第七話_西の双斧、北の地龍
ジノーブス北部都市の廃墟を舞台に、世界の命運を懸けた総力戦の火蓋が切られた。
瓦礫と砂塵が舞い上がる中、東西南北の各陣営は、異世界の魔王が放った魔獣の軍勢と真っ向から衝突する。
◇◇◇
街の西方。
かつての住宅街だった場所は、今や巨大な蜘蛛の巣が張り巡らされ、おぞましいポイズンスパイダーの群れと、瓦礫の底に潜むデスワームの巣窟と化していた。
「ひるむな!盾を並べろ!毒を浴びれば即、あの世行きだと思え!」
北部魔軍将ディゾルブが、背負った二本の巨大な斧を左右の手で同時に引き抜く。
彼の蛇脚魔族特有の下半身――太くしなやかな大蛇の尾が、荒れた石畳を力強く掴み、重心を低く構えた。
「将軍、正面から来ます!」
部下たちの叫びと共に、視界を埋め尽くさんばかりの蜘蛛が跳ねた。
兵士たちは、魔力耐性を施した重厚な盾を隙間なく並べ、迫りくる毒液の雨を迎え撃つ。
ジッ、と盾が焼ける嫌な音が響くが、北部魔軍の精鋭たちは一歩も引かない。
「将軍、下からも!!」
その時、石畳が内側から爆ぜた。
巨大なデスワームが、数人の兵士をまとめて飲み込もうと地中から飛び出す。
だが、ディゾルブはそれを予期していたかのように、蛇の尾をバネのようにしならせて、巨体に似合わぬ速度で横へと跳んだ。
「もたもたしてんじゃねぇよ、大ミミズが!」
着地した瞬間、身体を独楽のように回転させる。
遠心力と蛇脚の強靭な捻り、そして自身の膂力のすべてを乗せ、二本の巨斧を交差させるように振り下ろした。
その一撃は、デスワームの硬い外皮を紙のように切り裂き、その巨躯を断ち割って肉片へと変えた。
すぐさま、ディゾルブは前方から群がるポイズンスパイダーの群れへと向き直る。
彼はあえて盾の陣形の外へ、蛇の尾をうねらせて突き進んだ。
「お前ら、道を開けろ。…俺が叩き潰す!」
巨斧を振り回し、暴風のごとき連撃を繰り出す。
そのたびに蜘蛛たちの細い足がまとめて刈り取られ、粘つく緑の体液が噴水のように舞い上がる。
ディゾルブは蛇脚の柔軟さを活かし、上半身を急角度で捻りながら死角から迫る敵を次々と粉砕していく。
巨大な斧が骨を砕き、肉を断つ鈍い音が廃墟に響き渡る。
ディゾルブの戦いは、正に「重機」による戦場の解体作業であった。
◇◇◇
一方、北方の瓦礫地帯では、地竜将軍クラウハルトが戦っていた。
かつては魔王アマデウスの配下として南の森を守護していた彼は今、その誇り高き槍を異世界の脅威へと向けている。
彼の前を塞ぐのは、こちら側と同種の魔獣――だが、セルスの魔力によって凶暴化し、理性を失ったギガントバジリスクの群れだ。
「…悲しいな。誇り高き同胞が、このような傀儡に成り下がるとは。」
クラウハルトは、自身の愛龍であるギガントバジリスクの頭を優しく叩くと、瞳に冷徹な光を宿した。
「征くぞ。我らが真の『龍使い』であることを教えてやれ!」
彼が手綱を引くと、クラウハルトの愛龍が、空気を震わせる咆哮を上げた。
それは単なる威嚇ではない。龍族の階級を分からせるための、圧倒的な「王者の宣告」だ。
対峙する敵方のバジリスクたちが、その不可視の圧力に一瞬だけ怯みを見せる。
「今だ、貫け!」
クラウハルトは騎乗したまま、身の丈を超える重厚な長槍を構えた。
愛龍が地を蹴り、地響きを立てて敵陣へ突っ込む。
正面衝突の瞬間、彼は槍の重みを一点に集中させ、敵の足元を狙って深々と突き立てた。
槍から伝わる魔力が大地を揺らし、巨大な敵の足場が崩れ去る。
バランスを崩した敵の隙を逃さず、彼の愛龍が強靭な顎で敵の喉笛を食いちぎった。
「将軍!ワイバーンが降ってきます!」
随行するリザードマンの魔術師たちが、上空からの奇襲を防ぐべく、青白い障壁を展開する。
それと同時に、無数の火球がワイバーンを焼いた。
ワイバーン騎乗兵に結び付けられたリゼアの高火力魔法である。
防壁に弾かれ、炎に焼かれるワイバーンを尻目に、クラウハルトは一騎当千の勢いで敵陣を切り裂いていく。
槍を風車のように旋回させ、周囲に群がるローグベアの脳天を正確に、かつ重く撃ち抜く。
その動きには一切の無駄がなく、流れるような美しささえあった。
「我らが通った後に、魔獣の影など残さん。全軍、蹂躙せよ!!」
龍と人が完全に呼応し、敵をなぎ倒していくその姿は、長年魔獣に相対し、戦い続けてきた者だけが到達できる領域。
まさに地竜将軍の姿であった。




