第四話_やり手の商人
「ここですぜ、最近城下町で一番景気がいいと噂の店は。」
リュウに案内され、アーデルミノス一行は街の一等地に建つ重厚な石造りの店構えの前に立っていた。
掲げられた看板には洗練された意匠の紋章が刻まれており、そこが並の商店ではないことを物語っている。
「なんでもアマデウス領では王家御用達を務めていたほどの商人らしくて、亡命してきたと思ったら、あっという間にこの町の商流に食い込みやがった。だが、その分ガードも固ぇ。一見さんはおろか、それなりのコネがなきゃ主人の顔を拝むことすら叶わねえらしいようですぜ。」
リュウが肩をすくめて言う通り、店の入り口に立つ体格のいい護衛たちは、町娘姿のアーデルミノスたちを鋭い視線で牽制していた。
「ふん、出し惜しみか。」
アーデルミノスが不機嫌そうに一歩前へ出ようとしたが、受付の店員はすげない態度で首を振る。
「申し訳ございませんが、どなた様の紹介であろうと、今は主にお会いいただくことはできません。主は現在、命の恩人への返礼品について思案に耽っておりましてな。『この世の何にも代えがたい至高の品を見つけ出すまでは、誰一人として中へ通すな』と厳命されているのです。」
「…恩人への礼だと?」
アーデルミノスは眉をひそめた。
その横で、清十郎はふと何かに思い当たったように目を細める。
「魔軍司令アーデルミノス直々の用向きだと言っても、動かんのか?」
アーデルミノスが苛立ちを露わにして詰め寄るが、店員は困惑しながらも道を譲らない。
アーデルミノスが力ずくで押し通ろうと躍起になったその時、清十郎が穏やかな笑顔で彼女の肩を制した。
「アーデルミノスさん、ここは僕に任せてください。…少し、試したいことがあるんです。」
清十郎は一歩前へ出ると、店の奥へと続く扉の向こうに向かって、よく通る、しかしどこか懐かしさを孕んだ声で呼びかけた。
「ビドラさ〜ん!牢屋の時はどうも!お元気そうで何よりです!」
一瞬、店の中が静まり返った。
次の瞬間、奥の部屋でガタンと大きな物音が響き、慌ただしい足音が近づいてくる。
「その声は…まさか…まさかッ!!」
勢いよく扉が跳ね飛ばされるように開き、中から転がるように飛び出してきたのは、丸々と太った体に立派な髭を蓄えた男、ビドラであった。
彼は清十郎の姿を視界に捉えるなり、顔をくしゃくしゃにして叫んだ。
「清十郎殿ぉぉぉぉぉ!!」
ビドラは清十郎の足元に滑り込むようにして泣き付く。
「清十郎殿!やはり貴方様だ!ああ、なんということだ!私がこうして再び商売に励めるのも、全てはあの日、貴方様が私を救ってくださったおかげ!ずっと、ずっとお礼をしたいと考えていたのです!」
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら叫ぶビドラの姿に、アーデルミノスも、清十郎の腕を掴んだままのガルーダも、そして案内してきたリュウたち三人の獣人も、ただただ唖然として立ち尽くすしかなかった。
「ビドラさん、またお会いできて光栄ですよ。」
清十郎が優しく微笑むと、ビドラはさらに激しく咽び泣いた。
◇◇◇
しばらくして、ビドラの執務室へと通された一行。
ようやく落ち着きを取り戻したビドラは、目の前の茶を啜り、熱烈に語り始めた。
「…というわけです。亡命させた使用人たちも優秀でしてな、恩返しのためにと地竜将軍クラウハルト様には魔力同調の義手を贈らせていただきました。ですが、貴方様には何を贈れば良いか分からず…まさに今、頭を悩ませていたところだったのです!」
「なるほど、それで『恩人のために』と引きこもっていたわけか。」
そこで、アーデルミノスはガルーダにメイルート達を連れてくるよう指示を出す。
清十郎と離れることを嫌がったガルーダだが、その本人から笑顔でお願いされると、渋々了承して去っていった。
「さて、ビドラよ。私たちは、西の海を渡るための船が欲しい。それも、ただの船ではない。凶悪な海獣に見つからず、荒波を越えられる魔導加工が施された特殊な船だ。お前に工面できるか?」
ビドラは一瞬だけ商人の顔に戻り、深く思案したが、すぐに二つ返事で快諾した。
「お任せください! 西の海に向かうための魔導船舶…手配いたしましょう。」
「費用はいかほどですか?」
清十郎が尋ねると、ビドラは首を激しく横に振った。
「お金!?滅相もございません!命の恩人の頼みとあれば、一銭たりとも受け取れませんぞ! これは私からの、せめてもの感謝の印なのですから!」
「ですが、それではビドラさんの商売に障りませんか?」
清十郎が申し訳なさそうに言うと、ビドラは再び目に涙を浮かべて笑顔を向けた。
「清十郎殿、商売とは信頼と縁です。貴方様を助けられる機会をいただけたこと、それこそが私にとって最大の利益。私に恩返しをさせてください、お願いします!」
そこまで言われては、清十郎も「ありがとうございます、ビドラさん。お言葉に甘えさせていただきますね。」と笑顔で受けるしかなかった。ビドラはまた「おおお、その笑顔が見たかった!」と感極まって泣き崩れる。
「…で、準備にはどれくらいかかる?」
「最短で、そう、二、三日の間には整えてみせましょう。最高の船師と魔導師を総動員いたします!」
「それは助かる。思っていたよりも早く済みそうだ。」
アーデルミノスが安堵の息を吐くと、ビドラが身を乗り出してきた。
「もしよろしければ、船の準備ができるまでの間、我が商会が経営する最高級の宿に泊まられませんか?城下町の喧騒から離れた静かな場所です。魔王城ではお連れの方々も心が休まらないでしょう!」
「う、うむ…確かに。メイルートたちは人間だしな。あそこは少し堅苦しすぎる。清十郎、どう思う?」
グイグイ来るビドラに少し圧倒されながら、アーデルミノスは清十郎に助けを求める。
「そうですね。メイルートさんたちも、その方が落ち着いて休めると思います。」




