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第六話_宰相ジャミロクワイ

再び、会場に響き渡ったどよめき。

その中心に現れたのは、魔王領の政治を一手に担う宰相ジャミロクワイであった。

複数の腕を持つ多腕魔族である彼は、魔王ローデウスが絶対の信頼を置く右腕。

軍事のアーデルミノスに対し、内政と外交のジャミロクワイ。

今回のジノーブスとの迅速な同盟締結も、偏にこの男の恐るべき政治手腕と、蜘蛛の巣のように張り巡らされた情報網によるものだった。


「魔王ローデウス様は、現在火急の用件に対応中につき、本日は列席叶わぬ。王に代わり、私から深くお詫び申し上げる。…さて、今回の同盟に尽力してくれた諸君、この歴史的な一歩に立ち会えたことを共に喜ぼうではないか!」


ジャミロクワイの重厚な声が、広大なホール全体に染み渡るように響く。

彼は堂々たる立ち居振る舞いで、今回の同盟に貢献した者たち、そしてこの不安定な情勢下で魔王領を支える要人たちへ、短くも力強い感謝の辞を述べた。

そして、スピーチの締めくくりに、傍らに控えるビドラへと視線を向けた。


「そしてビドラよ。このような場を早急に用意してくれたこと、感謝するぞ。商人の機動力、改めて感服した!」


「…滅相もございません。光栄の至りにございます、丞相閣下。」


これまでは抜け目のない、どこか飄々とした商売人の顔を見せていたビドラだったが、この時ばかりは深く膝を屈し、恭しく首を垂れた。

魔王領の「頭脳」そのものである男を前にしては、いかに富を築いた豪商といえども、本能的な畏怖を隠せないのだろう。

そんなジャミロクワイの姿を、アーデルミノスは遠巻きに、しかし射抜くような視線で睨みつけていた。


会場では、次々と要人たちがジャミロクワイの元へ挨拶に訪れ、長い列をなしている。

魔族の貴族、人間の大使、そして有力な商人たち。

ジャミロクワイは複数の腕を器用に動かし、時にグラスを掲げ、時に書類を受け取り、一人一人の顔を見極めながら応対している。

その様子を、会場の隅にある給仕テーブル付近から眺めながら、清十郎がアーデルミノスにそっと問いかけた。


「アーデルミノスさん、あちらに行かなくてもいいのですか? 挨拶くらいはしておいた方が角が立たないのでは、と思うのですが。」


「…不要だ。あの男とは魔王城でいつも顔を合わせている。わざわざこの華やかな喧騒の中でまで、あの男が放つ独特の毒気に当てられたくはない。」


アーデルミノスは冷たく言い放ち、手元のグラスを見つめた。

しかし、その言葉とは裏腹に、彼女の視線は常にジャミロクワイの動きを追っている。


パーティーも佳境に差し掛かり、会場の熱気が最高潮に達した頃。

不意に人混みが割れ、一直線に向かってくる影があった。

ジャミロクワイ自らが、アーデルミノスと清十郎の元へと歩み寄ってきたのだ。


「これは丞相殿。挨拶が遅れて失礼いたしました。随分とお忙しそうでしたので、邪魔をしては悪いかと思いまして…。」


アーデルミノスが、普段の彼女からは想像もつかないほど白々しい口調で社交辞令を述べる。だが、ジャミロクワイはそんな彼女の「猫かぶり」を鋭く睨みつけ、容赦のない言葉を浴びせた。


「随分と楽しそうだな、魔軍司令。このような場所で、着飾って油を売っているとは…実によい身分だ。前線の軍備再編、及び亡命兵の選別はどうなっている?まさか酒の香りで忘れたわけではあるまいな?」


「…っ!それは現在進行中であります。抜かりはありません。」


嫌味を言われ、悔しそうに唇を噛むアーデルミノス。

その様子は、まるで宿題を忘れたのを咎められた学生のようでもあった。

ジャミロクワイは満足げに鼻を鳴らすと、目線をその隣に立つ清十郎へと移す。

その瞳は、瞬時に一国の宰相としての冷徹な観察眼へと切り替わっていた。


「――して、貴様が。魔軍司令が随分と買い被り、特別扱いをしているという異世界人か?」


清十郎は、ジャミロクワイから放たれる圧倒的なプレッシャーを真正面から受けながらも、少しも動じることなく、いつもの穏やかな笑顔を浮かべて返す。


「ありがとうございます。お会いできて光栄ですよ、ジャミロクワイさん。」


「ふむ…。」


ジャミロクワイは、沈黙の中で清十郎を観察する。

足元から頭のてっぺんまで、その魂の在り方までもを見通そうとするような、重苦しい品定め。

周囲にいたリュウたちまでもが、その威圧感に気圧されて息を呑む。

だが数秒の後、ジャミロクワイはふっと表情を劇的に崩した。


「魔王城の謁見の間で遠目に見た時も思ったが…近くで見ると、なんとも掴みどころのない男よ。」


先ほどまでの刺すような威圧感が嘘のように消え失せ、ジャミロクワイは清十郎の肩をポンと、実に親しげに、優しく叩いた。


「――娘を、よろしく頼むぞ!」


「…っ!?な、何をっ!?」


アーデルミノスが素っ頓狂な声を上げてうろたえ、持っていたグラスを落としそうになる。

ジャミロクワイは、驚く彼女を他所に、清十郎に向かって快活に笑いながら続けた。


「アーデルミノスはワシが育てたも同然だからな!戦場では勇ましく振る舞ってはいるが、根は不器用で意固地な娘だ。可愛い娘がどんな男を連れてくるかと内心不安だったが…貴公のような男ならば、ワシも納得だ!はっはっは、清十郎と言ったか、気に入ったぞ!」


魔王の傍らに立ち、冷徹な理詰めで国を動かす厳格な宰相。

あるいは、大勢を前に堂々とスピーチを行う傑物。

そんな先ほどまでの姿とは全く違う、包み込むような父親としての優しさがそこにはあった。


「…だから、こういうところでは会いたくなかったんです。」


アーデルミノスは真っ赤になった顔を両手で覆い、深い溜息を吐きながら、今すぐこの場から消え去りたいと言わんばかりの絶望的な表情を浮かべた。

それまでの彼女のジャミロクワイに対する態度に合点がいき、清十郎が微笑む。

去り際に、ふと冗談を一切排除した真顔に戻った。

ジャミロクワイの複数の腕のうち、一本がアーデルミノスの肩に静かに置かれる。


「アーデルミノス、戯れはここまでだ。…あとでワシの部屋へ来い。待っているぞ。」


「承知しました。」


その低く響く声から、決して親子の雑談ではないことを悟り、アーデルミノスもまた戦士の顔へと瞬時に戻り、深く頷いた。

華やかな祝宴の裏側で、避けられぬ運命の歯車が、音を立てて回り始めようとしていた。

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