第十話_朝日と血の雨
空を割るような一閃が、すべてを終わらせた。
二つに分かたれた伝説の巨躯が、左右に分かれながら地上へと崩れ落ちていく。
その凄まじい衝撃は、街の地盤を揺るがし、立ち上る土煙は中央広場を一時的に覆い尽くした。
その間を縫うように、一人の男が静かに着地する。
清十郎は、手にした刀を流れるような所作で鞘に収めた。
パチン、と。
鯉口を鳴らす乾いた音が、静寂に包まれた広場に響き渡る。
それを合図にしたかのように、広場を包囲していた連合軍から、喉を震わせるような勝鬨が爆発した。
土煙の向こうから、巨大なギガントバジリスクを従えたクラウハルトが歩み寄る。
その顔には、長年魔獣と対峙してきた将としての驚愕と、どこか清々しいまでの感服が混じっていた。
「…あのドラゴンを、これほど鮮やかに。やはりお主は怪物だな。」
涼しい顔で、乱れた息一つ見せずに隣に降り立った清十郎へ、クラウハルトは心底呆れたように、それでいて深い敬意を込めて言葉を投げかけた。
クラウハルトへ「ギリギリでしたよ」と爽やかに返したあと、清十郎が振り返り、遅れて地上へと降り立った軍司令に笑いかける。
「完璧なタイミングでしたね、アーデルミノスさん。」
アーデルミノスはリザードホースの背から軽やかに飛び降りると、太陽のような快活な笑顔を返した。
「ふん、私とお前だからな!当然の結果だ!」
彼女は誇らしげに胸を張り、力強く頷く。
その瞳には、自身の極大の力と清十郎の神速の剣技が、寸分の狂いもなく噛み合ったことへの確信と悦びが溢れていた。
ふと見上げれば、空からは真っ赤な雨が降り注いでいた。
真っ二つになったドラゴンの死骸から噴き出した、膨大な量の血だ。
だが、その鮮血が清十郎たちの身を汚すことはなかった。
「ふふん、一滴も通さないわよ!」
シャゼルとマーベルが、周囲にドーム状の巨大な魔力結界を展開していたのだ。
降り注ぐドラゴンの血を透明な壁が弾き、周囲は不気味なほど赤い雨に包まれながらも、結界の内側だけは平穏な空間が保たれていた。
その結界の中で、A級冒険者パーティー『黒鉄の翼竜』のメンバーたちは、三者三様に得意げな表情で空を見つめていた。
最後の一撃こそ清十郎の手によるものだが、あの巨大な伝説を空の果てまで「追い詰め」、そして清十郎をあそこまでの高みへと「打ち上げた」のは、間違いなく彼らが考え出した対空中用の必殺技だった。
決戦前夜。
清十郎から持ちかけられた作戦会議の内容は、控えめに言っても常軌を逸していた。
「皆さんの対空中戦の技で、ドラゴンを始末しませんか?」
そんな無茶苦茶な提案に、当初は耳を疑った彼らだったが、清十郎という男の底知れぬ強さを誰よりも理解していたのは彼ら自身だった。
彼らは清十郎を信じ、これまで培ってきたそれぞれの技術を最大限発揮したのだ。
「やっぱり、私の『ヴィーナス・オブ・シャゼル with 清十郎様』は最強ね!」
シャゼルが自慢の杖を抱え、勝利の余韻に浸りながら胸を張る。
「いや、俺が清十郎の最後の跳躍を支えたんだ。これは『超龍撃墜斬』と呼ぶべき最強の技だ!」
ランドが大剣を地面に突き立て、譲らない姿勢を見せる。
「まてまて。俺の放った矢がすべての起点だろう?あれこそが『ブラック・シューティングスター改』。これこそが最強の名にふさわしい!」
リクラットもまた、弓を肩に担ぎながら鼻を鳴らした。
必殺技の命名権を巡って、早くも言い合いを始める三人の様子を見て、マーベルがやれやれと首を振りながら、静かに空を見上げた。
「…ともあれ、やったんじゃな。伝説を…。」
その言葉には、一人の老僧侶としての深い感慨が込められていた。
一方、激戦の傷跡が残る瓦礫の山から、四本腕の魔軍将フェルディナンドが、土埃を払いながら力強く這い出してきた。
そして、少し離れた場所で建物に激突していたメイルートとイルゼも、お互いを支え合いながら、ふらつきつつも歩み寄ってくる。
「…死ぬかと思ったわよ、もう!」
メイルートが愚痴をこぼすが、その瞳には強敵を打ち倒した高揚感が隠しきれずにいた。
「だが、これで作戦の最大の障壁は消えたな。」
イルゼが冷静に状況を分析し、戦場を俯瞰する。
中央の伝説、ドラゴンは堕ちた。
しかし、街の至る所には、まだ狂乱する魔獣の群れが数多残っている。
「全軍に伝えろ!」
アーデルミノスが、鋭い声で号令を下した。
「ドラゴンは倒した!だが、街を汚す害獣どもはまだ息をしている!根こそぎ刈り取るぞ!」
ジノーブス北部奪還作戦は、伝説との決戦から、血路を掃き清める掃討戦へと移行した。
朝日を背に受け、清十郎は再び刀の柄に手をかける。
この街に真の静寂を取り戻すまで、戦いは終わらない。




