第九話_空中戦
ジノーブス北部都市の中央広場。
その上空は、吐き気を催すほどの魔力と爆炎が渦巻く地獄の釜と化していた。
連合軍のワイバーン部隊は、凄まじい数で押し寄せる敵のワイバーンを強引に蹴散らし、中央に鎮座する巨躯――伝説のドラゴンへと肉薄する。
「ちょっと!揺れすぎよ!落ちたらどうしてくれんのよ!!」
ワイバーン騎乗兵の腰にしがみつき、叫び声を上げるのはメイルートだ。
彼女は激しい上下運動に翻弄され、今にも振り落とされそうになりながらも、その手から次々と巨大な火球を放つ。
放たれた焔は敵のワイバーンを正確に捉え、一撃ごとに黒焦げの肉塊へと変えて墜落させていく。
「メイルート、無駄口を叩く余裕があるなら手を動かせ!次が来るぞ!」
別のワイバーンに跨るイルゼが、冷静な声と共に杖を掲げた。
直後、指先から放たれた雷の槍が空を走り、死角から迫っていた三体のワイバーンを串刺しにする。
そして、その先頭を走るのは四本腕の魔軍将、フェルディナンドであった。
彼は二本の手で巨大なワイバーンの手綱を神業のごとき手捌きで操り、残る二本の手で握りしめた双剣を、まるで舞うように振るう。
「邪魔だ、退け!」
すれ違いざまに敵を両断し、時には自身のワイバーンの牙で敵を堕とし、文字通り空に血の路を切り拓いていく。
だが――。
ついにドラゴンが、地鳴りのような咆哮を上げた。
「グオォォォォォ!!」
広げられた翼は、それだけで空を覆う暗雲のようだった。
ワイバーン部隊による一斉攻撃が開始される。
リゼア、メイルート、イルゼによる高火力の極大魔法、そしてフェルディナンドによる超高速の剣撃。
しかし、そのすべてを叩きつけられてもなお、ドラゴンの鱗には傷一つ付かない。
それどころか、ドラゴンの無造作な尾の一振りで数騎のワイバーン兵が叩き落とされ、力強い羽ばたきが生む暴風によって、空軍の陣形は一瞬で崩壊した。
「…ッ、来るぞ!!」
フェルディナンドが叫ぶ。
ドラゴンの喉奥に、太陽のごとき熱量が収束される。
放たれたのは、巨大な火球。
イルゼとメイルートは瞬時に判断し、二人で魔力を合わせた防御術式を展開する。
だが、圧倒的な火力を防ぎ切ることは叶わない。
「きゃああああっ!」
「っ…!」
防壁ごと吹き飛ばされたイルゼとメイルートを乗せたワイバーンは、制御を失い崩れかけの建物へと激突した。
さらに、ドラゴンはその巨爪でフェルディナンドのワイバーンを鷲掴みにする。
フェルディナンドの乗る大型のワイバーンでさえ、ドラゴンの半分にすら満たない。
ドラゴンはそのまま、獲物をなぶり殺すかのように、地上の瓦礫へと力任せに叩きつけた。
激しい衝撃と共に土煙が舞い上がる。
地面に圧し折られたワイバーンの背から、どうにか這い出したフェルディナンド。
だが、ドラゴンの影が彼を覆った。
至近距離から、すべてを灰にする火球が直接吐き出されようとした、その時だった。
「――今だッ!」
戦場に響き渡ったのは、リクラットの鋭い号令。
地上から上空へと、矢が勢いよく斉射される。
「凍りなさい!」
シャゼルの氷魔法が放たれた矢の軌道に触れ、空中に「氷の足場」を瞬時に形成した。
「おおおおおっ!」
マーベルの強化魔法により、跳躍力を極限まで高めたランドが、その足場を蹴って高く舞い上がる。
だが、それでもドラゴンには届かない。
そう誰もが思った瞬間、ランドの後方からもう一つの影が飛び出した。
ランドの背を足場に、さらなる高みへと跳躍したのは――刀を高く振り翳した清十郎だった。
