヘンデルは、視界の端でにこやかに微笑んでいる自らの娘に気がついた。

「遅い!!いつまで話してんのさ!」

娘は父親が気付いたと感じるや否や、手元の端末でヘンデルの頭をはたきながら叱りつけた。

「カーサ...!店のモンを粗末に扱うんじゃねぇ!」

「父さんこそ!貴重なカウンターを雑談スペースに使わないでくれる!?長いんですけど!」

「バカ野郎、しごっ...仕事の話だ!コイツの取引相手の腕を見込んで、誰もやりたがらんが難しいヤツを紹介してやろうとだな...!」

「む......。本当なんでしょうね、琳洞さん?」

父親に向けていたカーサの疑惑の視線がそのままぐるりと私の方へ向けられた。口調は優しいものの、その眼力の強さはさすが親子だなと言わざるを得ない。

「あぁ、ホントホント。こっちも新種の獲物の相場とか、色々聞きたい事があってさ。ついつい長話しちゃった。ゴメンね、もうすぐ空けるから!」

自然と身振り手振りが大きくなる自分が無様でならないが、カーサを怒らせるよりマシだ。

「......じゃあ頼みますよ?...父さんも!!」

最後に一際大声を出され、ヘンデルの肩がぴょいと跳ねた。あまりその渋い髭面で小動物めいたリアクションをしないで欲しいが...それはいいや。

「ま、何だ...お前さんに回そうとしてた仕事があるってのはホントさ。聞いてくか?」

ヘンデルに引き戻されるように、私のテンションも真面目なモードに戻った。

他に聞き出したい事もあったが、ひとまず『難しい依頼』の話を聞くことにした。

サラサラとペンを走らせ、依頼の受注方法と現状で公開可能とされた情報をメモしていく。

こういった闇市で請ける依頼は基本的に紙媒体でのみ取引され、電子的な管理は一切されていない。この段階では伝達ミスや余計な情報漏洩の起こらない最低限の支度をさせ、当日はクライアントの監視下にある『集合場所』にて、所定の手順を以て安全を証明する事により、初めて作戦概要が開示される事となる。

「ヘンデルから何か探りは入れた?」

「いいや止めといた。ヘマが出来ねぇ雰囲気がありやがったもんでな。どうも慎重すぎたんだ。」

「クライアントは公僕?」

「かもな。飼い犬を放つかはよく考えて決めな。」

お互い必要最低限の言及に留め、私は静かにカウンターを立ち去った。

最後の二言三言は、少し明るめにしながら。

ヘンデルとは仕事を初めた頃からのよしみで親切にしてもらっているが、そもそも互いの仕事や、その協力者についての噂話はご法度である。あくまでつい話が興じて長居してしまった仲介人を装ったまま、私は取引所近くの路地裏へ入っていった。

そして、角を曲がってすぐの壁にもたれる少年に声を掛けた。

「戻ったよ、琉彦。」

正確な年齢は知らないが、琉彦はこんな所で一人でいるには幼すぎる少年だ。

今日のところは誰にも怪しまれず過ごせていたのが表情から分かり、私はそっと胸を撫で下ろした。

冴蓮されんさん、おかえりなさい。上手くいった?」

「ん。ついでに明日の仕事が決まったよ。」

「やりましたね!それじゃあ帰りましょうか。僕、もう暗がりにいるだけで眠くて眠くて...。」

「ガキだねぇ......うわ、もうこんな時間か。」

琉彦と雑談を交わしながら、闇市を後にする。

レディ・シアノアの剣がかの龍にトドメを刺してから、実に六時間が経過していた。

泥臭くて忙しない、大立ち回りの舞台裏。

私の『琳洞冴蓮』としての人生は、レディ・シアノアの伝説を維持する影となりつつある。

でも、それでいい。

やっぱり、レディ・シアノアはこんな事をしないのだから。

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