閑話_船上での思い出話 part2
「で、どうするのよ。このまま冒険者ギルドに突き出す?」
東の森の広場で、メイルートが魔法の鎖に繋がれた少女を見下ろして溜息をついた。
目の前の少女は、何人もの冒険者を殺害してきた凶悪犯に相違ない。
だが、当の本人は縛り上げられたまま、まるで獲物を仕留めた時のような恍惚とした表情を浮かべている。
彼女にとって「殺し」は悪ではなく、ただの日常であり、至上の娯楽なのだ。
「ギルドに引き渡せば、良くて即座に処刑…最悪、見せしめのためにさらに悲惨な運命が待っている可能性もあるわね。」
「ちっ…こんなガキ、どうなろうと俺の知ったことじゃねぇが――。」
グレイは大剣の血を拭い、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「このデタラメな強さは…ここで腐らせるには惜しい。」
「そうね。なら提案なんだけど、この三人でパーティーを組みましょ?アンタらと一緒なら、他の無能な冒険者と組むより私の研究もスムーズに進みそうだし。」
「あ?俺は常に一人で十分なんだよ!」
即座に拒絶するグレイだったが、メイルートはくすりと笑い、彼を挑発するように目を細めた。
「そんなこと言って、一人じゃこの子に苦戦してたじゃない。」
「…強引な女だぜ。」
ぐうの音も出ない事実に、グレイは不貞腐れたように顔を背けた。
それが彼なりの、事実上の承諾だった。
メイルートは満足げに頷くと、拘束された少女の前に屈み込んだ。
「さて、お嬢さん。アンタは私たちに負けたんだから、これからは大人しく私たちの言うことを聞く。それでいいわね?」
「わかった。」
少女は驚くほどすんなりと頷いた。
「なっ…!?ほんとかよ。あまりに素直すぎやしねぇか?」
「本当にわかってるの?嘘ついたら承知しないわよ?」
念を押すメイルートに、少女は再び無機質に「わかってる」とだけ答える。
彼女の基準はシンプルだ。
「自分より強い者」に従うこと。
それもまた、野生の理なのだろう。
「ま、まあ…いいわ。ちなみに、アンタの名前は?」
「ガルーダ。」
こうして、一匹狼の剣士、野心溢れる魔導士、そして狂気の野生児という、歪で奇妙なパーティーが誕生した。
◆◆◆
月日は流れ、三人の名は「南の狂犬」として大陸全土に轟いていた。
彼らはS級冒険者として、主に凶悪な野盗や犯罪組織の討伐を好んで請け負った。
そして、一度狙った標的は、命乞いすら聞き入れず一人残らず皆殺しにする。
「アンタ…さすがに殺しすぎよ。昨日の奴らだって最後は泣いて許しを請うてたじゃない。あそこまでやる必要、あった?」
返り血で真っ赤に染まったガルーダに対し、メイルートが呆れたように問いかける。
「メイルートたちとの冒険、私好き。たくさん殺せるから。」
ガルーダは、子供のような無邪気な笑顔で答える。
「クズどもを殺す分にゃあ問題ねぇが、こいつのイカれた性格はいつになったら治るんだよ。」
グレイが溜息をつく。
だが、その声には以前のような拒絶はなかった。
彼らはいつしか、この歪な関係を心地よく感じ始めていたのだ。
だが、そんな均衡を時代の波が飲み込んでいく。
ジノーブス南部では、北の勢力に対抗するため、国を挙げた「勇者」の選定が始まろうとしていた。
そして、その白羽の矢が立ったのは、他ならぬグレイだった。
「やったじゃないグレイ!これでリゼアたちを見返せるわ!」
「勇者ってなに?美味しいの?」
酒場で祝杯を挙げる中、グレイに王城への召集がかかる。
しかし、城で彼を待っていたのは、屈辱的な条件だった。