「「「「いけえぇぇぇ!!」」」」
A級冒険者パーティー、黒鉄の翼竜の面々が、喉が裂けんばかりの声で叫ぶ。
ドラゴンの頭上、空の頂点にまで達した清十郎が、無言で刀を振り下ろした。
――銀光が一閃する。
「ガアアアアアアアッ!!」
断末魔に近い絶叫。
ドラゴンの広げられた右翼から腰にかけて、深い斬撃が刻まれた。
噴き出す鮮血が雨のように地上へ降り注ぐ。
怯んだドラゴン。
そこへ、北側から瓦礫を粉砕して突進してきた影があった。
クラウハルトの跨るギガントバジリスクだ。
後方からドラゴンの肉に深く牙を突き立て、強引に地面へ倒し込む。
その背で、清十郎が鮮やかに着地した。
目の前で繰り広げられる巨獣同士の攻防。
ギガントバジリスクの牙がドラゴンの喉元を食い破ろうとした瞬間、ドラゴンは無傷の左腕で強引にバジリスクを引き剥がし、突き放した。
クラウハルトの騎乗する最大級のギガントバジリスクでさえ、ドラゴンの力には及ばない。
その衝撃でクラウハルトも吹き飛ばされ、清十郎と同様に地面に降り立つ。
「傷付いてなお、これほどの力とは…。ドラゴンとは何という生き物なのだ…。」
クラウハルトが悔しそうに呟く。
「…浅かったようですね。」
清十郎も悔しそうに刀を構え直す。
その時、怒り狂ったドラゴンが、ギガントバジリスクに向けて至近距離で火球を放射した。
「防げっ!」
駆けつけたシャゼルとマーベルが全力の防御魔法を展開し、どうにかその熱風を逸らす。
ドラゴンはその火球の反動と、残された左翼の羽ばたきで強引に空へと逃れた。
だが、空へ逃げようとしたドラゴンの巨躯が、一定の高度で停止する。
街全体を包む、魔王ローデウスによる不可視の結界。
ドラゴンは高度を落とされ、低空で苦悶に喘ぐ。
その時、清十郎の視界に、ワイバーン騎乗兵に巻きついたままのリゼアの姿が入った。
そして、その向こうからリザードホースに跨り、颯爽と現れた軍司令――アーデルミノスの姿を。
「リゼアさん!氷の足場を!!」
清十郎の叫びに、リゼアが呼応する。
彼女は残った魔力を使い、空中に等間隔で巨大な氷の塊を作り出した。
天へと続く、透き通った階段。
それを一気に駆け上がる清十郎は、アーデルミノスに声をかける。
「アーデルミノスさん、お願いします!!」
言葉はそれだけで足りた。
「任せろ!セイジュウロー!!」
アーデルミノスはリザードホースと共に高く跳躍。
さらに馬の背を蹴って空中で加速し、清十郎と同じ高さにまで到達する。
彼女は左手に巨大な氷塊を作り出し、右手に猛烈な炎を纏わせた。
清十郎がその氷塊に足をかけ、重心を沈める。
「――頼んだぞ、セイジュウロー!」
アーデルミノスが叫び、炎を纏った右拳で、清十郎が乗る氷塊を真上へと殴り飛ばした。
爆発的な推進力を得て、清十郎の身体が空の果てへと射出される。
崩壊したジノーブス北部都市の遥か上空。
喧騒も、悲鳴も、怒号も届かない。
ただ激しい風の音だけが響くその場所で、清十郎は静かに目を瞑った。
眼下ではドラゴンが怒り狂い、地面に向けて特大の火球を放とうと、その顎を大きく開いている。
清十郎は空中で、刀を握り直した。
呼吸を止め、雑念を捨て、ただ一点――世界の「継ぎ目」を見定める。
「仕舞いです。」
清十郎の身体が、流星となって垂直に落下した。
一閃。
それは、音よりも速く世界を断ち切った。
ドラゴンの咆哮が止まり、巨大な身体が真っ二つに裂け、鮮血が空を紅く染め上げる。




