第五話_決戦前夜
魔王アマデウスの死。
魔獣軍団とドラゴンによる、ジノーブス連邦北部領の壊滅。
そして、それらを背後で操る「異世界の魔王」セルスの出現。
宰相ジャミロクワイの口から語られた事実は、あまりに重く、あまりに絶望的だった。
広場を埋め尽くした数十人の冒険者たちは、言葉を失い、ただ押し黙るしかなかった。
今回のジノーブス北部奪還作戦は、もはや一都市の救済ではない。
この世界の命運そのものを懸けた、文字通りの総力戦なのだ。
ジノーブスに居座るドラゴンと魔獣軍団が、いつ次の街を、そして他の国を襲うのかは誰にも分からない。
そして一個人で厄災に等しい力を持つセルスも、いつどこに現れるか不明だ。
一刻の猶予もないことは、誰の目にも明らかだった。
しかし、ジャミロクワイの演説は、絶望だけで終わることはなかった。
「だが、案ずることはない。我らには二人の勇者、そして魔王ローデウス様がいる!この世界を異物に支配させてなるものか!」
その力強い締めくくりに、重く沈んでいた空気は一変した。
「そうだ、俺たちには勇者がいる!」
「魔王様だってついてるんだ!」
拳を突き上げる兵士、武器を鳴らす冒険者。
広場は瞬く間に、死の恐怖を塗り潰すほどの熱狂的な士気に包まれていった。
興奮冷めやらぬその広場に、軍議を終えたランドが戻ってきた。
「おう、ワスプ。他の奴らも久しぶりだな。」
大盾を背負い直しながら、ランドが手を上げる。
「あぁ、久しぶりだね。ランド、アンタも無事で何よりだよ。」
ワスプが応じる中、マーベルが待ちきれないといった様子で杖を突き出した。
「で、ランドよ。ワシらは明日、どうなるんじゃ? どこの部隊に組み込まれる?」
「もちろん後方支援だがよ…。」
ランドはポリポリと頭を掻き、困ったような、あるいは諦めたような表情を浮かべた。
「ヤベェ部隊に配属されちまった」
「?」
リクラットが眉をひそめたその時、ランドの巨躯の陰から、ひょいと一人の男が顔を出した。
「こんばんは、皆さん。お元気そうですね。」
いつもの、穏やかでどこか胡散臭い微笑を浮かべた清十郎だった。
「セイジュウロー様ぁ!?」
シャゼルが頬を上気させ、歓喜の声を上げる。
一方で、リクラットとマーベルは、幽霊でも見たかのように口をあんぐりと開けて固まっていた。
「ま、まさか…。」
リクラットが震える声で言いかけたところで、清十郎は人当たりの良い笑みを深めた。
「明日はよろしくお願いしますね。」
気づくと、先ほどまで近くにいた『蒼銀の牙』の三人組は、影も形もなくなっていた。
脱兎のごとき速さで、清十郎の視界から逃げ出したらしい。
「セイジュウローは、遊撃将だからな。」
ランドが溜息混じりに説明を引き継ぐ。
「戦場を好きに動き回って、苦戦している各部隊を独断で援護する役回りだそうだ。」
「で…私たちも一緒に、なの?」
シャゼルが期待と不安の混じった顔で問いかける。
「ご指名でな。」
ランドのその言葉に、シャゼルは天にも昇る心地になり、リクラットは「やっぱりか」と言わんばかりに天を仰いだ。
清十郎は、少し離れたところで苦笑いしていたワスプに目を留めた。
「アナタもお久しぶりですね。どうです、ワスプさんも一緒に来ませんか?」
軽く散歩にでも誘うような口調だったが、ワスプは即座に首を横に振った。
「冗談じゃないよ。アンタと一緒に死線を潜るのは一度で十分だよ。命がいくつあっても足りやしない。」
「それは残念です。」
清十郎が肩をすくめると、ワスプの背後にいた『ライトニング』のメンバー、ロンとラスタが、心底安心したように胸を撫で下ろした。
少し間を置いて、清十郎は不意に表情を消し、声を一段と小さくして黒鉄の翼竜の面々に近づいた。
「実は、皆さんに一つ、個人的なお願いがあるんですが…。」
その低い声に、ランドたちも自然と身を乗り出す。
清十郎の瞳には、いつもの微笑の裏側に、鋭い「始末屋」の光が宿っていた。
◇◇◇
一方、ローデウス城から離れたアーデルミノスの城。
副将ジャブラから書状の内容を聞かされたリュウとモーフは、言葉を失い絶句していた。
「嘘だろ…。」
リュウが、冷や汗が流れるのも構わずに呟いた。
「…俺たち、本陣(ローデウス城)配属じゃなくて、本当によかったな。」
モーフもまた、戦慄を隠しきれずに無言で頷く。
書状に記されていたのは、単なる作戦の概要ではない。
これから自分たちが挑む相手がいかに常軌を逸した「化け物」であるかという、吐き気を催すほどに冷徹な事実だった。
揺らめく松明の明かりが、蛇脚の巨躯を震わせることなく直立するジャブラの姿を不気味に、そして雄弁に照らし出す。
「アーデルミノス様、セイジュウロー殿…ご武運を。」
ジャブラは、闇の向こう側に眠るローデウス城の方角を、射抜くような眼差しで見つめた。
世界を根底から揺るがす厄災が同じ空の下にあり、そして、その絶望を切り裂くべき英雄たちもまた、同じ空の下で死線を越えようとしている。
かつて数多の戦場を共にした主や友が、歴史に刻まれるであろう大戦へ赴こうとしている今。
武人として、その傍らに立てぬことに一抹の寂しさが胸をかすめる。
己の熱い血が、前線へと逸るのをジャブラは静かに感じていた。
だが、今は己に課せられた重責を果たすことこそが、彼らへの最大の献身。
「この地は、指一本触れさせはせん。」
ジャブラは自分自身に言い聞かせるように、そして遠き友への誓いのように、鋼の如き拳を静かに、だが砕かんばかりに握りしめた。




