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第八話_精鋭集結

ローデウス魔王城、謁見の間。

高くそびえる天井から差し込む月光と、等間隔に配置された燭台の炎が、冷徹な静寂を切り裂いていた。

重厚な扉が閉じられ、その空間には魔王領の運命を握る、文字通り「死線を越えてきた」精鋭たちが集結していた。

玉座の前には、錚々たる顔ぶれが居並び、一斉に膝を突いている。


中央に、魔軍司令アーデルミノス。

その隣には、着流しの裾を静かに整え、場違いなほど穏やかな表情を浮かべる遊撃将、朽木清十郎。

そして、ローデウスの屋台骨を支える二名の重鎮――。

蛇脚魔族特有の筋骨隆々とした上半身を誇らしげに晒し、常に戦場を求める血気盛んな北部魔軍将、ディゾルブ。

対照的に、知的な眼光を宿した猫の頭部を持つ獣人であり、卓越した戦略眼で東部の要衝を守る東部魔軍将、ポトフォウル。

さらに、本来は敵対するアマデウス領の将でありながら、打倒セルスを掲げて亡命してきた地竜将軍クラウハルトと、飛竜将軍フェルディナンド。


「面を上げよ!」


重厚な、それでいて慈愛を孕んだローデウスの声が広間に響く。

将軍たちが一斉に顔を上げると、玉座の傍らには四本の腕を組み、全てを見透かすような眼光を放つ宰相ジャミロクワイが控えていた。


「これより、我が兄の領地を蹂躙し、簒奪者セルス=バルハートを捕縛するための正式な作戦を伝える。」


ローデウスが立ち上がると、その影が長く伸び、地図が広げられた床を覆った。


「五日後、我らは二正面からの総攻撃を仕掛ける。まずは私自身が筆頭となり、北部将ディゾルブ、そしてクラウハルト、フェルディナンドの両将と共にアマデウス首都へ直接侵攻、奪還を果たす。内部から瓦解し、恐怖で縛られた軍など恐るるに足りん。」


ディゾルブがニヤリと裂けた口を歪め、蛇の尾を苛立たしげに床に叩きつけた。

彼にとって、魔獣蠢く北の森を抜けての進軍は、最高の娯楽に他ならない。


「そして、西の脅威…。独断で動く海竜将軍リアに対しては、アーデルミノスと清十郎、貴様ら二名に任せる。交渉による帰順、あるいは…殲滅だ。西を封じれば、アマデウスの退路は断たれる。」


アーデルミノスが力強く頷く。

その隣で、清十郎は「殲滅」という言葉を聞いても、まるでお茶の銘柄でも選ぶかのような気軽な微笑を絶やさない。


「万が一の事態に備え、ジャミロクワイとポトフォウルは、ギルド…冒険者組合の協力を仰ぎ、ローデウス領内の防衛を限界まで強化せよ。背後を突かせる隙は一分たりとも与えぬ。」


猫獣人のポトフォウルが、短く「御意」と応じた。

彼の冷静な指揮があれば、東部のジノーブス連邦も容易には動けまい。


完璧な布陣。

しかし、ローデウスは冷徹な君主としての顔を一度解き、クラウハルトとフェルディナンドの二人へ、深いため息と共に視線を向けた。


「…我が兄アマデウスが、貴様らのような忠義の者に多大なる苦労をさせた。主君に代わり、私から労いたい。よくぞ、生きてこちらへ辿り着いてくれた。」


その言葉は、政治的な打算ではない、ローデウスという男の本心だった。

アマデウス魔王の不甲斐なさを一番に悔いているのは、他ならぬ弟のローデウス本人なのだ。

その心意気に触れ、クラウハルトは義手の拳を握りしめ、フェルディナンドは深く頭を垂れて、その瞳を熱く濡らした。

場が熱い忠義心に包まれる中。

不意に、鈴の鳴るような、澄んだ声が静寂を破った。


「すいません、ひとつよろしいでしょうか?」


遊撃将、朽木清十郎である。

この緊張感溢れる謁見の間で、許可なく口を開く不敬。

清十郎をまだよく知らないディゾルブとポトフォウルは、即座に殺気を含んだ視線を彼に向け、眉を潜めた。


「貴様、魔王陛下の前だぞ…。」


ディゾルブが唸るが、清十郎はどこ吹く風で、ふとした疑問を投げかける。


「バルハート帝国――。あちら側からの援軍の可能性はないのでしょうか?セルスが帝国の名を冠している以上、後ろ盾として動くのが道理かと思うのですが?」


その問いに、ディゾルブたちは「何を今さら」と鼻で笑おうとした。

だが、アーデルミノス、クラウハルト、そして宰相ジャミロクワイの三人は、清十郎の「嗅覚」に感心したように、わずかに口角を上げた。

ジャミロクワイが、組み上げた腕の一本で地図のさらに外側、暗闇の先を指した。


「抜かりはない。秘密裏に先遣隊を派遣しており、何らかの動きがあれば即座に報せが入る手はずだ。…だが、清十郎の懸念も一理ある。」


ジャミロクワイの表情が、一段と険しさを増す。


「彼の国については現状、完全に情報が途絶しているのだ。存在はしている。地図にも記されている。だが、国境を越えた者も、戻った者もいない。何も動きがないという点こそが、今の我らにとって唯一にして最大の懸念と言えるだろう。」


「…幽霊のような国ですな。ですが、そのために我ら将軍が揃っているのでしょう?」


ディゾルブが牙を剥き出しにして笑う。

バルハート帝国が何者であろうと、目の前の敵を食い破るだけだという意思表示だ。

ローデウスは再び玉座から一歩踏み出し、居並ぶ将軍たちを見渡した。


「我が兄の尻拭い…貴様らには苦労をかける。だが、この戦の先にしか、真の平穏はない!」


魔王の叫びが、広間の石柱を震わせた。


「さあ皆のもの!我らローデウスの力を世に知らしめる時だ!全軍、出陣の準備にかかれ!!」


「「「はっ!!!」」」


立ち上がったアーデルミノスの、凛とした背中を眺めながら、清十郎は静かに思考を巡らせていた。


(バルハート帝国…いや、セルス=バルハート。あの『深淵の王女』を、果たしてこの作戦だけで無力化できるものか。)


脳裏を掠めるのは、かつて対峙した際に彼女の言葉。


『私とならば、この世界のすべてを手に入れられるぞ。』


耳に残るその誘惑めいた冷たい声が、清十郎の胸に言いようのない、おりのような不安を広げていく。


「どうしたセイジュウロー?浮かない顔をして。」


不意に振り返ったアーデルミノスの、一点の曇りもない眼差し。

その顔を見て、清十郎は瞬時にいつもの柔和な笑顔に戻る。


「いえ、何でもありませんよ。」


そう、迷いや不安といった感情は始末屋には不要だ。

自分はただ、依頼された「仕事」を完璧にこなすのみ。


――運命の歯車は、清十郎という異分子を飲み込みながら、破滅か救済か、その答えを知らぬまま加速して回り始めた。

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