「勇者よ、貴殿には本国が選りすぐった最高のエリート――魔法使い、僧侶、狩人と組んでもらう。貴公の格を上げるためにも、素性の知れぬ冒険者あがりではなく、本物と共に歩んでもらうぞ。」
評議会からの冷徹な命令。
グレイは渋々了承したが、それをどうしてもメイルートたちに伝えることができなかった。
だが、痺れを切らした本国は、非情にも手紙と手切れ金をメイルートたちの元へ送りつけてしまった。
「おい、待て!メイルート、それは…!」
怒りに任せて彼女たちの元へ駆けつけたグレイを、メイルートは冷ややかな、それでいて理解のある目で見つめた。
「いいのよ、グレイ。まあ、そんなもんでしょ。アンタはもう『勇者様』なんだから、仕方ないわ。気にせず行きなさい。」
メイルートはそう言い残し、ガルーダの肩を抱いて去っていく。
「…ねぇメイルート。これからは、グレイとはいられないの?」
「アイツは偉くなったのよ。アンタは、私の護衛として一緒にいてよね?」
寂しげなガルーダに笑いかけるメイルートの後姿を、グレイはただ見送るしかなかった。
胸の奥に、拭い去れない重いしこりが残る。
◆◆◆
新たなパーティーでの活動は、グレイにとって苦行以外の何物でもなかった。
王宮育ちのエリートたちは、連携や規律を重んじ、グレイの猪突猛進な戦い方を「品がない」「自重しろ」と非難し続けた。
「勇者様、もう少し周囲を見て動いていただけませんか?」
「ちっ、うっせぇな。敵を殺せりゃ何でもいいだろうが!」
溝は深まるばかりだった。
そんな中、大規模な盗賊団から村を守る依頼が舞い込む。
盗賊団は複数のワーウルフを飼い慣らし、数の暴力で村を包囲していた。
連携を重視するエリートパーティーがその物量に苦戦を強いられ、戦線が崩れかけたその時――戦場を二つの影が切り裂いた。
「さあ、皆殺しよガルーダ!爆炎の魔法!!」
空が灼熱に染まり、盗賊たちの拠点が火の海に沈む。
「なっ…!あの者たち、我ら勇者パーティーに被害が及んだらどうするつもりだ!」
僧侶が毒づく中、爆炎の中から一人の少女が飛び出す。
ガルーダと呼ばれたその少女は、異次元のスピードでワーウルフの首を次々と刎ねていく。
「ほら、アンタたちもさっさと大技連発してぶっ潰すわよ!!」
魔法使いの女性が叫ぶ声を聞いた瞬間、グレイの目の色が変わった。
その下品なほどに暴力的な戦い方。
その情け容赦のない殲滅の意志。
(…ああそうだ。これだ。これこそが、俺の戦場だ!)
「おもしれぇ…皆殺しだぁ!!」
グレイは仲間の制止を振り切り、勢いよく門を蹴破る。
「あら、なかなか威勢のいいバカがいるじゃない!」
笑いながら魔法を放っていたメイルートが、突っ込んできた男の顔を見て、さらにその笑顔を深める。
「どこのバカだと思ったら…アンタだったのね、グレイ!さあ、殲滅よ!!」
「はっ!俺に指図してんじゃねぇ!!」
三人の息は、数ヶ月の空白を微塵も感じさせないほどに完璧に噛み合った。
盗賊団は文字通り、この世から消滅した。
戦闘後、独断専行によって周囲を危険に晒したと糾弾する仲間や他の冒険者たちに対し、グレイは血塗れの大剣を肩に担ぎ、吠えた。
「文句がある奴はかかってこい!テメェらの言うことを聞く義理はねぇ!俺を倒せる奴がいるなら、いつでも勇者を代わってやるぜ!!」
その圧倒的な威圧感に、誰もが口を閉ざした。
グレイはエリートたちの証である紋章を投げ捨てると、待っていた二人の元へと歩き出した。
「意外と早かったわね帰ってくるの。」
「おかえり、グレイ。」
「…ああ、ただいまだ。」
こうして、南の勇者は、再び自らの「家」へと帰ってきた。




