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第九話_腕試し

「清十郎殿!」


魔王城の重厚な廊下。

アーデルミノスと並んで歩いていた清十郎が振り返ると、そこには地竜将軍クラウハルトが立っていた。

かつてアマデウスの地で死線を潜り抜けた男の姿に、清十郎はいつもの柔和な笑顔を浮かべる。


「お久しぶりです、クラウハルトさん。」


クラウハルトはアーデルミノスに対しても敬意を込めた挨拶を送ると、「あの森では世話になった」と改めて謝辞を述べた。

清十郎の視線は、クラウハルトの右腕――新たな義手へと向けられる。


「その腕、ビドラさんから聞きましたよ。素晴らしい出来ですね。」


「ああ、実にいい。馴染むまでに時間はかからんかった。」


義手を力強く握り込み、動作を確かめるように笑うクラウハルト。


「ビドラもお主に会いたがっていたぞ。」


「ええ、すでにお会いしました。今も、彼からお礼をいただいている最中なんです。」


清十郎の言葉に、クラウハルトはふと表情を緩め、苦笑いを浮かべた。


「お主と話していると、あのアマデウスでの地獄が嘘のようにも思えてくるから不思議だ…。」


「そうですか?でも、クラウハルトさんはあの時よりもずっと明るくなりましたね。」


その指摘に、クラウハルトは少し考え込み、深く頷いた。


「…そうかもしれん。長年背負っていた憑き物が落ちたような、そんな感覚だ。」


和やかな空気が流れたその時、背後から無遠慮な声が響いた。


「よう新人。」


振り返れば、そこには北部魔軍将ディゾルブと、東部魔軍将ポトフォウルが立っていた。

いずれも魔王領の盾となり矛となってきた猛将たちである。


「魔軍司令殿のお気に入りか知らんが、あの謁見の間での態度は許せねぇな。」


ディゾルブが、筋骨隆々とした腕を組み、蛇のような瞳で清十郎を射抜く。

続いてポトフォウルが、冷静ながらも冷徹な声を重ねた。


「魔王様も宰相殿も温和な方々ですから多少は許されるかもしれませんが、同じ軍に身を置く立場としては、規律を無視した言動は感心しませんよ?」


「すまんな。セイジュウローはここへ来たばかりだからな、多めに見てやってくれ。」


アーデルミノスが軽くフォローを入れるが、二人の将軍の目は笑っていない。


「それに…どう見ても強そうには見えねぇんだよな、お前。」


ディゾルブが、清十郎の華奢とも言える体躯を鼻で笑う。


「勇者パーティー殲滅も、アマデウス城での一件も、隣にはアンタらがいたんだろ?」


彼はアーデルミノスとクラウハルトを見やり、挑発的に言葉を続けた。


「司令殿がお荷物を抱えているのは見過ごせん。西の海での作戦に支障が出ては困るんでな。」


その言葉に、アーデルミノスは怒るどころか、楽しげに口角を上げた。


「そうか。それもそうだな。…セイジュウロー、少しこいつらと手合わせしてみるか?」


彼女が清十郎の肩を叩くと、クラウハルトもまた、義手を鳴らして笑う。


「傷が癒えたか試す良い機会ですな、清十郎殿。」


「わかりました。ここでやりますか?」


清十郎のあまりに軽い、散歩にでも誘われたかのような反応に、ディゾルブたちは一瞬呆気に取られたが、すぐに表情を険しくした。


「…向こうに訓練所がある。」


◇◇◇


広々とした屋内訓練所。

そこでは数名の兵士が鍛錬に励んでいたが、魔軍司令と三人の将軍が姿を現すと、全員が即座に動きを止め、膝を折って平伏した。


「そう萎縮しなくていい、場を借りるだけだ。」


アーデルミノスが制すると、まずポトフォウルが前に出た。


「軽い手合わせですが、せっかくなのでその腰に下げた武器を使ってもらえますか?」


「分かりました。…殺してしまわないように注意しますね。」


清十郎が笑顔で返すと、観戦していたディゾルブが「ふん、舐めた口を」と毒づく。

ポトフォウルは無言で構え、両手の爪を剥き出す。

猫獣人である彼の武器は、自分自身の身体の一部。

一本一本が短刀並みの長さと、鉄をも断つ鋭さを兼ね備えている。


「こちらも、半殺し程度で済ませてあげますよっ!」


床を蹴る爆発的な初動。

ポトフォウルは瞬きする間もなく距離を詰め、清十郎の懐へと飛び込んだ。


その瞬間。

清十郎の動きは、流れる水のように淀みがなかった。

抜刀するわけでもなく、ただ腰の刀の柄に、そっと手をかざす。


――ダァンッ!!


激しい打撃音が響き、清十郎の足元の床に亀裂が走る。

だが、そこにはすでにポトフォウルの姿はなかった。

ポトフォウルは、跳ね返されるように元の位置へと戻っていた。

その顔は驚愕に染まり、全身から嫌な冷汗が噴き出している。


(なんだ…今のは!?尋常ではない、喉元を直接掴まれたような殺気は…っ!)


アーデルミノスが満足げに口角を上げ、ディゾルブも信じられないものを見たという顔で清十郎を凝視している。


「どうしました?まだ抜いていませんよ?」


清十郎がいつも通りの笑顔を向けると、ポトフォウルは震える拳を解き、爪を収めた。


「…参りました。私は認めますよ、清十郎殿。」


ポトフォウルはディゾルブの横を通り過ぎる際、小さく呟く。


「どうするかは貴方に任せますよ。…化け物です、あれは。」


「ふん、ポトフォウルは軍略家だからな。だが、くだらんハッタリはこのオレには通じん!」


ディゾルブはそう吐き捨てると、背中に担いだ二本の巨大な斧を引き抜いた。

蛇脚の尾が床を激しく叩き、訓練所の空気が重圧に軋む。


「今度はオレの番だ。そのヘラヘラした面、叩き割ってやるよ!」


凶暴な戦意を剥き出しにして、ディゾルブが清十郎と対峙した。

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